銕仙会

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曲目解説

卒都婆小町(そとわこまち)

◆登場人物

シテ 老女  じつは小野小町
ワキ 旅の僧
ワキツレ 同行の僧

◆場所

 不定(ワキ方の流儀により阿倍野または鳥羽)  ※本来の設定では高野山麓か

概要

高野山での修行を終えた二人の僧(ワキ・ワキツレ)が下山していると、一人の老女(シテ)が現れる。歩行の疲れから道端に坐り込む彼女だったが、何と彼女が腰をかけたのは卒都婆であった。これを見咎め、立ち去らせようと説教する二人。ところが彼女は、その言葉尻を捉えつつ反論しはじめ、かえって二人を言い負かしてしまう。実は彼女こそ、かつて美貌と才覚とを誇った、名高い小野小町のなれの果てであった。
華やかな昔に引きかえての、今の零落ぶりを語る彼女。しかしその時、彼女はにわかに狂乱し、うわごとのように小町を慕う思いを口にする。それは、小町の体に取り憑いた物の怪の、恨みの言葉。物の怪は、自らを小町に弄ばれた深草少将の怨念だと明かすと、小町のもとへ通い続けた九十九夜の様子を再現して見せるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

霊場・高野山の参道を下ってゆく、二人の僧(ワキ・ワキツレ)。山内での修行を終えた二人は、自信に満ちた面持ちで、さらなる修行の旅に赴くところであった。釈迦は既に入滅し、次の仏陀の出現は遠い未来。そんな暗黒のこの世にあって、逢い難き仏法に出会えた今、我等が目指すのは真実の教えのみなのだ——。そんな求道の思いを胸に、二人は山路を下っていた。

2 シテが登場し、卒都婆に腰を掛けます。

そこへ現れた、一人の老女(シテ)。彼女は汚らしい身なりのまま、弱々と杖にすがりつつ、息も絶え絶えに歩を進めていた。「美貌に慢心していた昔。しかし今や衰え果て、賤しい女達にすら蔑まれている。世間に恥を晒しつつ、命ばかりは長らえる日々よ…」。
人目を恥じ、都を去ることを決意した彼女。月光の下、彼女は夜の道を歩んでゆく。そうするうち、彼女は長旅の疲れから、道のほとりの朽木に坐り込んでしまうのだった。

3 ワキ・ワキツレはシテを教化しようとし、逆に論破されてしまいます。

しかし何と、この朽木の正体は卒都婆であった。仏道への情熱に燃える僧たちはこれを見咎め、この乞食婆を教化して立ち去らせようとする。難解な仏教教理を振りかざし、卒都婆の功徳を滔々と語る二人。ところが、老女はそれに臆することなく、かえって二人の言葉尻を捉えて反論しはじめ、遂に二人を論破してしまうのだった。
降参した二人へ追い撃ちをかけるように、戯れに歌を詠む老女。『仏の世界ならば問題でしょうが、ここはそのそと、“卒都”婆に腰をかけても構いますまい——』。

4 シテは、自らの正体を明かします。

満足げに去ってゆこうとする老女。そんな彼女を僧は呼び止め、名を尋ねる。躊躇いつつも口を開く老女。実は彼女こそ、かつて美貌と才覚とによって世の男たちを虜にした、小野小町のなれの果てであった。在りし日は艶やかな容姿を誇り、詩歌に才能を発揮していた彼女。しかしその面影は既になく、今や朽ち果てた老女の姿。垢まみれの衣に飯袋をぶらさげ、物乞いをして歩いている。施しを得られぬ時は癇癪を起こし、狂気の姿となるのであった——。

5 シテは物の怪に取り憑かれ、狂乱の姿となります。

その時、にわかに声色の変わった老女。「小町のもとへ、小町のもとへ行きたい…」 うわごとのように、そう口にする彼女の様子。それは、彼女の体に取り憑いた、ある物の怪の言葉であった。かつて幾多の男たちから恋文を贈られながら、ついに一言も返事をしなかった小町。その報いが、百歳の今になって身に降りかかったのだという。多くの男たちの中でも、とりわけ深い恨みを抱いていたのは深草少将という人物。——物の怪はそう明かすと、今夜もまた、小町のもとへ通おうと言い出した。

6 シテは、深草少将の百夜通いを再現します。

——人目を忍びつつ、夜の道をゆく少将。ある時は月夜、ある時は闇夜。雨の降る日も、風の吹く日も、彼は一夜として欠かすことなく、ひたすら小町のもとへ通い続ける。そうする内に日数は積もり、とうとう九十九夜目を迎えたのだった…。
「願いの叶う百夜まで、残すことたった一夜。ところがその夜、にわかに起こった胸の苦しみに、少将はあえなく息絶えた。…それこそが、この物の怪の正体なのです」。

7 結末として、この物語の教訓が明かされます。(終)

いま明かされる、悲劇の物語。それも全ては、小町の驕慢と少将の妄執とが生んだ、因果の報いに他ならない。この顛末を思うにつけても、これを見た世の人々は、仏道を求めて来世を願うべきである——。

(文:中野顕正  最終更新:2023年01月16日)

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