銕仙会

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曲目解説

淡路あわじ
春、桜舞い散る頃、花びらの積もった田を耕せば、秋には金色の稲穂が田に満ちる。自然美しく稔り豊かな日本の、神の恵みを描いた能。
作者 〔クリ・サシ・クセ〕は観阿弥
場所 淡路島
季節 晩春
分類 初番目物 男神物
登場人物
前シテ 老人 面:小牛尉 大口尉出立(神の化身である老人の扮装)
後シテ 伊弉諾尊 面:天神など 透冠狩衣大口出立(若い男体の神の扮装)など
前ツレ
または姥
直面 水衣大口男出立(神の化身である若い男の扮装)
面:姥 水衣姥出立(神の化身である老女の扮装)
ワキ 廷臣 大臣出立(大臣の扮装)
ワキツレ 廷臣(二人) 大臣出立
間狂言 里人 肩衣半袴出立(庶民の扮装)など

概要

帝の臣下(ワキ・ワキツレ)が神代の古蹟を伝える淡路島に参詣すると、田作りをする老人(シテ)と若い男(ツレ)が現れ、田の実りは神の恵みであることを述べ、「二の宮」に廷臣たちを案内してイザナギ・イザナミの二神による国土創造の神話を語り、姿を消す。実は彼らは神の化身なのであった。夜、廷臣たちが待っているとイザナギの神(後シテ)が現れ、舞を舞い、日本の繁栄をことほぐ。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場し、自己紹介をします。

神代の昔、イザナギ・イザナミの二神によって創造されたこの日本列島。中でも瀬戸内海に浮かぶ淡路島は、その最初の地として、今なお神代の跡を留めている…。
この島に遺る神代の古蹟を拝むべく、帝の臣下たち(ワキ・ワキツレ)は島へと向かう。

2 シテ・ツレが登場します。

神代の遺風を遺すゆえか、淡路潟の波ものどかに治まっている。
廷臣達が島に到着すると、そこへ田作りをする老人(シテ)と若い男(ツレ)がやって来た。「太古の昔から今に至るまで、神の恵みによって私たちは五穀豊穣の喜びを受け、こうして田作りをしつつ万歳の秋を待っているのだ…。」はらはらと桜舞い散る春、雪かと見まごうその花びらの積もった田を、二人は耕しているのであった。

3 ワキはシテに言葉をかけ、シテは神の田のいわれを語ります。

二人の耕している田には幣帛が立てられ、神聖な雰囲気である。
その様子を興味深く感じた廷臣が老人に尋ねると、ここは「二の宮」に供える神田であるという。そうして「二の宮」とは、淡路国で二番目の神社ということではなく、イザナギ・イザナミの二神の昔の宮殿をそのまま残しているので「二の宮」と言うのだという。国土世界や万物の出生、種を蒔き、米を収穫する豊かな営みも、皆この二神の徳なのである。

4 シテはイザナギ・イザナミの神の謂われを語ります(〔クリ・サシ・クセ〕)。

廷臣は老人に、二神のいわれを尋ねる。
──はじめ、宇宙は混沌としていた。そこから陰と陽とが分かれて天地ができ、木火土の精はイザナギと、金水の精はイザナミと現れた。その二神がはじめて産んだのがこの島。その後、日本の島々を産み、また日神・月神・蛭子・スサノオの貴い神々を産んだのだ。中でも日神の御子孫は地上に降臨され、以来八十三万六千八百年余りの長きに渡って天下を治めている。このすばらしい神々を産んだ二神の昔そのままに、今の国土があるのだ…。

5 シテ・ツレは自分たちの正体を仄めかして消え失せます(中入)。

そう語ると、この田作りの二人は「天の浮橋の昔の姿を現して、客人たちを慰めよう」という言葉を残し、夕焼けの空に雲がたなびく中、淡路山の浮橋を渡って、天上界へと消えていってしまった。

