銕仙会

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曲目解説

桜川 (さくらがわ)

 
作者 世阿弥
素材 子供が人買いに身を売った説話など
場所 前半は筑紫[つくし](九州)の日向[ひゅうが]の国(現在の宮崎県)、後半は常陸[ひたち]の国(現在の茨城県)の桜川
季節 春
分類 四番目物・物狂能[ものぐるいのう]
 

登場人物
前シテ 桜子の母 深井・唐織着流女出立
後シテ 物狂となった桜子の母 水衣女出立
子方 桜子[さくらご] 児袴立出立
ワキ 磯部寺の住職 大口僧出立
ワキツレ 磯部寺の僧たち 二、三人 大口僧出立
ワキツレ 桜川の近くに住む男 素袍上下出立
ワキツレ 人商人[ひとあきびと] 素袍上下出立

 

あらすじ

 九州の日向に住む桜子が人商人に自分の身を売り、そのお金と手紙を母へ渡すようにと人商人に託します。手紙を受け取った母は嘆き悲しみ、家を迷い出ます。常陸の国の桜川は満開の桜の季節を迎え、磯部寺の住職が弟子の子を連れて花見にやって来ます。そこへ[すく][あみ]を持った狂女が現れ、物狂いの様子を見せます。やがて子は物狂が母であると気付き、二人は再会を果たしたのでした。
 

能の物語
  1. 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
  2. ワキツレの人商人が舞台に登場します。
    [あずま]の国の人買いの男が九州の日向にやって来て、一人の子供を買い取りました。
    その子供は手紙と身売りをしたお金を桜子の母に渡してほしいと男に頼みます。そこで男は桜子の母のところへ急ぎます。
  3. ワキツレは橋掛リで前シテを呼び出します。
    人買いは手紙とお金を桜子の母に渡し、足早に立ち去ります。
    手紙には、貧しい生活の助けになればと思い、人買いに身を売り、東の国へ下ることが記されていました。
    それを読んだ母は驚き悲しみ、わが子の行方を尋ねようと泣きながら旅立ちました。(中入リ)
  4. ワキツレの男が舞台に現れ、地謡の前に座ります。
    「次第」の囃子に合わせ、子方を先頭にワキ、ワキツレが登場。
    頃は春。ところは常陸の国。
    磯部寺の住職(ワキ)が桜川という桜の名所へ花見に出かけます。
    僧たち一行(ワキツレ)の中には、住職と師弟の契りを結んだ幼い子供(子方)がいます。
    筑波山のあちこちで桜が満開をむかえ、雲のようにみえる桜の色で空も染まるかのようです。
  5. 花盛りの桜川に到着した僧たちは、近くに住む男(ワキツレ)と話をします。
    男は、ここ桜川で女物狂が掬い網で流れる花を掬ってみせるのがこの上なく面白いと話します。
    そこで一行は物狂の来るのを待つことにしました。
  6. 後シテが「一声[いっせい]」の囃子で登場します。
    掬い網を肩にした女物狂(後シテ)がやって来ます。
    物狂は桜川の桜が散っていないかを気にして、風に散って空に漂う桜を見て涙を流し、心ここにあらずの状態です。
    (物狂の興奮した様子は「カケリ(緩急のある囃子に合わせて、舞台を回る)」で表現されます。)
    物狂は筑紫日向の者で、子供を探して九州を旅立ち、須磨の浦や駿河の海を過ぎ常陸の国までやって来たのです。
    別れた子供の名は桜子。
    それゆえ桜川は子を思いださせてくれる場所であり、しかも桜の時節。
    桜川に散り浮く花を掬いあげて、わが子の形見として残しておこうとつぶやき、この春になっても子供に会えないつらさを嘆いています。
  7. 物狂は、故郷の氏神が木華開耶姫[このはなさくやひめ]で、ご神体は桜の木であるので、わが子を桜子と名付けたといわれを述べます。
    さらに桜川が紀貫之の詠んだ歌でも名高いことを語り、花びらの浮かぶ桜川の景色をたたえます。
  8. 住職から物狂に芸をさせるように求められた男は、「山おろしが吹いて、桜川に花を散らしているよ」と物狂に声をかけました。
  9. その言葉に触発されて物狂は川に近づきます。
    川風に桜が散って、波にも花が咲いているようです。
    流れる花を掬おうと、物狂は「イロエ(囃子に合わせて舞台を静かに一巡する)」で、散りかかる花の下をさまよいます。
  10. 物狂は散っていく花のはかなさに思いを寄せて、水を止めて、雪のように波に浮く花の堰を掛けたいと願いをかけます。
    花びらとても木華開耶姫の御神木の花。
    風もよけて吹き、水も花影を花びらで曇らせるなと、物狂は袂を水に浸し、裳裾を水に濡らして、神の御心をうかがう寄辺の水のように、水を堰き止めて、桜の花を湛えた桜川にしましょうと、語り舞います(クセ)。
  11. やがて物狂は掬い網を持って、淀みや滝波に浮かぶ花を掬おうとします。
    筑紫に所縁ある国栖魚が網に掛かるのではないでしょうか。
    これはまた桜魚とも呼ばれていて、その名前を聞くさえ懐かしいこと。
    あたりはすべて真っ白で、花も桜も、雪も波もすべて一緒に掬い集め持っているけれど、これは木々に咲く花。
    本当は、私が探している桜子こそが恋しいのですと、物狂は我が子への思いを高ぶらせます。(「網ノ段」)
  12. 物狂と住職の連れた子供が言葉を交わし、子は桜子ですと名乗り、親子は再会を果たします。
  13. 親子は連れ立って故郷へ帰り、出家をしました。
  14. 子方が橋掛リから揚げ幕へ退場し、シテがその後に続き、ワキ・ワキツレも退場します。最後に囃子方が幕へ入り、地謡は切戸から退いて能が終わります。

 

ここに注目

 母親のさがし求めるわが子、桜子への思いと、桜散る桜川の景色がみごとに重ね合わせられた世阿弥の作品です。川面に散った桜の花びらを掬うことは、わが子となんとか再会したいという母の強い思いのあらわれかもしれません。シテの持つ掬い網は母の心の象徴といえましょう。
 
 
(文:中司由起子)

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