銕仙会

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曲目解説

自然居士(じねんこじ)

◆登場人物

シテ 説経者 自然居士
子方 少女 〔または、少年〕
ワキ 人身売買の男
ワキツレ 人身売買の男
アイ 雲居寺門前の男

◆場所

【1~5】

 京都 雲居寺(うんごじ)  〈現在の京都市東山区下河原町にあった寺〉

【6~12】

 近江国 琵琶湖  〈現在の滋賀県〉

概要

都で名高い青年僧・自然居士(シテ)の説法の場に現れた、一人の少女(子方)。彼女は一枚の小袖を居士に捧げ、父母の廻向を願う。しかしそのとき、二人組の男(ワキ・ワキツレ)が現れ、少女を連れ去ってしまう。実は彼女は、この小袖と引き換えに、男たちに身を売ったのだった。
居士は少女を救うべく、男たちを追いかけてゆく。やがて琵琶湖岸で追いついた彼は、漕ぎ出した男たちの船に乗り移ると、少女を返せと迫る。説法の名手である居士の弁舌に、少女の返還を余儀なくされた男たちは、交換条件として芸をして見せろと言う。居士は屈辱ながらも、少女のために舞を舞い、簓を擦り、鞨鼓を打って芸を尽くす。やがて船は対岸に着き、居士は少女を伴って都へ帰るのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 アイが登場します。

京都 雲居寺。この寺には、いま都で評判の、一人の青年僧がいた。彼の名は自然居士。いまだ髪も剃らぬ有髪の身で高座に上がり、朗々と説法をおこなうその姿は、京の人々の注目の的となっていた。
今日は、七日間にわたって開催された説法の結願日。この晴れの催しを成功させるべく、門前の男(アイ)は準備にいそしんでいた。

2 シテが登場し、法会の開始を宣言します。

やがて姿を現した自然居士(シテ)。彼は説法の高座に上がると、仏に捧げる文章を高らかに読み上げ始める。『謹しみ敬って白(もう)す、一代教主釈迦如来——』 いよいよ、七日間の掉尾を飾る結願法要の開幕である。

3 アイが子方を連れて進み出、シテは子方の持参した文を読みます。

そこへ、法要の世話をしていた門前の男が、一人の少女(子方)を連れてきた。布施として美しい小袖を持参した少女。居士は、この布施の趣旨が書かれた文章を受け取ると、仏前で読み上げる。『敬って白(もう)す、請(う)くる諷誦(ふじゅ)の事——』。
“蓑代衣(みのしろごろも)”と呼ばれたこの小袖は、亡くなった父母への追善のため。そんな少女の献身に、居士をはじめ聴衆の人々は涙するのだった。

4 ワキ・ワキツレが登場し、子方を連れ去ります。

そこへやって来た、二人組の屈強な男(ワキ・ワキツレ)。人身売買をおこなう彼らは、都で買った子供を連れ、これから東国へと下るところ。ところが、その肝心の子供が、暫時の暇を与えたまま帰ってこない。二人は、その子供を探しに来たのだった。
その子供こそ、かの小袖を捧げた少女であった。男たちは少女を見つけると、彼女を強引に引きずり出す。門前の男の制止も空しく、少女は連れ去られてしまうのだった。

5 アイから報告を受けたシテは説法を中断し、子方を助けに向かいます。

その報告を受け、居士は気づく。小袖を“蓑代衣”などと仰々しく表現していたのは、さては自分の身を売った“身の代”だったのか。居士は、彼女を取り戻しに行こうとする。
それでは七日間の説法が無駄になってしまうと言う門前の男。しかし居士は告げる。「説法とは、善悪の道を世に伝えるもの。悪人の手から善人を取り戻すこと、それこそが真の説法なのだ——」 居士は法要の終了を宣言すると、男たちを追って駆け出してゆく。

6 シテはワキ・ワキツレに追いつき、言葉を交わします。

琵琶湖岸に到った居士。見ると、男たちは船に乗り、今まさに漕ぎ出してゆくところだった。居士は呼び止める。「その人買い船、止まりなさい…!」。
大声で人買いと呼ばれ、狼狽する男たち。居士は言葉を続ける。「いや、“ひとかい”とはその船を漕ぐ櫂(かい)のこと。いま漕ぎ出した船なので、“ひと櫂、ふた櫂”と数えたまでですよ…」 機知に富んだ居士の言葉に、さすがの男たちも舌を巻くのだった。