6 間狂言がワキに物語りをし、退場します。

そこに、この所の男(間狂言)が現れ、廷臣に尋ねられるままに日本誕生の神話を語る。先刻の二人が神の化身だと確信した廷臣は、更なる奇跡を見ようと、今夜はここに留まる。

7 ワキが待っていると後シテが出現し、〔神舞〕を舞います。

夜、淡路島の上空には月がかかり、緑の空も澄みわたる。そんな中、廷臣達の前に、イザナギの神(後シテ)が姿を現した。
「天の浮橋から日本列島を創り上げた、イザナギの神というのも私のことである。宇宙最初の神以来、天の神七代、地の神五代を経て、今の帝に至るまで、治まる国土の守護神というのも、この私なのだ」 神は威徳をあらわし、祝福の舞を舞う。

8 シテは国土に祝福を与え、この能が終わります。

天の浮橋から振り下ろした矛の先、そこから滴り落ちた露が凝り固まってできた淡路島。まさしくこの島は、天の浮橋の真下に当たるのであった。東西の海は漫々と水をたたえ、南北には雲が湧き起こる。神の恵みに国は富み、民も豊かに繁栄を謳う人々の春。この日本の地は、行く末久しく治まるのであった…。

みどころ

──はじめ、宇宙は混沌としていた。やがて、明るく澄んだ気は上方に昇って天界となり、重く濁った気は下方に沈殿して地上界となった。こうして天地ができ、宇宙最初の神・国常立尊(くにのとこたちのみこと)が生まれた。以来、陰陽五行の徳が次々と現れて神々が生まれ、七代の末、陽の徳をもつ伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と、陰の徳をもつ伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二柱の神が生まれた。
当時、地の世界にはまだ海しか無かった。二柱の神はこの地界に陸地を作るべく、天界と地界をつなぐ「天の浮橋(あまのうきはし)」の上に立ち、矛を地上に振り下ろしてかき回し、これを引き抜いたところ、矛の先から滴り落ちた露が凝り固まって一つの島になった。この島は、自ずから凝り固まった島なので「オノゴロ島」と呼ばれた。島の誕生を見た二柱の神は、喜びの余り「あは、地よ(ああ、地上だ!)」と叫んだので、その地は「あはち(淡路)」と呼ばれるようになった。
島に降り立った二柱の神は、そこで日本列島の島々を産み、また日の神・天照大神(あまてらすおおみかみ)、月の神、蛭子、素戔嗚尊(すさのおのみこと)という高貴な四柱の神々を産んだ。後に日の神の孫にあたる瓊々杵尊(ににぎのみこと)は日向国(現在の宮崎県)の高千穂に降臨し、さらにその曾孫にあたる神武天皇が大和国(現在の奈良県)に攻め上って日本国を建国して以来、今に至るまで、神の子孫である天皇家と日本国は続いているのであった…。
以上が、本作の前提知識となっている、日本創造にまつわる神話の内容です。日本神話といえば、奈良時代に成立した『古事記』や『日本書紀』が有名ですが、能楽の成立した中世には、日本神話はそれらの書物の内容を越えて、より幅広く、多様な展開を遂げました。本作も、『神皇正統記』や『古今和歌集序聞書 三流抄』などの書物によると見られる記述が含まれ、私たちのよく知っている記紀の世界とはまた異なる、独特な神話世界がひろがっています。
特に、陰陽五行説や仏教の知識に基づいてイザナギ(漢字では伊弉諾と書きます)・イザナミ(伊弉冉と書きます)の二神を理解することなどが、この中世神話の世界の特徴であり、その陰と陽との和合によって五穀豊饒がもたらされ、豊かな文明がもたらされるのだということが本作の主張となっています。
種を蒔き、米を収穫する、稔り豊かな世界。本作は、その神の恵みに浴する喜びを描いた能となっています。

(文:中野顕正)

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(最終更新:2017年5月)

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