銕仙会

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曲目解説

隅田川 (すみだがわ)
 

作者  観世元雅
素材  『伊勢物語』第九段
場所  武蔵国[むさしのくに]隅田川
季節  春
分類  四番目物・狂女物

 
登場人物

シテ  梅若丸の母  (深井[ふかい]・水衣紅無女出立[みずごろもいろなしおんないでたち])
子方  梅若丸  (水衣着流黒頭出立[みずごろもきながしくろがしらいでたち])
ワキ  渡し守  (素袍上下出立[すおうかみしもいでたち])
ワキツレ  旅の男  (掛素袍大口出立[かけずおうおおぐちいでたち])

 
あらすじ
武蔵国隅田川で渡し守[わたしもり]が船に乗せる客を待っていると、一人の女物狂いが現れ、舟に乗せてくれと頼みます。渡し守が面白く狂って見せないと舟に乗せないと言うと、女は『伊勢物語』の東下りの段をふまえて渡し守を説き伏せ、舟に乗ります。出発した舟中で聞こえた念仏について、渡し守がちょうど一年前の三月十五日に当地で亡くなった子供のことを語ると、女物狂いがその子供の母親であることが判明します。悲しむ女を渡し守は子供の墓へと連れて行きます。墓を前に泣き伏す母でしたが、せめてもの供養として、亡きわが子のために念仏を唱えると、墓の中から子供の声が聞こえ、息子梅若丸[うめわかまる]の霊が現れます。梅若丸の霊は母に姿を見せたのですが、すぐに消えてしまい、あとには草の生えた塚が残るだけでした。
 
物語の流れ

  1. 隅田川の渡し守(ワキ)が登場し、舟に乗る客を待っています。
  2. 旅の男(ワキツレ、下掛りでは東国の商人)が現れ、長い旅路の末、春の隅田川へと到着します。
  3. 渡し守は舟に乗せた客から、この近くに来ている女物狂い[おんなものぐるい]のことを聞き、その女物狂いを待つことにします。
  4. 女物狂い(シテ)が笹を手に現われます。人買いの商人にさらわれたわが子を探して、京都の北白川から遠いこの東国まで旅をしていることを話し、子供に会えないわが身を嘆きます。
  5. 隅田川にたどり着いた女は渡し守に舟に乗せてほしいと頼みます。渡し守は物狂いの芸を見せないと舟には乗せないと言いますが、女は『伊勢物語』「東下り」の一節を引き、東国で遠く離れた都の妻を思う在原業平[ありわらのなりひら]も、子供を探してはるばる東国まで旅をしてきた自分も、同じ思いであると説きます。
  6. 渡し守は感服し、女を舟に乗せます。女が乗りこみ、向こう岸までの舟旅が始まりました。舟の中で渡し守は一年前の今日、三月十五日にこの地で亡くなった子供のことを話し、今日はその子供の一周忌で大念仏が行われるのだと語ります。話を聞いているうちに女の様子が変わります。
  7. 向こう岸に着いて、他の乗客が舟から降りても女だけが動こうとしません。渡し守が声をかけると、女は亡くなった子供について尋ねます。十二歳の梅若丸というその子供は女が探していた息子でした。わが子の死を知った女は悲しみにくれます。
  8. 渡し守は女を子供の墓の前に連れて行きます。女は春の草が生い茂ったわが子の墓を目の当たりにし、もう一度姿を見せてほしいと泣き崩れます。
  9. すでに空には月が出て、夜も更けてきました。渡し守は女に弔いを勧めます。ただ泣くばかりの女でしたが、我が子のためと鉦鼓[しょうご]を手にし、念仏を唱えます。すると、墓の中から子供の声が聞こえてきます。
  10. 母親の念仏の声に応えるかのように、墓の中から梅若丸の霊(子方)が現れます。母子は対面を果たしますが、亡霊となった息子に触れることはできず、梅若丸はふたたび墓へと消えてしまいます。あとにはぼうぼうと生い茂った草むらの前に、母は一人残されるのでした。

 
ここに注目
親が行方不明の子を探す、親子物狂能の多くが最終的に子供と出会う結末であるが、本曲はすでに子供が死んでおり、墓の前で子供の霊に対面する悲劇の物語である。
舟に乗る前にシテが『伊勢物語』第九段東下りの和歌「名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」を自身の境遇になぞらえて「我もまたいざこと問はむ都鳥わが思ひ子は東路にありやなしやと」と謡う箇所はこの能の聞きどころである。
世阿弥の芸談の聞き書き『申楽談儀』には、息子の元雅に子方を出さない演出を提案したが、本曲の作者である元雅は否定的であった旨が書かれている。現代ではこの世阿弥案を実験的に取り入れて、子方を出さない演出を試みることもある。また、詞章では12歳と設定されている梅若丸だが、実際の舞台ではそれよりも年少の子方が演じることが多い。作リ物の中から子供の幼い声で、「南無阿弥陀仏」と地謡に交じり謡う箇所にも留意してほしい。
ワキツレの旅の男は、流儀により設定が変わる。東国の知人を訪ねる都の男と都での商売から帰る東国の商人の二通りがある。物語の展開への影響はない。
 
(文・江口文恵)

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