大会 (だいえ)
作者 不明
素材 『十訓抄』第一 可定心操振舞事
季節 なし
種類 五番目物、天狗物
登場人物
前シテ | 山伏 | 直面・山伏出立 |
後シテ | 天狗 | 大べし見面(釈迦下)・天狗出立 |
後ツレ | 帝釈天 | 天神面・輪冠側次大口出立 |
ワキ | 比叡山の僧 | 直面・大口僧出立 |
アイ(複数) | 木の葉天狗 | 鳶面・小天狗出立 |
あらすじ
比叡山で修行する僧の前に現れた山伏は、実は天狗で、以前僧に命を助けたられたことがありました。天狗は僧の願を叶えようと、釈迦の姿で現れますが…。
舞台の流れ
- 幕から囃子方が笛・小鼓・大鼓・太鼓の順に登場し、舞台に入り、所定の位置につきます。切戸口からは、地謡が登場し、地謡座につきます。
- ワキが登場し、脇座につきます。一人の僧が比叡山の庵で修行しています。この僧は旅をしているわけではないので、道行[みちゆき]などはありません。
- 2で地謡が上ゲ哥を謡っている間に、シテの山伏が登場します。常座に立ち、サシを謡います。
- シテがワキに話しかけます。山伏は、この僧に命を助けられたことがありました。そのお礼に願いを叶えたいと申し出ます。僧は、釈迦が説法をするところが見たいと言います。山伏は、望みは叶えるけれど決して信心を起こさないようにと約束すると、消えてしまいます。来序の囃子とともに、シテは中入[なかいり]します。
- 間狂言で、アイの木の葉天狗が登場します。最初は一人だけが登場し、大天狗が鳶の姿で飛行していたときに、子供たちに捕らえられたところを僧に助けられたこと、その天狗が僧にお礼をすることを語ります。そして、他の天狗たちが登場して、大天狗に命じられたので、自分たちは何に変身しようかと相談します。
- 後見が一畳台[いちじょうだい]と椅子の作リ物を持ってきます。大小前[だいしょうまえ:大鼓・小鼓の前方]に一畳台を置き、その上に椅子を置きます。
後シテが登場します。このときの囃子は出端[では]、もしくは大べしです。経巻を手に持ち、頭巾を被っています。さきほど舞台に置いた椅子に座り、経巻を広げ、釈迦の説法の場面を再現します。 - 僧はその姿につい感動し、涙をうかべながら拝んでしまいます。それは、先刻山伏から決してしてはいけないと言われていたことでした。すると、比叡山は揺れて、空から帝釈天[たいしゃくてん]が降りてくるようです。後シテは恐れおののき、椅子から下りて、舞台を一周し、幕の方を見ます。
- 早笛の囃子で、ツレの帝釈天が走って登場します。手には打杖[うちづえ]を持っています。後シテは釈迦の扮装を脱ぎます。天狗の持ち物である羽団扇を持ち、被衣をかずいて、脇座前に行きます。ツレが後シテの方を向くと、後シテは被衣を取り、天狗の姿を現します。舞働では、帝釈天が天狗を打擲[ちょうちゃく]するさまが演じられます。
帝釈天に打たれて飛ぶこともできなくなった天狗は、座って手を突き、帝釈天を拝します。すると帝釈天は天へと帰っていき、天狗は谷のほら穴に入っていったのでした。ツレが幕へと走り込んで退場したあと、シテは立ち上がります。橋掛リのところで羽団扇を捨てて、飛び返りを行います。最後に留拍子[とめびょうし]を踏んで、終わります。 - 留拍子を踏んだあと、シテは退場します。続いてワキが立ち上がって幕へと退場し、続いて囃子方が幕へと入り、地謡方が切戸口へと入っていきます。
ここに注目
天狗にまつわる説話は数多くあります。それらが能にもいくつか取り込まれ、天狗物なる一作品群として残っています。
〈大会〉の天狗がその正体を見せるのは、帝釈天が現れる最後のところです。この天狗は、以前命を助けてくれた僧の願いを叶えようと、釈迦の姿に扮して登場しますが、それを帝釈天に見つかり、真の正体を現すことになります。このときの早替えが見どころでもあります。昔はもっと素早い替わり方だったようです。
また、今回の後シテは面を2枚重ねて着けています。上に着けている釈迦面を取ると、その下から「釈迦下」という、少しこぶりの大べしみ面が現れます。
なお、今回は行いませんが、銕仙会では、昭和60年の公演のときに、冒頭にアイを登場させ、天狗の報恩のきっかけとなる、僧に命を助けてもらう話を、前置きとして演じたこともあります。このときは和泉流野村家にお願いしての新作上演となりました。
(江口 文恵)