銕仙会

銕仙会

曲目解説

籠太鼓(ろうたいこ)

◆登場人物

シテ 関清次(せきのせいじ)の妻
ワキ 松浦殿
アイ 松浦殿の下人

◆場所

 肥前国 松浦  〈現在の長崎県・佐賀県 松浦半島〉

概要

九州 松浦の里の住人・関清次は、殺人の罪により、領主・松浦殿(ワキ)の牢に入れられていた。しかしある日、脱獄を遂げた清次。行方を詮議すべく召し出された彼の妻(シテ)は知らぬと言うばかりなので、松浦殿は彼女を夫の代わりに牢へ入れさせ、監視を怠らぬよう、傍らに鼓を懸けさせて毎時打つよう番人(アイ)に命じるのだった。
ひとり夫を偲んで涙しつつ、この牢こそ夫の形見よと恋い慕う妻。やがて例の鼓を目に留めた彼女は、心を慰めるべく、夫への思いを託して鼓を打ちはじめた。更けゆく夜とともに、夫に思いを馳せつつ鼓を打つ妻。彼女は、幻視の中に現れた夫の面影に喜び、決して牢を出まいと決意する。そんな彼女の姿に観念し、神に誓って夫の罪を赦そうと宣言した松浦殿。妻はその言葉に喜ぶと、夫が身を寄せている先へ向かってゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・アイが登場します。

ここは九州 松浦の地。この地の領主・松浦殿に仕える関清次は、先日、所領をめぐる諍いから、相手を殺害してしまう。主君のもとに身柄を預けられた彼は、牢へと押し込められていた。
そんなある日。牢の番人(アイ)が見回りに行くと、既に彼は脱獄を遂げた後。報告を受けた松浦殿(ワキ)は、清次の行方を尋問すべく、その妻を召し出すこととした。

2 シテが登場し、牢に入れられます。

召し出された清次の妻(シテ)。夫の行方を問いただす松浦殿だったが、妻は知らぬと言うばかり。「夫はもとより卑しい身。自分ひとりが助かれば、私のことなど気にも留めないのでしょう。あの人の行方など、夢にも存じておりません…」。
なおも疑う松浦殿。彼は、妻が清次の行方を白状するまで、代わりに牢へ入れておくと言い放つ。傍らには時刻を知らせる鼓。松浦殿は、監視を怠ることのないよう、一刻ごとに鼓を打てと番人に命じ置くのだった。

3 シテは嘆き、牢を夫の形見と慕います。

夫を偲んですすり泣き、心乱れた様子の彼女。報告を受けた松浦殿は、夫の行方さえ白状すれば牢から出そうと声をかけ、さらには牢の扉を開き、外へ出るよう言い渡す。しかし妻は、自分が夫の身代わりである以上、牢からは出まいと宣言する。彼女は、この牢こそ夫の形見よと、清次の名残りを慕って涙するのだった。

4 シテは、牢の鼓を眺めつつ、心乱れるさまを見せます(〔カケリ〕)。

松浦殿の言葉にも靡かず、夫の行方だけを案じ続ける妻。彼女は、牢の傍らに懸けられた鼓を見つめ、遠い異国の故事に思いを馳せる。「古人の言葉に、こう申します。“時守の打つ鼓の音を聞けば、早くも時刻はやって来た。貴方を待っている内に”と…。しかし私はあの人に会えるまで、いつまでも待ち続けるのです——」 妻は、夫への思いの丈を吐露しつつ悲嘆する。

5 シテは、夫への思いを託して鼓を打ちます(〔鼓之段〕)。

——六ツ時の空の下、早くも西の山へ傾く日輪。五ツ時の心に浮かぶのは、偽りだったあの人の契り。夫を偲ぶ忍び音のように、私は静かに鼓を打つのだ…。四ツ時に世の中へ思いを巡らせば、恋も恨みも無い世ならばと、今のわが身を嘆くばかり。そうする内に夜は更け、時刻は早くも九ツ時。ああ今こそ、愛しい夫の面影が、わが脳裏にはっきりと現れた。私が身代わりになってこそ、あの人と契った甲斐もあろうもの。慕わしいものはただこの牢。もはや、この牢を出ることはないのだ——。

6 ワキは夫婦の罪を赦し、シテは夫のもとへ向かってゆきます。(終)

余りに切実な妻の姿に、ついに根負けした松浦殿。神に誓って罪を赦そうという彼の言葉に、妻はようやく口を開き、夫が向かったと思われる場所を明かす。妻の思いを確かに受けとめた松浦殿。彼は、ちょうど今年が親の年忌に当たるからと、慈悲を加えて夫婦を助けてやるのだった。
夫のもとへ向かう妻。やがて彼女は夫を見つけ出し、故郷への帰還を遂げたのだった。そうして再び結ばれた、永遠に続く夫婦の絆。これこそが、二世の契りなのであった——。

(文:中野顕正  最終更新:2022年10月11日)

舞台写真

能楽事典
定期公演
青山能
チケットお申し込み
方法のご案内