銕仙会

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曲目解説

土蜘蛛つちぐも

世に災いをなす毒蜘蛛と、それを退治せんとする勇士たち。蜘蛛の放つ千筋の糸は虚空を舞い、神の加護を受けた剣は鈍い光を放って応戦する…。

別名 《土蜘》と表記することあり(読みは同じく「つちぐも」)。
作者 未詳
場所 〔前場〕京都 源頼光の邸宅
〔後場〕大和国 葛城山 (現在の奈良県御所市・大阪府南河内郡境)
季節 初秋
分類 五番目物 鬼退治物
登場人物
前シテ 怪僧 じつは蜘蛛の精 直面 着流僧出立(僧侶の扮装)
後シテ 土蜘蛛の精魂 面:顰 顰出立(鬼神の扮装)
ツレ 源頼光みなもとのらいこう 直面 風折烏帽子大口モギドウ出立(病床に臥す貴人の扮装)
ツレ 頼光の侍女胡蝶こちょう 面:小面など 唐織着流女出立(一般的な女性の扮装)
トモ 頼光の従者 直面 素袍上下出立(下級武士の扮装)
ワキ 頼光の家臣 独武者ひとりむしゃ 〔前場〕掛直垂大口出立(武士の扮装)
〔後場〕白鉢巻法被白大口出立(武装した武士の扮装)
ワキツレ 土蜘蛛退治の軍勢(2‐3人) 切組出立(従軍する武士の扮装)
間狂言 頼光に仕える下人 早打出立(下人の扮装)

概要

京都の治安を守る、武勇に名高い源頼光(ツレ)は、最近体調がすぐれない。そこで侍女の胡蝶(ツレ)は薬をあつらえてもらい、頼光のもとへ届ける。頼光の従者(トモ)の取り次ぎもあって胡蝶は頼光と面会するが、頼光は弱音を吐くばかり。その夜、頼光がひとり休んでいると、怪しげな僧(前シテ)が現れ、病気というのもみな我がなすわざであると告げる。僧は蜘蛛の化け物となって頼光に糸を吐きかけるが、そばにあった刀で斬りつけられ、退散してゆく。騒ぎを聞きつけた頼光の家臣・独武者(ワキ)は血の跡を見つけ、軍勢(ワキツレ)を従えて追ってゆくと、葛城山中の古塚に行き着いた。軍勢が塚を崩すと、蜘蛛の精(後シテ)が正体を現し、軍勢を散々に苦しめるが、軍勢の奮闘によって遂に討ち取られるのであった。

ストーリーと舞台の流れ

0 源頼光の病床をあらわす一畳台の作リ物が運び出されます。
  ツレ(頼光)とトモが音もなく登場し、最初からその場にいるていで座ります。

1 ツレ(胡蝶)が登場します。

平安時代。京都の警護を担当する職にあった源頼光みなもとのらいこうは、大江山の酒呑童子退治に代表されるように、京都の平和を脅かす鬼の退治で名を馳せた人物であった。

しかし、その武勇無双の頼光でも病には勝てぬと見えて、最近はめっきり衰弱してしまっている。そこで、頼光に仕える侍女・胡蝶(ツレ)は、薬をつかさど典薬頭てんやくのかみのもとで薬をもらい、ちょうど頼光の邸宅へと向かうところである。

2 ツレ(胡蝶)はトモと、次いでツレ(頼光)と言葉を交わします。

邸宅に着いた胡蝶は、頼光の従者(トモ)に取り次ぎを願う。その頃頼光(ツレ)は、すっかり病に冒され、心も弱くなり果ててしまっていた。従者に取り次がれて頼光の御前へと進み出た胡蝶は励ましの言葉を贈るが、頼光は弱音を吐くばかり。

3 ツレ(胡蝶)・トモが退場し、代わって前シテが登場します。

そうする内、夜も次第に更けてゆく。頼光がひとりで休んでいると、そこに怪しげな僧(前シテ)が現れた。驚く頼光に、僧は言葉を掛ける。「フン、我が姿を見て驚くか。愚かなことよ。そなたの病はみな我がなすわざ。古い歌にも『蜘蛛の振る舞ひかねしるしも』とあるではないか…」

4 前シテはツレ(頼光)に蜘蛛の糸を投げかけ、斬りつけられて退散します(中入)。

そのとき、僧と見えた人物は、たちまち巨大な蜘蛛の姿に変化した。蜘蛛は何千本もの糸を吐きかけ、頼光の動きを封じる。そのとき、頼光がとっさに枕元にあった刀で蜘蛛の化け物に斬りかかると、蜘蛛は糸を吐きかけつつ、一目散に退散していったのだった。

5 ワキが登場してツレ(頼光)と言葉を交わし、一度退場します。
  続いてツレ(頼光)も退場します。

騒ぎを聞いて駆けつけた、頼光の家臣第一の侍 独武者ひとりむしゃ(ワキ)。頼光は今しがた起こったことを語り聞かせると、これもひとえにこの刀のお蔭よと言い、刀に『蜘蛛切くもきり』という銘をつける。

