紀伊国 道成寺の住職(ワキ)と僧たち(ワキツレ)が釣り鐘の落慶法要をおこなっていると、一人の女(前シテ)が現れる。彼女は自らを男装の芸能者“白拍子(しらびょうし)”と名乗り、芸を見せることを条件に入寺を許される。白拍子は怪しげな雰囲気を漂わせつつも芸を見せていたが、隙を見て鐘に近づくと、鐘を突き落とし、その中に姿を消してしまうのだった。
報せを受けた住職は、〈昔この寺の鐘に匿った男を女の執心が焼き殺した〉という物語を語り、その女の執心が今また鐘に災いをなしているのだろうと言う。僧たちが祈っていると鐘が上がり、毒蛇となった女の執心(後シテ)が姿を現すが、激しい攻防の末に毒蛇は調伏され、執心は消えてゆくのだった。
1 ワキがワキツレ・間狂言を引き連れて登場します。
ここは、紀州日高郡 道成寺。この寺は、七百年もの昔に創建された古刹だが、とある事情から、釣り鐘が失われたままとなっていた。その鐘が久々に新造されることとなり、今日はその落慶法要の日。寺の住職(ワキ)は弟子の僧たち(ワキツレ)や召使いたち(間狂言)を引き連れ、供養の場に臨む。
住職に命じられ、法要の開催を触れてまわる召使い。いよいよ、法会の開幕である。
2 ワキ・ワキツレは、法要に集う人々の様子を謡います。
ようやく迎えた、この晴れの供養の日。住職たちは結縁に集う人々を見まわし、安堵の声を漏らす。「久しく耳にすることのなかった、この寺の鐘の音。ようやく今、その音色を聞くことができるのだ。鐘を慕い、結縁を求めて集う人々。この晴れの法会の、今日の賑わいよ…」。
3 前シテが登場します。
そこへ、この紀伊国に住むという、一人の女(前シテ)が現れた。「法会の場に結縁すれば、過去に犯した重い罪をも滅することができるとか。絶えて久しき鐘の音が、まさに今日、よみがえるのだ。私の心も昔に返るよう。さあ、鐘の供養に参列しよう…」 どことなく怪しげな雰囲気を漂わせつつ、女は道成寺へと距離を縮めてゆく。
4 前シテは間狂言と言葉を交わし、次いでワキと言葉を交わします。
供養の場に入ろうとする女を、召使いは制止する。騒ぎを聞きつけた住職に、女は訴える。「罪深き女人の身。こうして結縁にあずからなければ、救われる日が来るものでしょうか。どうして意地悪をなさるのです。漢詩の世界に名高い『煙寺(えんじ)の晩鐘』の風情に、触れることは叶わないのですか…」。
5 ワキはワキツレと相談し、女の入寺を許可します。
漢詩の世界にまで通暁したこの女。驚く住職に、女は自らを男装の芸能者“白拍子(しらびょうし)”であると名乗る。そのとき、弟子の僧は住職に進言する。「僧たちは皆、今日の勤めで疲れております。是非とも余興に舞を見たいと、皆がそう申しております」 女人の入寺を渋る住職だったが、僧たちの意見に押され、彼女の入寺を許可してしまう。
6 前シテは道成寺の縁起を語り舞います(〔クリ・サシ・クセ〕)。
やがて支度を調えた女は、芸能の場に進み出ると、この寺の来歴を謡って舞いはじめる。
『――昔この国に、一人の海女がいた。両親を養う孝行娘であった彼女は、あるとき海に潜った折、海底に光輝く霊木を見つける。わが家に持ち帰り、仏と思い拝んでいたところ、女の体もまた、金色に輝き出す。こうして仏の加護を受けた彼女は、後には宮中に迎えられる身となったのだった。そのときの勅使こそ、この寺の開基・橘道成卿であった…』。
7 前シテは〔乱拍子(らんびょうし)〕を舞います。
縁起を語り終えた女は、白拍子芸のクライマックス“乱拍子”を舞いはじめる。
妖艶な足さばきを見せる、男装の麗人。彼女は寺の縁起を謡い込みつつ、巧みな足づかいを重ねてゆく。鬼気迫るものすら感じさせる、緊迫した時間。
8 前シテは〔急之舞〕を舞います。
足さばきの芸がクライマックスにまで達した、そのとき。女は、芸能の場を旋回するように舞いはじめた。先ほどとは一転して、激烈なその舞い姿。女の身体からほとばしるエネルギーは、あたかも、辺りを焼き尽くす業火の炎のよう。
9 前シテは、落下してくる鐘の中に飛び込み、姿を消します(鐘入リ)。
異様な雰囲気を漂わせつつも、芸を重ねてゆく女。
やがて夜も更け、人々も寝静まった。隙を見て鐘に近づき、撞(つ)こうとする女。しかしそのとき、何を思ったか、彼女は鐘を恨めしげに見つめると、鐘を掴んで引き落とす。その中に吸い込まれるように、女は姿を消すのだった。
10 間狂言は鐘が落ちたことをワキに報告し、ワキは心当たりがあると言い出します。
すさまじい地響きに、肝を潰した召使いたち。恐る恐る、音のした方を見に行ってみると、そこには地に落ちた鐘。あわてた召使いが鐘に触れると、灼熱の如く煮えたぎっていた。彼は青ざめながらも、住職へ報告に向かう。
報告を受けた住職には、思い当たることがあった。彼は、先刻女の入寺を渋ったわけを教えようと言い、僧たちに寺の歴史を語りはじめる。
11 ワキは寺の歴史をワキツレに語ります。
――昔、この国の住人・真砂荘司の館にたびたび泊まる山伏がいた。荘司は自らの娘に向かい、「彼が将来の夫だ」と冗談を言っていたが、幼い娘はその言葉を信じたまま、成長していった。歳月は流れ、再び泊まりに来た山伏。その寝所へ忍び込んだ娘は、結婚を迫る。仰天した山伏は娘を騙して逃げ出し、この道成寺へと逃げ込むと、僧たちの力を借り、鐘を下ろして隠れるのだった。そこへ、執心のあまり毒蛇となった娘がやって来る。毒蛇は鐘を目ざとく見つけると、鐘もろとも、彼を焼き殺したのであった…。
12 ワキ・ワキツレが祈っていると鐘が上がり、中から後シテが出現します。
この寺の鐘をめぐる、世にも恐ろしい物語。さては今度の事件も、その娘の執心の仕業であったのか。僧たちは、この鐘に憑いた悪鬼を調伏すべく、祈祷をはじめる。
鐘に向かって責めかける、密教修法の数々。鐘は不気味に動き出し、僧たちは負けじと肝胆を砕いて祈り続ける。そのとき、鐘からけたたましい音が鳴り響くと、鐘は自ずと上がってゆく。そして…、中からは、毒蛇(後シテ)が姿を現した。
11 後シテとワキ・ワキツレとが争い(〔祈リ〕)、やがて後シテは消え去ってゆきます。
毒蛇と僧たちとが繰り広げる、一進一退の攻防戦。やがて追い詰められた毒蛇は、恨めしげに鐘を見やる。その吐息は猛火と変じ、わが身を焼き苦しめるのだった。
退散してゆこうとする毒蛇。しかし何を思ったか、毒蛇はその場で立ち止まると、再び鐘の方を振り返る。静かに鐘を見つめる毒蛇。そして…、
彼女の執心は、そのまま消えていったのだった。