銕仙会

銕仙会

曲目解説

鐘巻かねまき

作者

観世信光か  《道成寺》の原作

場所

紀伊国日高郡 道成寺  (現在の和歌山県日高郡日高川町)

季節

晩春

分類

四・五番目物 鬼女物
登場人物

前シテ

白拍子(しらびょうし)

後シテ

毒蛇

ワキ

道成寺の住職

ワキツレ

道成寺の僧(複数人)

間狂言

寺の召使い

概要

紀伊国 道成寺の住職(ワキ)と僧たち(ワキツレ)が釣り鐘の落慶法要をおこなっていると、一人の女(前シテ)が現れる。彼女は自らを男装の芸能者“白拍子(しらびょうし)”と名乗り、芸を見せることを条件に入寺を許される。白拍子は怪しげな雰囲気を漂わせつつも芸を見せていたが、隙を見て鐘に近づくと、鐘を突き落とし、その中に姿を消してしまうのだった。
報せを受けた住職は、〈昔この寺の鐘に匿った男を女の執心が焼き殺した〉という物語を語り、その女の執心が今また鐘に災いをなしているのだろうと言う。僧たちが祈っていると鐘が上がり、毒蛇となった女の執心(後シテ)が姿を現すが、激しい攻防の末に毒蛇は調伏され、執心は消えてゆくのだった。

 

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキがワキツレ・間狂言を引き連れて登場します。

ここは、紀州日高郡 道成寺。この寺は、七百年もの昔に創建された古刹だが、とある事情から、釣り鐘が失われたままとなっていた。その鐘が久々に新造されることとなり、今日はその落慶法要の日。寺の住職(ワキ)は弟子の僧たち(ワキツレ)や召使いたち(間狂言)を引き連れ、供養の場に臨む。

住職に命じられ、法要の開催を触れてまわる召使い。いよいよ、法会の開幕である。

 

2 ワキ・ワキツレは、法要に集う人々の様子を謡います。

ようやく迎えた、この晴れの供養の日。住職たちは結縁に集う人々を見まわし、安堵の声を漏らす。「久しく耳にすることのなかった、この寺の鐘の音。ようやく今、その音色を聞くことができるのだ。鐘を慕い、結縁を求めて集う人々。この晴れの法会の、今日の賑わいよ…」。

 

3 前シテが登場します。

そこへ、この紀伊国に住むという、一人の女(前シテ)が現れた。「法会の場に結縁すれば、過去に犯した重い罪をも滅することができるとか。絶えて久しき鐘の音が、まさに今日、よみがえるのだ。私の心も昔に返るよう。さあ、鐘の供養に参列しよう…」 どことなく怪しげな雰囲気を漂わせつつ、女は道成寺へと距離を縮めてゆく。

 

4 前シテは間狂言と言葉を交わし、次いでワキと言葉を交わします。

供養の場に入ろうとする女を、召使いは制止する。騒ぎを聞きつけた住職に、女は訴える。「罪深き女人の身。こうして結縁にあずからなければ、救われる日が来るものでしょうか。どうして意地悪をなさるのです。漢詩の世界に名高い『煙寺(えんじ)の晩鐘』の風情に、触れることは叶わないのですか…」。

 

5 ワキはワキツレと相談し、女の入寺を許可します。

漢詩の世界にまで通暁したこの女。驚く住職に、女は自らを男装の芸能者“白拍子(しらびょうし)”であると名乗る。そのとき、弟子の僧は住職に進言する。「僧たちは皆、今日の勤めで疲れております。是非とも余興に舞を見たいと、皆がそう申しております」 女人の入寺を渋る住職だったが、僧たちの意見に押され、彼女の入寺を許可してしまう。

 

6 前シテは道成寺の縁起を語り舞います(〔クリ・サシ・クセ〕)。

やがて支度を調えた女は、芸能の場に進み出ると、この寺の来歴を謡って舞いはじめる。

『――昔この国に、一人の海女がいた。両親を養う孝行娘であった彼女は、あるとき海に潜った折、海底に光輝く霊木を見つける。わが家に持ち帰り、仏と思い拝んでいたところ、女の体もまた、金色に輝き出す。こうして仏の加護を受けた彼女は、後には宮中に迎えられる身となったのだった。そのときの勅使こそ、この寺の開基・橘道成卿であった…』。

