公益社団法人 銕仙会
銕仙会能楽研修所
住所 〒107-0062 東京都港区南青山4-21-29
電話 03-3401-2285(平日 午前10時〜午後5時)
FAX 03-3401-2313
E-mail info@tessen.org
公益社団法人 銕仙会
銕仙会能楽研修所
住所 〒107-0062 東京都港区南青山4-21-29
電話 03-3401-2285(平日 午前10時〜午後5時)
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大正12年9月の関東大震災後、銕之丞家は西鳥越町(現在の台東区鳥越及び浅草橋あたり)を離れ、下谷区西町(現在の台東区東上野あたり)へと移り住んだ。震災では多数の面装束とともに西鳥越の住居、また西町に新築中の舞台と住居も焼失したが、震災後に再度建て直し、翌13年9月には新築披露能を催した。舞台見所は普段住居として使用しており、公演の際には床の間の壁や障子などを取り外して家具を片づけ、そこに雛壇を組んで客席を作った。
建築家、久米民之助氏所有の邸宅及び敷地が分譲される際、長女が東急グループ創業者の五島慶太氏の妻であったことから敷地内の能舞台を東急へ寄贈、多摩川遊園地内へと移築されることになった。昭和7年には多摩川能楽堂として開業されたが、終戦後、住居を失った銕之丞家は久米、五島両氏と旧知であったこともあり、能楽堂へと移り住んだ。
昭和29年、多摩川遊園地の拡張に伴い、舞台を取り壊すことになったため五島氏から舞台を譲り受け、住居とともに青山へ移転することを決める。昭和30年、青山銕仙会舞台上棟、落成。橋掛りを一間半程詰め、舞台屋根を木造大屋根から吊り下げた。また見所は畳敷きで段差が設けられており、周囲の廊下も補助席として利用された。
昭和58年、日本協同企画建築設計事務所設計、日産建設株式会社(現RN建設株式会社)施工により銕仙会能楽研修所竣工。外観は当時珍しいコンクリート打ちっ放しで、稽古場の拡充が図られた他、2階に設置された舞台は後座が広くなり、鏡の間、楽屋も拡張され、様々な催しにも対応できるよう照明設備なども整備された。
※より詳しくは銕仙会100周年記念冊子「1925-2025」と銕仙会能楽研修所竣工四〇周年記念冊子をご覧ください。多数の写真とともに銕仙会100年の歴史が分かる内容となっています。