銕仙会

銕仙会

国栖 (くず)

作者 不明
場所 大和の国(現在の奈良県)吉野山
季節 春
分類 四・碁盤目物・霊験物・太鼓物
 
登場人物

前シテ 吉野の里の漁翁 着流尉出立・笑尉または朝倉尉
前ツレ 吉野の里の姥 水衣姥出立・姥
後シテ 蔵王権現 大飛出出立・大飛出
後ツレ 天女 天女出立・小面
子方 王(天武天皇) 初冠狩衣大口出立
ワキ 朝臣 法被大口出立
ワキツレ 輿舁 大口モギドウ出立
オモアイ 追手の雑兵 肩衣括袴出立
アドアイ 追手の雑兵 肩衣括袴出立

 
あらすじ
 王(天武天皇)は大友皇子に都を追われ、供の者と吉野へ落ちのび、川舟に乗る老夫婦と出会います。夫婦は天皇を匿い、根芹と国栖魚(鮎)を献上します。老人が天皇の食べ残した魚を川に放つと、不思議にも魚は生き返りました。そこへ敵が迫りますが、夫婦は天皇を舟の下に隠し、敵を欺き追い返します。夜になると天女が現れ舞を舞い、蔵王権現も出現して、御代の将来を祝福したのでした。
 
舞台の流れ

  1. 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
  2. 「一声〔いっせい〕」の囃子で子方・ワキツレ(輿舁)・ワキ(朝臣)が舞台に登場します。
    大友の皇子に追われた王(子方)が、春の夜、輿に乗って都を脱出し、山野を分け越えて吉野山に落ちのび、吉野川のほとりにたどり着きました。
  3. 「アシライ」の囃子に合わせて、川舟に乗った老人(前シテ)と姥(前ツレ)が登場します。
    舟の上で、老人は姥に自分たちの小屋の上に星が輝いていると声を掛けます。
    しかも紫雲がたなびいており、ただごとではない様子なので、二人は貴い身分の人がいらっしゃっているのではと思い、舟を留めて家に戻りました。
    王は冠や直衣の袖が露や霜で濡れている姿であっても、他の者と紛れることはないと、二人は落ちのびた一行を見抜き、王が粗末な我が家を訪れられたのは、かたじけないことだと驚きます。
  4. 朝臣は、王は二、三日食事をなさっていないので、食事を差し上げてほしいと老人に頼みました。
    夫婦は摘んだばかりの根芹と国栖魚(鮎)を差し上げることにします。
    差し上げた芹を摘んだ川が「菜摘の川」、焼いて差し上げた鮎が「吉野の国栖」と呼ばれるようになったのは、この天皇の御代のことなのです。
    王は喜び、二人に感謝します。
  5. 老人と姥は朝臣から御供御[おんぐご](天皇の食事)の残りを賜り、その国栖魚が生き生きとしているので、吉野川へ放してみます。
    昔、神功皇后が戦の吉凶を占うために、玉島川で鮎を釣られ、戦にも勝利しました。
    その時のように、この王も再び都に帰られることがあるならば、この御供御の魚もきっと生き返ることでしょうと老人は言い、鮎を水に放します。
    すると激しい流れを泳ぐ鮎の姿が見えました。
    まったく占いの結果が頼もしく思われることです(「鮎ノ段」)。
  6. 王の一行に追手が追いついてきたようです。そこで老人は王を舟の下に隠します。
  7. うつむけて置いてある舟に気づいた追手(アイ)たちが老人を問い詰めます。
    老人は舟の中を捜されるのは、家捜しと同じであると強く言い、人々を呼び集めようとします。
    その勢いに押されて追手たちは足早に去って行きました。
  8. 老人夫婦は舟を起こし、王を助けました。
    王は夫婦の忠節に感謝すると、二人はかたじけなさに涙を流すのでした。
  9. 夜が更けて、あたりは静まりかえっていますが、老人が王の心をお慰めしようと言うと、美しい音楽が響き渡り天女(後ツレ)が現れました。
    いつのまにか老人と姥の姿は消え失せていました(中入リ)。
  10. 天女が「五節の舞」の初めといわれる、美しい舞を舞います。
    やがて蔵王権現(後シテ)が出現し、力強い動きで虚空を飛び回り、御代を寿ぐのでした。
  11. シテとツレが橋掛リから揚げ幕へ退場し、ワキやワキツレがその後に続きます。
    最後に囃子方が幕へ入り、地謡は切戸から退いて能が終わります。

 
ここに注目
 一曲の趣が、劇的な前半と祝言性の強い後半に分かれています。前半のドラマチックな内容は、天智天皇の子の大友皇子と、天智の弟の大海人皇子(後の天武天皇)の間で起きた壬申の乱の出来事をもとにしています。『宇治拾遺物語』には都を追われた大海人皇子が食べた栗を使って占いをしたり、能〈国栖〉と同じく皇子が逆さにした舟の下に隠れて、難を逃れたりする話が見えます。ほかにも『源平盛衰記』には、吉野に下った皇子の前に天女が現れ、舞を舞ったとか、鈴鹿山で道に迷った皇子が老人夫婦と出会うといった話も記されています。これらの伝承と同じような話を〈国栖〉は素材にしているということができます。
 観世流の現行の謡本には、天皇の名前ははばかって「王」としか出てきませんが、古い謡本や他の流儀では「浄見原の天皇」とあります。
 
 
(文・中司由起子)

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