 

7 前シテは〔乱拍子(らんびょうし)〕を舞います。

縁起を語り終えた女は、白拍子芸のクライマックス“乱拍子”を舞いはじめる。

妖艶な足さばきを見せる、男装の麗人。彼女は寺の縁起を謡い込みつつ、巧みな足づかいを重ねてゆく。鬼気迫るものすら感じさせる、緊迫した時間。

 

8 前シテは〔急之舞〕を舞います。

足さばきの芸がクライマックスにまで達した、そのとき。女は、芸能の場を旋回するように舞いはじめた。先ほどとは一転して、激烈なその舞い姿。女の身体からほとばしるエネルギーは、あたかも、辺りを焼き尽くす業火の炎のよう。

 

9 前シテは、落下してくる鐘の中に飛び込み、姿を消します(鐘入リ)。

異様な雰囲気を漂わせつつも、芸を重ねてゆく女。

やがて夜も更け、人々も寝静まった。隙を見て鐘に近づき、撞(つ)こうとする女。しかしそのとき、何を思ったか、彼女は鐘を恨めしげに見つめると、鐘を掴んで引き落とす。その中に吸い込まれるように、女は姿を消すのだった。

 

10 間狂言は鐘が落ちたことをワキに報告し、ワキは心当たりがあると言い出します。

すさまじい地響きに、肝を潰した召使いたち。恐る恐る、音のした方を見に行ってみると、そこには地に落ちた鐘。あわてた召使いが鐘に触れると、灼熱の如く煮えたぎっていた。彼は青ざめながらも、住職へ報告に向かう。

報告を受けた住職には、思い当たることがあった。彼は、先刻女の入寺を渋ったわけを教えようと言い、僧たちに寺の歴史を語りはじめる。

 

11 ワキは寺の歴史をワキツレに語ります。

――昔、この国の住人・真砂荘司の館にたびたび泊まる山伏がいた。荘司は自らの娘に向かい、「彼が将来の夫だ」と冗談を言っていたが、幼い娘はその言葉を信じたまま、成長していった。歳月は流れ、再び泊まりに来た山伏。その寝所へ忍び込んだ娘は、結婚を迫る。仰天した山伏は娘を騙して逃げ出し、この道成寺へと逃げ込むと、僧たちの力を借り、鐘を下ろして隠れるのだった。そこへ、執心のあまり毒蛇となった娘がやって来る。毒蛇は鐘を目ざとく見つけると、鐘もろとも、彼を焼き殺したのであった…。

 

12 ワキ・ワキツレが祈っていると鐘が上がり、中から後シテが出現します。

この寺の鐘をめぐる、世にも恐ろしい物語。さては今度の事件も、その娘の執心の仕業であったのか。僧たちは、この鐘に憑いた悪鬼を調伏すべく、祈祷をはじめる。

鐘に向かって責めかける、密教修法の数々。鐘は不気味に動き出し、僧たちは負けじと肝胆を砕いて祈り続ける。そのとき、鐘からけたたましい音が鳴り響くと、鐘は自ずと上がってゆく。そして…、中からは、毒蛇(後シテ)が姿を現した。

 

11 後シテとワキ・ワキツレとが争い(〔祈リ〕)、やがて後シテは消え去ってゆきます。

毒蛇と僧たちとが繰り広げる、一進一退の攻防戦。やがて追い詰められた毒蛇は、恨めしげに鐘を見やる。その吐息は猛火と変じ、わが身を焼き苦しめるのだった。

退散してゆこうとする毒蛇。しかし何を思ったか、毒蛇はその場で立ち止まると、再び鐘の方を振り返る。静かに鐘を見つめる毒蛇。そして…、

彼女の執心は、そのまま消えていったのだった。

(文:中野顕正)

 

(最終更新:2017年9月)

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