銕仙会

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曲目解説

俊成忠度(しゅんぜいただのり)

◆登場人物

シテ 平忠度(たいらのただのり)の幽霊
ツレ 藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)
トモ 藤原俊成の従者
ワキ 岡部忠澄(おかべただずみ)

◆場所

 京都 藤原俊成の邸宅

概要

一ノ谷合戦で平忠度を討ち取った岡部忠澄(ワキ)は、忠度の亡骸から見つかった短冊をたずさえ、忠度と親交のあった藤原俊成(ツレ)のもとを訪れる。俊成は、短冊を見て忠度の風雅な生きざまを思い出し、静かに彼の冥福を祈るのだった。
その夜、俊成の夢枕に現れた忠度の霊(シテ)。忠度は、都落ちの際に俊成へ託した歌が『千載集』に入集したことを喜びつつも、朝敵の身ゆえ“詠み人知らず”とされてしまった未練を述べる。そんな彼へ、優れた歌ならば名誉は自ずと隠れないのだと告げる俊成。その言葉に、忠度は和歌の徳を思う。俊成との再会を喜び、名残りを惜しむ忠度。ところがその時、彼の眼裏には修羅の世界が現れた。闘諍の巷に苦しむ忠度。しかしやがて、忠度の歌に感じた梵天王の計らいにより、遂に彼は修羅の苦患を免れたのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

平安末期。源氏方の猛攻を受けて都を捨てた平家軍は、西海を漂う流浪の日々を送っていた。ある者は妻子を遺し、ある者は友と別れ、それぞれに京への未練を残しながら——。
その後、一ノ谷合戦で一門の多くを失った平家軍。中でも平忠度は、岡部忠澄(ワキ)に討たれた。忠度の亡骸から見つかった、形見の短冊。それを見た忠澄は、あまりの痛わしさに、忠度と親交のあった歌人・藤原俊成のもとへ短冊を届けることとした。

2 ワキはツレのもとを訪れ、短冊を渡します。

京の俊成邸に着いた忠澄。彼は俊成の従者(トモ)に取り次ぎを願い、俊成(ツレ)のもとへ通される。事情を聞いた俊成がさっそく短冊を見ると、そこには一首の和歌。『日の暮れ果てた旅の途上。桜の木蔭を宿とする時は、花こそが今宵の宿の主なのだ——』 花を愛し、風雅に生きた忠度。俊成は、人の道を守りつつ文武両道に秀でた忠度の人生を追憶し、静かに彼の冥福を祈るのだった。

3 シテが登場します。

やがて、そんな俊成の傍らに現れた、一人の人影(シテ)。「遠くの山にかかる雲。貴方に別れを告げたあの日、私はその雲のかなたに心を致し、やがて赴く遥かの旅路を思うばかりであった。ままならぬ命ゆえにこそ、別れとは悲しいもの。遠く西海に果てながら、心はなお花の都に引かれつつ、今また、こうして現れたのだ——」 この人影こそ、平忠度の幽霊であった。

4 シテは、ワキと言葉を交わします。

かつて都落ちの折、俊成へ一首の和歌を託していた忠度。そんな歌道への願いは叶い、歌は『千載和歌集』に収められた。ところが、朝敵の身となった彼は、院の命令で作られたこの歌集へは名が載せられず、歌は“詠み人知らず”とされてしまう。名を遺すことの叶わなかった忠度。そんな未練を明かす彼へ、俊成は言う。「この歌さえあるならば、忠度の名は自ずと世に知れるはず。優れた歌を詠むときは、その名誉は隠れないのだ」。

5 シテは、和歌の徳を讃えます(〔クセ〕)。

歌の徳を語る俊成。その言葉に、忠度は、歌道の歴史に思いを馳せる。
——愛する妻と暮らすべく、神殿を造営した素戔嗚尊。そのとき尊の詠んだ歌から、和歌の道は始まった。その後現れた、歌道の聖人・柿本人麿。彼が詠み遺した明石浦の朝霧の風情を、私は西海の旅寝の中で、思い出さずには居られなかった。人麿が亡くなり、歌の道は絶えたと言う人がいる。しかし言の葉の世界はこんなにも栄え、尽きることが無いではないか! 神の心を動かし、男女の仲を保つのも、全ては歌の力なのだ…。

6 シテは名残りを惜しみます(〔カケリ〕)が、やがて修羅の苦患を受けます。

名残りを惜しみ、湧き上がる思いの程を見せる忠度。ところがその時、彼の表情は一変した。「あれは、天界へと攻め上る修羅王の姿。しかし現れた帝釈天は、修羅王を下界まで攻め落とした——」 忠度の眼裏に幻視される、修羅の闘諍。叫び戦う人々の姿に、忠度もまた、合戦の巷へ分け入ってゆく。天からは火車が降り下り、地には鉄刀が足を貫く。これこそが、修羅道の苦患の姿なのだった。

7 シテは、和歌の徳によって修羅の苦患を免れ、消えてゆきます。(終)

しかしやがて。忠度の詠んだ一首の歌が、梵天王の目に留まった。それこそ、彼がかつて俊成に託し、『千載集』への入集を遂げた、例の歌。『いにしえの近江の都は荒れ果てたが、山桜だけは、昔のままに咲いている——』 その歌のさまに感じ入った梵天王は、遂に忠度を、修羅の苦患から免れさせるべく取り計らうのだった。
固く結ばれた、俊成との絆。しかし早くも、別れの時刻は近づいていた。春の夜は明けてゆき、次第に白みゆく空の下で…、忠度は消えていったのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年07月11日)

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