銕仙会

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曲目解説

張良(ちょうりょう)

◆登場人物

前シテ 老人  じつは黄石公の化身
後シテ 黄石公
ツレ 龍神  じつは観音菩薩の化身
ワキ 張良
アイ 張良の下人

◆場所

 唐土 下邳(かひ)の里  〈現在の中国 江蘇省徐州市邳州〉

概要

中国 漢の武将・張良(ワキ)は、ある日、夢中に現れた老人から「兵法の奥義を知りたくば五日後に来るように」との夢告を得る。約束の日、張良がその場所へ行ってみると、夢中の老人(前シテ)は既にやって来た後だった。老人は張良の遅参を叱り、五日後に再び来るよう告げると、姿を消してしまう。

その五日後、張良がまだ宵闇のうちに同じ場所へ赴くと、老人(後シテ)が威厳ある佇まいで現れた。自らを黄石公と明かした老人は、彼の志を再び試そうと沓を川に投げ入れ、拾うよう命じる。激流の中、大蛇(ツレ)に襲われつつも武勇を尽くして沓を取り戻した張良。黄石公はその勇姿を讃えると、彼に兵法の奥義を伝授する。大蛇は張良の守護神となって天空へと昇ってゆき、黄石公は真の姿を現して張良の前途を祝福するのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

中国 漢の時代。名高き武将・張良(ワキ)は、ある夜、不思議な夢を見た。それは、馬に乗って現れた老人が張良の前で沓を落とし、自分に履かせるよう命じたというもの。癇に障りつつも年長者を敬って沓を捧げた張良へ、老人は「五日後にこの場所で兵法の奥義を伝えよう」と告げたのだった。今日はその夢から数えてちょうど五日後。山の端が白みわたる東雲の空の下、張良は約束の地である下邳の土橋へと向かう。

2 前シテが現れ、ワキを叱って消え失せます。(中入)

土橋に着いた張良。見ると、例の老人(前シテ)は既にやって来た後だった。「遅いぞ張良。私は先刻からここで待ち続け、暁の鐘の音を数えていたのだ。不届き者め、今日はもう帰れ。そなたに誠の志があるならば、今日より五日の後、まだ夜の内にここへ来るがよい――」 そう叱りつけた老人は、怒りの色を見せつつ姿を消してしまうのだった。

3 ワキは一度退場し、アイが登場して状況を説明します。

老人の剣幕に驚く張良。素性も知れぬ者に翻弄される今の身を苦々しく思う張良ではあったが、これも兵法を会得して名を末代に伝えるため。そう奮い立った彼は、五日後への決意を新たにするのだった。

その家中では下人(アイ)たちが、主人の思いを遂げさせるべく準備に奔走していた。

4 ワキが再び登場し、老人の出現を待ちます。

やがて約束の日。荒涼とした秋の夜道を、準備万端の張良は進みゆく。月光を受けた霜はキラキラと輝き、約束の土橋にはまだ人の跡もない。今度こそ、先に着くことができたのだ。張良が喜びながら待っていると、向こうから人影が、馬に鞭打ち近づいてきた――。

5 後シテが登場します。

現れた老人(後シテ)。その姿は、以前とはうって変わっての威厳に満ちた様子であった。光を宿す眼に、輝くばかりの佇まい。張良の才徳に感じ、天下泰平をもたらす軍学の秘法を伝授すべく現れたこの老人こそ、隠士・黄石公の仮の姿であった。

その姿に、畏敬の念を催した張良。彼は橋のたもとで平伏し、黄石公を恭しく出迎える。

6 後シテは沓を投げ落とし、ツレが登場して拾おうとするワキを妨げます(〔舞働〕)。

近くへ呼び寄せる黄石公の言葉に応え、威儀を正して進み出る張良。そのとき、黄石公は彼の志のほどを試すべく、履いていた沓を再び川へと投げ落とした。

すぐさま川へ飛び込む張良。しかし、岩間を走る激流に、沓は瞬く間に流れ下る。波は逆巻き、辺りを川霧が覆い尽くす中、水中には大蛇(ツレ)までもが出現した。大蛇は流れゆく沓を奪うと、張良をめがけて襲いかかる。

7 ワキは沓を取り返し、後シテは兵法をワキに伝えて去ってゆきます。(終)

剣を抜き、果敢に立ち向かう張良。彼は遂に沓を取り返すと、川岸に上がり、黄石公に捧げる。その姿を見届けた黄石公は静かに馬から下り立つと、彼の勇姿を讃え、兵法の奥義一切を伝授するのだった。「張良よ、見事であった。かの大蛇こそ、そなたの志を試すべく現れた観音の化身。今より後は汝の守護神となるであろう――」 その言葉とともに、天空へと昇ってゆく大蛇。やがて高山へ上がっていった黄石公は、全身から金色の光を放って真の姿を現すと、空のかなたへ消えてゆくのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2018年12月4日)

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