銕仙会

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曲目解説

三笑さんしょう
俗世を離れた山の中で、心おきなく語り合う三人の隠者。瀑布の音を背景に、三人が舞う酔狂の舞。薫り高い、中国絵画の世界。
作者 細川成之か
場所 廬山(現在の中国江西省潯陽郡)  虎渓(こけい)
季節 冬  旧暦十一月
分類 四番目物  唐物

 

登場人物
※観世流では、通常の演出では子方は出しませんが、替えとして子方を出す演出があります。
今回(平成25年4月定期公演)はその演出で上演します。
シテ 慧遠禅師 面:阿古父尉  着流尉(唐人)出立(中国の老人の扮装)
ツレ 陶淵明 面:朝倉尉など  着流尉(唐人)出立
ツレ 陸修静 面:朝倉尉など  着流尉(唐人)出立
子方 童子 大口側次出立(中国人の扮装)など
間狂言 下働きの僧 面:登髭 能力出立(下級の僧の扮装)

概要

東晋時代(五世紀)。中国南方の廬山に庵を建てて隠棲していた慧遠禅師(シテ)のもとに、ある日、親友の陶淵明(ツレ)と陸修静(ツレ)が訪れる。三人は近くの滝などを眺めて風雅な情景をたたえ、庵の周りに生えている菊の花を愛でて酒を飲み、興に乗じて舞を舞うなど、至福の時を過ごす。やがて二人が帰る刻限となったので、禅師は見送りに出るが、庵から遥か遠くまで来たところで、禅師が年来庵から離れないという誓いを立てていたことを思い出し、三人はどっと笑う。

ストーリーと舞台の流れ

0 間狂言が登場し、場面設定を説明します(〔狂言口開(きょうげんくちあけ)〕)

五世紀の中国。北方民族の侵入を受けた漢民族は、南方の長江流域へ逃れ、この地で文化を華開かせていた。世に言う「六朝(りくちょう)時代」である。退廃的な気風の中で、老荘思想・道教や仏教が流行し、隠逸の士たちが文芸世界を担う、そんな時代であった──。
廬山(ろさん)に庵を構えて侘び住まいをする僧・慧遠(えおん)禅師も、そんな隠者達の一人であった。禅師はこの草庵で、日々、西方浄土を心に念じる生活を送っていた。今日は禅師の親友、陶淵明(とうえんめい)と陸修静(りくしゅせい)が遊びに来るというので、下働きの僧(間狂言)が庵の周りを掃除している。

1 庵の作り物の中から、シテが登場します。

庵の中では、慧遠禅師(シテ)が隠遁生活を送っている。庵から見えるのは、西に傾く月影に、白妙の滝、曙の山…。閑居に相応しい風雅な地で、悠々自適の日々を過ごしていた。

2 ツレ二人が子方を伴って登場し、シテのもとを訪れます。

霜月の曙の空。野山の草花も紅色に映える風情である。
そんな中、童子(子方)を伴い、禅師の親友の陶淵明(ツレ)と陸修静(ツレ)がやって来た。禅師は庵の外に出て彼らを手招きし、来訪者たちは庵へと続く石の橋を渡って禅師のもとに到着した。

3 シテ・ツレ三人は親しく語らい合います。

淵・陸の二人は、庵に招き入れられると、眼前の滝をはじめ、辺りの風雅な情景をたたえ、禅師と打ち解けて語らう。
──陶淵明というのは、彭沢という地方の長官をしていたのだが、職を辞し、故郷に帰って酒と菊花を愛した隠者。陸修静というのは、この廬山の、簡寂観という道教の寺に隠居する、仙人の道を学んだ道士。二人とも禅師に劣らぬ、悠々自適の人なのであった…。

4 三人は酒に興じ、舞を舞います(〔楽(がく)〕)。

酒というのは不老不死の薬。酒を飲み、興に乗じた三人は、仙家の菊の花を愛で、酔狂の舞を舞い出す。

5 やがて、シテが浮かれて禁足を破り、三人が一斉に笑って、この能が終わります。

心許せる二人の友と、至福のひとときを過ごした禅師。やがて、二人が帰る刻限となったので、禅師はよろよろと覚束ない足で二人を見送りに出る。 禅師は年来、庵のある虎渓(こけい)の地を出ないとの誓いを立てていたが、今日、二人の来訪を嬉しく思う余り、気がつくと庵から遥かに離れた所まで来てしまっていた。三人は誓いが破れてしまったことに気づくと、一斉に大笑いしたのであった。
世に言う、「三笑」の故事なのであった──。

みどころ

本作のシテ・慧遠禅師(334~416)は、東晋時代の高僧で、中国南部の廬山に「白蓮社(びゃくれんしゃ)」を建てて三十余年をここで過ごし、生涯一度もこの山を出ることがなかったと言われています。彼は『沙門不敬王者論』を著して、僧侶は権力者を敬う必要など無いと説き、世俗権力と距離を置いてひたすら信仰生活に没頭しました。中国の浄土教興隆の発端となった人物です。
また、本作のツレ・陶淵明(365~427)は東晋時代の有名な詩人で、はじめ官僚として出世コースを進んでいましたが、官職に束縛されることを嫌い、「帰りなんいざ、田園まさに蕪(あ)れなんとす、胡(なん)ぞ帰らざる」(『帰去来辞』)という言葉を残して故郷に帰り、自然を愛する田園生活を送った人物です。彼の代表作『桃花源記』は「桃源郷」という言葉のもととなった作品で、世俗を離れた理想の世界を描いた、中国文学の名作です。
本作のもう一人のツレ・陸修静(406~477)は東晋から南朝宋の時代の道士(道教の僧侶)で、道教の一派である「天師道(てんしどう)」を改革し、中国南方における道教の主流派となった人物です。彼もまた世俗社会を離れ、廬山に簡寂観という道観(道教の寺院)を建てて隠棲生活を送りました。
本作の題材となった、隠逸の士であるこれら三人が交流したという「虎渓三笑(こけいさんしょう)」の故事は、もとより史実ではありませんが、中国絵画などで非常に愛好されたエピソードでした。日本でも、本作の書かれた室町時代後期には、禅宗の画僧(絵を描くことを専らとする僧)たちの間などで、盛んに描かれたモチーフです。
本作は、その「虎渓三笑図」の流行を背景として、その舞台化として書かれた作品であると考えられます。
俗世を離れた草庵で、心おきなく語り合う三人。誓いが破れてしまっても、それを悔いることもなく笑い合う、彼らのおおらかさ。悠々自適の生活を送る彼ら三人の、何ものにも囚われない自由な心意気をお楽しみ下さい。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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