銕仙会

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曲目解説

葵上(あおいのうえ)

◆登場人物

シテ 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の怨霊
ツレ 口寄せ巫女 照日(てるひ)
ワキ 比叡山横川(よかわ)の修験者
ワキツレ 朱雀院の臣下
アイ 臣下の下人
 ※物語中では葵上も登場しますが、舞台上には登場せず、舞台に出された小袖が葵上の病床を表わします。
    ※物語中では六条御息所の侍女も登場しますが、現在の演出では舞台上には登場しません。

◆場所

 京都 左大臣の邸宅(葵上の実家)

概要

光源氏の妻となった左大臣の娘・葵上は、最近物の怪に悩まされていた。物の怪の正体を知るべく、院の臣下(ワキツレ)に命じられて口寄せを行う照日巫女(ツレ)。すると、一人の高貴な女性(シテ)の姿が現れた。かつて葵上に辱めを受けた六条御息所の怨霊だと名乗り、自らの抱える辛い思いを吐露しはじめた彼女。そうする内、次第に感情の昂ぶってきた彼女は、葵上の病床に迫って責め苛む。御息所は、葵上を冥府へ連れ去ろうと呪いの言葉を吐き捨てると、そのまま姿を消すのだった。
怨霊退治のため、比叡山で修行する修験者(ワキ)を急いで呼び出した臣下。修験者が祈祷をしていると、そこへ鬼女の姿となった御息所の怨霊が現れた。なおも葵上を害しようとする彼女。しかしやがて、彼女は法力の前に力尽き、成仏を遂げてゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキツレが登場し、ツレに口寄せを命じます。

ここは源氏物語の世界。左大臣の娘で光源氏の正妻となった葵上は、最近物の怪に悩まされていた。様々な祈祷を試したものの効果は無く、ひとまず物の怪の正体を明らかにすべきと判断した朱雀院は、左大臣邸へ臣下(ワキツレ)を遣わした。臣下は、口寄せの名手として評判の高い照日巫女(ツレ)を召すと、口寄せを行うよう命じる。
照日は、物の怪を呼び出そうと梓弓を弾き鳴らし、呪歌を唱えて口寄せを始める。

2 シテが登場します。

やがて、一人の高貴な女性(シテ)が、梓弓の音に引かれて現れた。自らの身を嘆き、意気消沈した様子の彼女。「栄枯盛衰は車の輪。昨日の栄華も今日には泡と消えてゆく、無常の世の中。この身も辛い、あの人も恨めしい。私が月を眺めても、月は私を見てはいないの…」 忘れ得ぬ辛い記憶に苛まれた、“怨霊”と自らを名乗る彼女。彼女はせめての慰みにと、胸中にわだかまる思いを語る相手を求め、こうして現れたのだった。

3 シテは、自らの正体を明かします。

半壊した牛車に乗り、沈痛な面持ちで佇む彼女。傍らには年若い侍女が、車にすがってすすり泣いている…。しかしその姿は、巫女にしか見えないのだった。
彼女は、巫女の口を借りて名乗りはじめる。「刹那に移りゆく世と知りながら、それでもなお人を恨んでしまう、わが身の儚さ。私こそ、六条御息所の怨霊。宮廷の昔の栄華にひきかえ、今や萎みゆく朝顔の如き、陰に生きる日々。そんな私の心に萌した恨みの思いを晴らすべく、こうして現れたのです。因果応報の世の理、私のこの思いも必ずや…」。

4 シテは、葵上を表わす小袖を責め打ち(〔枕之段〕)、一度姿を消します。

かつて葵上一行から辱めを受け、車まで壊された彼女。その記憶を口にしたことで、心は次第に昂ぶってゆく。そして遂に、煮えたぎる執心に突き動かされ、彼女は葵上に迫る。
侍女の制止を振り切り、呪いの言葉を吐きかける御息所。「今どんなに苦しもうと、貴女は命ある限り、光輝くあの方と結ばれる運命。それに引きかえ、私と彼との仲は露のように消え果てて、夢にさえ昔の日々は戻ってこない…。思いは募るばかり。今こそ、私の恨みに満ちたこの車に乗せて、貴女を冥府まで連れて行くとき——」。

5 ワキツレはアイに命じ、ワキを招請します。

物の怪の正体は分かった。臣下は従者(アイ)に、比叡山の横川にいる修験者を招くよう命じる。従者が山中に到ると、修験者(ワキ)は外出すら憚るほどの重大な修行の最中であった。用件を伝え、あの様子では急を要すると言う従者。修験者は、自分の験力を頼ってくれた臣下の心意気に感じ、修行を中断して葵上のもとへと急ぐ。
危篤の葵上を見た修験者。彼はその怨念の強さに驚き、すぐに祈祷を開始した。

6 シテが再登場し、ワキと争います(〔祈リ〕)。

修行を重ね、高い霊力を得た修験者。彼は、肝胆を砕いて祈りを捧げる。
すると——。かの六条御息所の怨霊(シテ)が、再び姿を現した。高貴さを湛えていた面差しは今や悪鬼の容貌へと変じ、理性の抑制を失ったように、彼女は葵上へと迫る。葵上を害しようとする鬼女と、それを阻止する修験者。二人は死闘を繰り広げる。

7 シテは争いに敗れ、成仏してゆきます。(終)

深い怨憎に突き動かされていた鬼女。しかしそんな彼女も、渾身の祈祷を前に、やがては屈服してしまう。五大明王に責め立てられ、追い詰められた彼女。彼女はついに、敗北の言葉を口にする。「ああ、恐ろしい仏法の力。もはや、二度とここへは現れまい…」。
そう口にするや、彼女の心は忽ち浄化され、周囲には菩薩たちが現れた。こうして、祈りの力に導かれつつ、御息所は成仏を遂げてゆくのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年08月11日)

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