7 シテはワキ・ワキツレのもとへ迫り、子方と再会します。

「私こそ、都の説経者・自然居士と申す者。私の説法を興醒めにされた、その恨み言を言いに来たまで」 そう名乗った居士は、少女の“身の代”の小袖を投げ返すと、波間を分けて船に取りつき、乗り込んでしまう。
面倒な事になった。これも全てはこの女ゆえと、男たちは怒りに任せて少女を殴る。縄で縛られ、猿轡をされていた彼女。泣き声も洩れぬその姿に、居士は心を痛めるのだった。

8 シテは、ワキ・ワキツレと言葉の応酬をします。

代金の小袖は返した。少女を連れ帰ろうとする居士を、男たちは制止する。「我々の間には掟がありましてな。“買った者を返してはならぬ”という掟がね…」 しかし居士も食い下がる。「私達にも掟があります。“自ら犠牲になろうという者を助け得ねば、再び寺には帰れない”と。仕方ない、双方の掟を尊重し、私も彼女と共に東へ参りましょう」 たとえ拷問されようと、それも修行。頑なな居士の姿に、男たちは持て余してしまう。

9 シテは、ワキに言われるがままに〔中之舞〕を舞います。

男たちは相談する。「こんな説経者を連れ帰ったのでは我々の恥。しかし、ただ子供を返したのではこちらの負けだ。返す前に、あの坊主を散々にいじめてやりましょう」。
男は声をかける。「居士どの、貴殿は舞をたしなむとか。…いや、隠しなさるな。かつて説法の折、聴衆の眠気を覚まそうと高座の上で舞い出されたこと、我々までも知る所ですぞ。その舞を見た上で、この小童を返すかどうか考えましょう」 居士に屈辱を与えようとの、男たちのたくらみ。居士はそれを察しつつも、少女のため、恥を忍んで舞を舞う。

10 シテは、船の起源譚を謡い舞います(〔クセ〕)。

居士は、いま自分たちの乗っている船を言祝ぎ、船の起源を謡い舞う。
——中国の太古の昔、黄帝(こうてい)の時代。帝は、大河のかなたに陣取る逆賊・蚩尤(しゆう)の抵抗に苦戦していた。そんな時、庭の池を眺めていた帝の臣下・貨狄(かてき)は気づく。水面に落ちた一葉の柳、その上に蜘蛛が飛び乗ると、その葉を使って岸辺へと向かっていったのだ。これに着想を得た貨狄は船を発明し、黄帝軍は大河を渡って敵をやすやすと征伐したのだった。以来一万八千年、船は悠久の歴史の中で生き続けている…。

11 シテは、数珠と扇を簓(ささら)に見立てて芸を見せます(〔簓之段〕)。

颯爽と舞って見せた居士へ、男たちは更に注文をつける。「次は簓を擦って囃し、芸をしてお見せなさい」 もとより船中には簓など無い。居士は扇の骨と数珠とを擦って囃し、注文通り、簓に見立てて芸をする。「そもそも簓とは、昔ある僧が扇の上の葉を数珠で払ったことに始まるとか。さあ、私もそれを真似してお見せしましょう…」 居士は懸命に簓の芸を見せ、簓ならぬ手を擦って少女の返還を求めるのだった。

12 シテは〔鞨鼓(かっこ)〕を舞い、そのまま子方を伴って帰ってゆきます。(終)

そんな姿をあざ笑うかのように、男たちは次なる課題を出す。「ならば次は、鞨鼓を打ってお舞いなされ」 今度こそ、彼女を返してくれるはず。居士は鞨鼓打ちの真似事をし、度重なる恥辱に耐えつつ芸の限りを尽くすのだった。
やがて船は対岸に着いた。今こそは、彼女を迎え取るとき。居士は男たちに別れを告げると、少女の手を引き、そのまま都へ帰っていったのだった——。

(文:中野顕正  最終更新:2022年06月22日)

舞台写真

2012年03月09日 定期公演「自然居士 古式」シテ:馬野正基
2018年03月09日 定期公演「自然居士」シテ:清水寬二

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