一方、蜘蛛の血の跡を目ざとく見つけた独武者は、これからすぐに軍勢を引き連れ、退治に向かうことにした。

6 間狂言が登場し、〔たちシャベリ〕をします。

頼光の邸内は騒然としていた。主君の一大事を受け、これからすぐに蜘蛛退治に出かけるというので、下々の者(間狂言)までもが、その対応に慌ただしく動き回っている。

6.5 一畳台の作リ物が下げられ、代わって塚をあらわす作リ物が運び出されます。

7 ワキがワキツレを引き連れて再登場します。

蜘蛛退治の支度を調えた独武者(ワキ)は、軍勢(ワキツレ)を引き連れ、血の跡を追っていた。

尋ねてゆくと、血は大和国の葛城山にまで続き、山中のひとつの古塚のあたりで途絶えていた。軍勢は総出で塚を崩しにかかる。

8 作リ物の中から後シテが登場します。

すると、ごつごつした岩の間から、蜘蛛の化け物(後シテ)がその正体を現した。「我こそは、この葛城山で齢を重ねた土蜘蛛の精。昔のように今もまた日本の平和を乱そうと、頼光めに近づいたが、うぬら如きがそのわしの命を奪おうというのか」 土蜘蛛は、大声で敵を威嚇する。

9 後シテとワキ・ワキツレとが〔舞働まいばたらき〕で激しく争います。

独武者たちの軍勢も、負けじと手を取り結び、一体となって攻めかける。土蜘蛛は何千本もの糸を吐き、軍勢の足を封じようとする。葛城山中で繰り広げられる、一進一退の大激戦。

10 ワキはついに後シテを斬り伏せ、この能が終わります。

「かくなる上は、わが国を守り給う神々よ、帝の恵みよ、この独武者に力を与えて下され…!」 独武者はそう祈ると、土蜘蛛を取り囲んで一斉に攻めかける。そのとき、鈍い光を放つ刃に、土蜘蛛が一瞬ひるんだのを、独武者は見逃さなかった。ついに土蜘蛛を討ち取った独武者は、悠々と、都へ凱旋したのであった。

みどころ

本作に登場する源頼光(948~1021)は、平安時代中期の武士です。史実の頼光には不明な点が多いのですが、後世、大江山の酒呑童子退治に見られるように、武勇に秀でた人物として知られるようになり、頼光やその家臣の四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)の登場する妖怪退治などの武勇譚が数多く語り継がれてきました。能にも、本作のほか、酒呑童子退治を描いた《大江山》、四天王のひとり渡辺綱の鬼退治を描いた《羅生門》に登場し、いずれも世の中を騒がせる鬼・妖怪を退治する勇者として、頼光や四天王たちは描かれています。

本作では、上記「5」の場面に見られるように、頼光は蜘蛛の化身(前シテ)を切った刀に、それまでの〈膝丸〉という名を改めて〈蜘蛛切〉という銘を付けています。本作は、頼光たちによる蜘蛛退治の物語を描きながらも、蜘蛛を退治した刀の奇瑞、あるいは銘刀の起源譚といったものを織り込む形で書かれているといえましょう。

この本作に登場する〈蜘蛛切〉の故事は、鎌倉時代に成立した『剣の巻』という作品の中に記されており、本作はその記述を踏まえて書かれたものとなっています。『剣の巻』では、以下のような物語が記されています。

――清和天皇の曾孫・源満仲みつなかは、天下を守護する武将として、素晴らしい太刀を所持したいと願った。腕利きの刀鍛冶たちを多く集めて太刀を作らせたものの、どうにも納得のいく物ができない。聞けば、大陸からやって来た刀鍛冶が筑前国(現在の福岡県)にいるという。満仲は早速都に呼び寄せ、その者に太刀を打たせてみた。しかし、これも上手くいかない。この刀鍛冶は、「太刀を作れぬまま故郷に帰るわけにはゆかない」と、一心に八幡大菩薩に祈る。すると大菩薩から加護のお告げがあったので、早速太刀を打ち、二振りの立派な太刀を完成させることができたのだった。〈鬚切〉〈膝丸〉と名づけられたこの二つの太刀の力によって、満仲は天下を守護することを得たのであった…。

――その満仲の子・頼光の時代。あるとき頼光はおこり(マラリア)にかかってしまう。身を貫くばかりの苦しみが30日ほども続いたある日、4時間ほど病魔にうなされていた頼光の症状が少し快方に向かったので、まわりの人々も一時退席し休んでいた、夜のこと。ひとり残された頼光のもとに、灯火の影から一人の怪僧が現れた。危害を加えようとする怪僧に、頼光は父から受け継いだ銘刀〈膝丸〉で斬りつける。怪僧は退散していったが、あとには血の跡が残されていたので、頼光の家臣たちが血の跡をたどってゆくと、塚の中から巨大な蜘蛛が現れた。頼光の病気は、この蜘蛛の仕業によるものだった。めでたく蜘蛛は退治され、以来、〈膝丸〉は〈蜘蛛切〉と呼ばれるようになったのだった…。

こうした物語をもとにして、本作は作られています。

本作のみどころといえば、何と言っても、シテが蜘蛛の糸を投げる場面の舞台の華やかさにありましょう。

現在用いられている糸は、鉛の芯に和紙を巻いて細く切ったもので、投げると何十本、何百本もの糸が広がり、見た目に華やかなものとなっています。この糸の小道具は、幕末から明治初期に生きた金剛流家元の金剛唯一こんごうゆいいちによって考案されたもので、もともとは金剛流の小書「千筋之伝」のときに用いられていましたが、現在では広く用いられ、舞台を華やかに盛り上げています。

蜘蛛の精から投げかけられる千筋の糸と、それを切り払いつつ戦う武士たち。華やかに虚空を舞う糸と、鈍い光を放ってそれに応戦する銘刀の、一進一退の攻防をお楽しみ下さい。

(文:中野顕正)

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(最終更新:2017年1月)

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