銕仙会

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曲目解説

竹生島ちくぶしま

琵琶湖にうかぶ霊地・竹生島。現世に様々な御利益をもたらす、この島の神秘。

作者 不詳
近江国(現在の滋賀県) 琵琶湖
季節 晩春 三月半ば(旧暦)
分類 初番目物 荒神物
登場人物
前シテ 漁翁 面:朝倉尉など 着流尉出立(老翁の扮装)
後シテ 琵琶湖の竜神 面:黒髭 竜神出立(竜神の扮装)
前ツレ 浦の女 面:小面など 唐織着流女出立(一般的な女性の扮装)
後ツレ 弁才天 面:小面など 天女出立(天人・女神などの扮装)
ワキ 醍醐天皇の臣下 大臣出立(廷臣の扮装)
ワキツレ 臣下(二人) 大臣出立
間狂言 竹生島明神の社人 社人出立(下級神官の扮装)

概要

朝廷の大臣たち(ワキ・ワキツレ)が休暇を賜って竹生島参詣のため琵琶湖を訪れ、そこにいた一隻の釣舟に便乗したいと申し出る。舟に乗っていた漁翁(シテ)と若い女(ツレ)は承諾し、一行は舟に乗り、琵琶湖水上からの春の眺めを楽しみつつ竹生島へと向かう。到着した一行は翁と女に案内されて島の守り神・弁才天に参詣するが、臣下は聖域に女が足を踏み入れていることを不審に思う。しかし翁と女は、弁才天は女神であり、男女の別なく人々を救済してきたのだと教える。そして、自分たちこそその神なのだと告げると、姿を消してしまう。夜、参籠している臣下たちの前に、弁才天(後ツレ)が来臨して妙なる舞を見せ、次いで琵琶湖の竜神(後シテ)が水中から出現して宝珠を臣下たちに献上し、仏の徳を讃えて舞い遊ぶ。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場し、自己紹介をします。

聖帝・醍醐天皇の治世。善政によって国は栄え、民も豊かに暮らす御代。四海の波もおさまり、鶯のさえずりが心地よい、のどかな春のある日。
天皇の臣下たち(ワキ・ワキツレ)は、琵琶湖にうかぶ竹生島(ちくぶしま)の神が霊験あらたかだと聞き、休暇をたまわって、竹生島参詣のため「鳰の海(におのうみ)」こと琵琶湖までやって来たのであった。

2 シテ・ツレが登場します。

頃は弥生の半ば。湖面に霞たなびく、うららかな朝ぼらけのなか、一隻の釣り舟がやって来た。舟には、年老いた漁師(シテ)と若い女(ツレ)。
いにしえの志賀の都には山桜が咲きほこり、岸からは舟を呼ぶ声がのどかに聞こえる。春の琵琶湖の情景に、賤しい彼らも感じ入っている様子である。

3 ワキはシテ・ツレと言葉を交わします。

湖をながめていた大臣は釣り舟を呼び止め、便乗したいと申し出る。霊験あらたかな琵琶湖の釣り舟は、彼岸へ渡る救いの舟。ならば参詣の人を渡すのは、神仏の御心にも叶うこと。老翁は大臣たちの乗船を承諾し、舟は沖へと漕ぎだしてゆく…。

4 シテ・ツレ・ワキは舟に乗り、四方の景色を眺めます。

──ここは湖の上。あたりの山々は春まっさかり、はらはらと散り来る花は白雪のよう。あちらには「都の富士」こと白妙の比叡山、向こうからは比良の山おろしが吹いてくる。そんなおだやかな春の日、身分の異なる人たちが、こうして座を共にして語らっていると、目的地・竹生島が見えてきた。
湖面に映る島の緑に、澄んだ月がのぼってくる。湖と島、空の世界までもが、ここでは溶け合っているのだ…。

5 シテは竹生島の神徳をワキに教え、自分たちの正体を明かして消え失せます(中入)。

島に着いた一行は、島の神・弁才天に参詣する。女がこの聖地へ足を踏み入れていることを不審がる大臣たちに、二人は「女神である弁才天さまは、悠久の昔から男女へだてなく人々を救ってきたのです」と教えると、突然女は「我は人間にあらず」と言い残して社殿の奥へと消えてゆき、漁翁は「我はこの湖の主ぞ」と言って波の底へと消えていった。

6 間狂言が登場し、ワキに宝物を見せ、「岩飛び」の演技をします。

島で大臣たちが休んでいると、この島の社人(間狂言)が接待のためにやって来た。社人は島に伝わるさまざまな宝物を大臣に見せ、また高い岩から水中に飛び込む見世物「岩飛び」を見せようと言う。しかし飛び込みは上手くきまらず、社人はずぶ濡れのまま恥ずかしそうに去って行ったのであった。

7 ワキ・ワキツレが待っていると後ツレが作リ物の中から現れ、〔天女舞〕を舞います。

その夜、大臣たちが参籠をしていると、社殿が突然鳴り響き、輝きだしたと見えて、奥から女神・弁才天(後ツレ)が出現した。
虚空には花が降り、雅楽の音が聞こえてくる。春の夜の月光に照らされて、女神が見せる、妙なる舞楽。

8 後シテが登場して宝珠をワキに献上し、この世を祝福してこの能が終わります。

そのとき、今度は琵琶湖を守護する竜神(後シテ)が、湖の上に出現した。竜神はさまざまな財宝を大臣たちに献上すると、彼らを祝福して舞い戯れる。
──仏はこの世を救うべく、様々な姿を現す。あるときは女神の姿で人々の願いを叶え、またある時は竜神となって国土を守る。島の女神も湖の竜神も、ともに仏の慈悲の形…。
そう告げると、女神は社殿へ、竜神は竜宮へと帰っていったのであった。

みどころ

能の成立した中世には、日本の地下世界には竜が棲んでいると信じられていました。国土の姿を描いた地図「日本図」には、日本国土のまわりを竜がぐるりと囲んでいるように描かれており、また鎌倉時代に蒙古が襲来した(元寇)さいには日本の神々が竜の姿となって日本防衛のために戦っているのだとする言説が流布するなど、竜は日本を守護する聖なる存在として、イメージされていました。
近江国(現在の滋賀県)にある琵琶湖は、その竜の聖地のひとつとされていました。竜は、琵琶湖上にうかぶ竹生島のまわりにとぐろを巻いて、島を守っているのだと信じられ、琵琶湖の神として、また日本国土の守り神として、信仰されていたのです。
その竹生島に祀られているのが、弁才天です。七福神の一つにも数えられ、琵琶を弾く女神の姿でおなじみの弁才天ですが、じつは竜とも深い関わりをもっていました。弁才天は、宇賀神(うがじん)という、蛇に関わりのある神と同体であるとされ、また日本においては竜は蛇の姿でイメージされていたため、竹生島を守る竜神もまた、弁才天と同体なのだと考えられていました。
さらに本作では、弁才天は「久成如来(くじょうにょらい:観世流では「きゅうしょうにょらい」)」、すなわち永遠の命をもつ釈迦仏の真の姿が再誕したものなのだとされており、それだけに人々を救う力をもっている存在として描かれ、それゆえ特に罪深い存在とされていた女人こそ参詣すべきなのだと説かれています。
本作後場では、人々の願いを叶える女神・弁才天も、また日本を守護する竜神も、ともに仏が人々を救うために仮に現れた姿なのであり、実は同体なのだということが述べられています。弁才天信仰の霊地である神秘の島・竹生島を舞台に、現世の人間界にさまざまなご利益をもたらしてくれる神仏の姿を描いた作品となっています。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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