銕仙会

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曲目解説

熊坂くまさか
  
作者 未詳
場所 美濃国 赤坂宿  (現在の岐阜県大垣市赤坂)
季節 晩秋
分類 五番目物 猛将物
登場人物
前シテ 赤坂宿の僧  じつは熊坂長範の霊 直面 着流僧出立(僧侶の扮装)
後シテ 熊坂長範(くまさかちょうはん)の亡霊 面:長霊癋見など 長範頭巾法被半切出立(盗賊の扮装)
ワキ 旅の僧 着流僧出立
アイ 土地の男 肩衣半袴出立(庶民の扮装)

概要

旅の僧(ワキ)が美濃国赤坂宿にさしかかると、一人の僧(前シテ)が呼び止め、今日はある人物の命日なので弔ってくれと頼む。彼の庵室へと案内された旅の僧が目にしたのは、所狭しと並べられた武具の山。彼は、この辺りには盗賊が出るのでその対策だと教えると、旅の僧に休むように言い、自らも寝室に入ってゆく。その刹那、庵室はたちまち消え失せてしまうのだった。

土地の男(アイ)から、かつてこの地を騒がせた大盗賊・熊坂長範の故事を教えられた旅の僧は、先刻の僧こそ長範の霊だと気づく。やがて旅の僧が弔っていると、長範の亡霊(後シテ)が現れ、今なお略奪に生きた生前の妄執に囚われつづけていることを明かす。長範は、三条吉次の一行を襲撃したところ牛若丸によって返り討ちに遭ったことを語り、最期の様子を再現して見せるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

京から東国へと続く街道をゆく、一人の僧(ワキ)。このたび廻国修行を志した彼は、京の都をあとに、東へと旅を続けていたのであった。

やがて不破関を越え、赤坂宿へさしかかった頃。時刻は早くも夕暮れどき。見れば、日は西の山へと傾き、夕陽の放つ最後の光が、里を紅色に染め上げていた。

2 前シテがワキに声をかけつつ登場し、ある人物の供養を頼みます。

そのとき、背後から呼び止められる声がした。声の主は一人の僧(前シテ)。彼は旅の僧に、今日はある人物の命日なので弔ってほしいと頼む。その者の名は明かせないと言う彼に、不審がる旅の僧。しかし、経典の功徳とは人々に分け隔てなく救いを与えるもの。そう説得された旅の僧は、彼の頼みを受け入れることにした。

3 前シテはワキを庵室へと案内し、そこに並べられた武器の謂われを語ります。

彼は、今夜の宿を貸そうと申し出る。ところが、彼の庵室に通された旅の僧は、その異様な光景に肝をつぶす。仏像ひとつ祀られず、壁一面には武器がびっしりと並ぶ、この庵の内。彼は言う。「実は私は、まだ出家したての身。この辺りは盗賊が出ますので、襲われている人をすぐに助けられるよう、こうしているのです。仏様も障魔を退けるには武器をお使いになるとか。行いの善悪は心次第、これとて仏の道なのですよ…」。

4 前シテは姿を消します。(中入)

やがて時刻は移り、夜は次第に更けてゆく。彼は、旅の僧にも休むよう促すと、自らも寝室へ入ってゆく――。

その刹那。彼の姿は消え失せ、庵室も消えて無くなってしまった。野の中にぽつんと佇む旅の僧。庵室と見えたのは、じつは松の下蔭だったのであった。

5 アイが登場し、ワキに物語りをします。

そこへ通りかかった、里の男(アイ)。これまでの事情を話す旅の僧に、男は、それは昔の大盗賊・熊坂長範の霊ではないかと言う。長範は、かつて都の商人・三条吉次を襲撃し、その一行の中にいた牛若丸によって返り討ちに遭った人物。生前に悪行の限りを尽くした彼ゆえ、弔う者もなく、その亡魂は未だ迷いの世をさまよっているはず――。それを聞いた旅の僧は、彼を弔ってやろうと心に決めるのだった。

6 ワキが弔っていると、後シテが出現します。

その夜。荒涼とした野の中、旅の僧は長範の亡魂へ経を手向けはじめる。

すると――。折から夜風が激しく吹きつけ、木々がざわざわと音を立てはじめた。月は薄雲に覆われ、そら恐ろしい野の様子。そんななか、熊坂長範の亡霊(後シテ)が姿を現した。「者ども、強盗には絶好の機会となった。さあ、宝の限りを奪うのだ…」 彼は今なお、略奪に生きた在りし日の執心に囚われ続けていたのであった。

7 後シテは、最期の日の有り様を語りはじめます。

最期の様子を語りはじめる長範。「毎年多くの宝をたずさえて奥州へと下向する、黄金商人の三条吉次。やつを標的と定めた私は、あの日、国々から集めた七十余人もの者どもを従え、この赤坂宿で待ち伏せをしていた。見れば、吉次らは遊女を侍らせ大宴会。そのまま無防備にも雑魚寝をはじめ、起きているのは眼光鋭き若者一人。それが牛若殿とは夢にも知らず、我々は好機と思い、一斉に襲いかかったのだ…!」

8 後シテは、長範一味と牛若丸との戦闘の様子を語ります。

――松明を投げ入れ、われ先にと襲いかかる熊坂一党。ところが牛若殿は少しも動じず、太刀を抜いて切り結ぶ。獅子の勢い、天翔る鳥のごときその戦いぶりに、あるいは討たれ、あるいは辛くも逃げ延び、一味は総崩れに。盗みも命あってのもの、私は逃げようとも考えたが、討たれた者たちの弔い合戦と思い、秘術を尽くして挑んでいったのだ…。

9 後シテは、牛若に討たれた自らの最期を再現して見せ、消えてゆきます。(終)

――対峙する二人。しびれを切らした私が打ち込んでゆくと、牛若殿はひらりひらりと受け流し、私の攻撃を攪乱する。そのとき、一瞬の隙を突いてきた牛若殿。手負いとなった私は長刀を捨て、取っ組み合おうと攻めかかる。しかし牛若殿は一向に捕まらず、その間にも私は深手を負ってゆく。そうして力も心も尽き果てた私は、遂に命を落としたのだ…。

武力に生きた男の、非業の最期。長範はそう語ると、姿を消してしまうのだった。

(文:中野顕正)

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(最終更新:2018年5月)

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