銕仙会

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曲目解説

木賊(とくさ)

◆登場人物

シテ 木賊刈りの老人(松若丸の父)
ツレ 木賊刈りの男 【3人】
子方 少年僧  じつは松若丸
ワキ 旅の僧
ワキツレ 同行の僧 【2‐3人】

◆場所

 信濃国 園原(そのはら)山麓 伏屋(ふせや)の里  〈現在の長野県下伊那郡阿智村〉

概要

信州出身の少年僧(子方)は、故郷の父にもう一度会いたいとの願いから、師僧(ワキ)たちに伴われ、信州 園原山の麓を訪れる。そこへやって来た、土地の名産品“木賊”を刈る老人(シテ)と男たち(ツレ)。男たちは、古歌にも詠まれたこの里の木賊の風情を思いつつ、野辺の木賊を刈るところであった。
やがて夕刻、老人は一行へ今夜の宿を提供しようと、自宅へ案内する。老人は、一人息子と生き別れになってしまった過去を明かすと、宴の座で謡い舞うのが好きだったわが子を偲び、息子の形見の衣を着て謡い舞う。わが子の舞い姿を追憶し、その面影を追い求めるように舞を舞うと、そのまま泣き崩れてしまった老人。そのとき少年僧は、自分こそその息子だと名乗り出た。互いに面影を認めあった父子は、ついに再会を遂げるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレ・子方が登場します。

未だあどけなさの残る少年僧(子方)を連れ、都から旅に出発する僧の一行(ワキ・ワキツレ)。一行は、少年僧の故郷・信濃国を目指し、深い山路を分け入ってゆく。それは、故郷の年老いた父にもう一度会いたいとの、彼の願いを叶える旅であった。

2 シテ・ツレが登場します。

信州 園原山の麓に到った一行。するとそこへ、この地の特産品“木賊”を刈ろうと、老人(シテ)と男たち(ツレ)がやって来た。折しも、雲間から差し込む朝の光が、園原の山肌を照らす頃。麓の里では、野辺の木賊が青々とした色を増す。“牡鹿鳴く野”と歌に詠まれた、この里の風情。「渡世に明け暮れる、賤しい生業。苦しい日々の暮らしゆえ、袂の乾く暇もない。朝の露に濡れそぼつ、草の筵の住まいよ——」。

3 シテ・ツレは、木賊を刈るさまを見せます。

古歌にも詠まれた木賊。『木賊の産地・園原山では、木の間から現れる秋の月までもが、木賊によって磨かれたようだ——』 暁どき、木賊の露に宿るのは、澄んだ月の光。刈り取る木賊から散る露は、磨かぬ玉と言うべきか。露は乱れ、心もともに乱れるけれど、そんな自らの心を見つめるとき、胸中の月は澄みわたるのだ。思えば、何よりも磨くべきは真如の玉。さあ、そんなわが身のためにも、木賊を刈って帰ろうではないか…。

4 ワキは、シテと言葉を交わします。

老人に声をかける僧。聞けば、この老人が年闌けた身で木賊を手ずから運ぶのは、名所の名草なればこそ。和歌の風雅に思いを馳せる様子の老人へ、僧はこの地の歌枕を尋ねる。里のはずれの森に生える“帚木(ははきぎ)”へと一行を案内する老人。この木は、“確かにそこにあるようで、しかし逢うことは出来ない”と、古歌に詠まれた木。それは、遠くからは見えても、木蔭に近づけばそれと分からなくなってしまう、不思議な木であった。

5 シテは、ワキ一行を今夜泊めようと言います。

やがて夕暮れどき。旅の修行者のための宿泊所を営んでいたこの老人は、僧たちを今晩泊めようと言う。それならばと、一行は今宵の接待を受けることとした。
そのとき、老人とともに木賊を刈っていた男は、僧へ耳打ちした。聞けば、この老人にはとある悲しい過去があり、しばしば感傷的になってしまうのだという。そんな時はうまく相手してやってほしいと言う男。一行はその情報に感謝すると、老人の家に向かう。

6 シテは、自らの身の上を明かします。

秋の夜長。宿に荷を降ろした一行へ、老人は自らの身の上を語り始めた。実は彼には一人息子がいたが、あるとき素性も知れぬ者に攫われ、そのまま生き別れになってしまった。もしやその行方を耳にする機会もあろうかと、この街道沿いに宿泊所を営んでいた老人。「あの子は、友達を集めて謡い舞うのが好きでした。そのときの記憶を胸に、私もまた、時々は謡い舞うのです…」 そう明かすと、彼は宴を開こうと言い、支度をしに行く。

7 子方は、自らの正体をワキに明かします。

その様子に、少年僧は気づく。実はこの老人こそ、彼の父親だったのだ。師僧に耳打ちした少年僧。彼は、折を見て名乗り出ようと、機会を窺うこととした。

8 シテは、ワキへ酒を勧めます。

やがて戻ってきた老人。息子の形見の衣を身にまとった老人は、昔を偲ぶ宴よと、一行へ酒を勧める。戒律ゆえに断ろうとする一行。しかし老人は言う。「その昔、慧遠禅師は親友の来訪を喜び、遂には不飲酒戒をも破ったといいます。ましてやこれは、あの子の面影を慕う老いの慰み。どうか、こんな私を憐れんで、一献おあがり下さいませ…」。

9 シテは、子を慕いつつ謡い舞います(〔クセ〕)。

——古来異国にも例多き、親子恩愛の数々。お釈迦様ですら、実の息子を気にかけておられたほど。どうしてあの子は、親に添うてはくれないのか! 『人の親は、心は闇ではないけれど、子を思うゆえに道に迷う』とは古人の言葉。忘れもしない、あの子の面影。あの子は、こうやって舞ったのだ。この手をこう伸ばし、こうやって袖を翻しつつ…。こうやってわが子の面影を追い求める私を、世の人々は、酔狂と見ることでしょうよ——。

10 シテは追憶の舞を舞い(〔序之舞〕)、泣き崩れます。

深まる夜。老人は、わが子の面影を恋い慕い、静かに舞の袖を翻す。
「巡る盃に酔い臥した夢枕になりとも、あの子が姿を見せてくれるならば。“親が物に狂うときは、子は囃して唱和する”と言うではないか。恨めしいこと。私が舞うのも、謡うのも、こうして正気でいられなくなるのも、全てはあの子ゆえのこと。ああ、もう一目、この父に姿を見せておくれよ…」。

11 子方は自らの正体を明かし、父との再会を果たします。(終)

そのとき。少年僧は、自分こそ息子の松若だと名乗り出た。過ぎてしまった歳月ゆえに、すっかり姿は変わったが、それでもかすかに残る面影に、互いに親子と認めあった二人。老人は、すぐに名乗り出てくれなかったことを恨みつつも、今日の再会を喜ぶのだった。
その後、ともに出家を遂げた老人。家は寺へと改められ、仏法流布の基、成仏の因となったのだった。今もこの里では、この親子恩愛の物語が、語り継がれているという——。

(文:中野顕正  最終更新:2025年09月16日)

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