銕仙会

銕仙会

曲目解説

歌占 (うたうら)
 
作者 観世元雅
場所 加賀の国(現在の石川県)、白山の近く
分類 四番目物・男物狂物・大小物
 
登場人物・面・装束

シテ 男巫[おとこみこ]の渡会家次 直面、または邯鄲男にても・禰宜出立
子方 幸菊丸 児袴出立
ツレ 素袍上下出立

 
あらすじ
 加賀の国、白山は夏を迎えています。麓に住む男が幸菊丸という少年を伴って、男巫に歌占をしてもらおうと訪ねます。当たると評判の巫は伊勢の二見の浦の神職でしたが、頓死し、三日後に行き返ったときは白髪になっていたという過去がありました。男が歌占を引き、巫は見事に占いをします。続いて幸菊丸が、離ればなれになった父の行方を歌占にかけます。すると占いでは、すでに父とはめぐり会っていると出ました。不審に思った巫が幸菊丸に生まれや父の名字を尋ねました。巫こそ幸菊丸の父、二見の太夫渡会の家次でした。親子は伊勢に帰ることになり、男は巫に「地獄の曲舞」を舞ってみせるように頼みます。巫は地獄の有り様を激しく舞うと神がかりになり、狂乱の様子を見せます。
 
舞台の流れ

  1. 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
  2. 「次第」の囃子でツレが子方を伴って舞台に登場します。
    加賀の国、白山の麓に住む男(ツレ)が幸菊丸(子方)という少年を連れて、当たると評判の男巫に歌占をしてもらおうとやって来ます。
    (歌占は任意に引き当てた和歌の意味から吉凶を占うものです。)
  3. 「一声[いっせい]」の囃子で男巫(シテ)が舞台に登場します。
    男巫は和歌を書いた短冊を結び付けた小弓を手にした姿です。
    自分は伊勢出身の巫であると言い、どんなことでも尋ねてくださいと謡います。
  4. 白山の男は、巫が年若い顔をしているのに白髪であることに驚きます。
    巫は、伊勢の国二見の浦の神職でしたが、諸国を旅しているときに急死し、三日目に生き返った時には白髪となっていたと答えました。
     
    まず男が歌占を引くと、「北は黄に南は青く東白、西紅に染色の山」と短冊にあります。
    巫は、男が病気の父親のことを尋ねていることを言い当て、言葉の一つ一つを解釈し、男の父の病気は大変な症状であるが回復すると占いました。
    次に幸菊丸が歌占を引きます。
    「鶯の卵[かいこ]の中のほととぎす、己[しゃ]が父に似て己が父に似ず」
    幸菊丸が、自分は行方不明の父を探しているのだと言うと、巫は、あなたはすでに父と巡り会っているはずだと答え、幸菊丸は不思議に思います。
    占いに偽りがあるはずがないと巫が思案していると、ホトトギスの鳴き声がしました。
    巫ははっと思い立ち、幸菊丸に生れや父の名字、名前を問いただします。
    巫こそ二見の太夫渡会の家次。二人は親子だったのです。
  5. 巫は息子幸菊丸を連れて、故郷へ帰ることにします。
    男は巫に地獄の有り様を謡った曲舞[くせまい]を舞ってほしいと頼みます。
    巫は、これを舞うと神がかりになってしまうと言いつつも、名残に舞うことにしました。
  6. 巫は「地獄の曲舞」を語り舞います(次第・クリ・サシ・クセ)。
    シテは、人生の無常が謡われる前半は床几に腰を掛け、後半の激しい調子で謡われる地獄めぐりで、文句に合わせ所作をします。
  7. 巫は神がかりの状態に陥ります(囃子に合わせて舞台を一巡)。
    巫は激しく体を動かし、地に倒れ、足踏みをして狂乱します。
    顔色が変わり白髪も乱れ、体から汗が噴き出した姿です。
     
    やがて巫に憑いていた神があがり、巫の狂いも覚めました。
    そして幸菊丸を連れて、伊勢の国二見の浦へと帰っていきました。
  8. シテが橋掛リから揚げ幕へ退場し、ワキ・ワキツレがその後に続きます。最後に囃子方が幕へ入り、地謡は切戸から退いて能が終わります。

 
ここに注目
 「地獄の曲舞」は山本何某作詞・海老名南阿弥作曲の独立した謡い物で、能〈百万〉で舞われていたことが世阿弥の伝書『五音』に記されています。その後、世阿弥が〈百万〉から「地獄の曲舞」を取り除き、あらたに〈百万〉専用の曲舞を作りました。はじき出された「地獄の曲舞」は、世阿弥の息子、観世元雅によって〈歌占〉で活用されました。
 頓死した男が三日後に蘇ったとき、髪の毛は真っ白になっていました。彼が見た死後の世界は、一体どのようなものだったのでしょうか。それは恐ろしく強烈な体験だったはずです。「地獄の曲舞」は、そのような男が舞うのにふさわしいといえましょう。斬鎚地獄・剣樹地獄・石割地獄……謡の文句に地獄の名前が出てきて、それぞれの地獄で罪人がどのような責めを受けているのか、具体的に描写しています。その本文のもとになったのが『貞慶消息』や「目連経」であることが指摘されています。その他にも仮名本『曽我物語』の影響があるといわれています。
 
 
(文・中司由起子)

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