銕仙会

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曲目解説

藤戸ふじと

 

作者 未詳
場所 備前国 児島  (現在の岡山県倉敷市 児島半島。中世には島であった)
季節 晩春
分類 四番目物 執心男物
登場人物
前シテ 藤戸浦の漁師の老母 面:深井など 唐織着流女出立(女性の扮装)
後シテ 漁師の亡霊 面:痩男など 水衣着流痩男出立(男の亡霊の扮装)
ワキ 佐々木盛綱 直垂上下出立(武将の扮装)
ワキツレ 盛綱の家臣(2人) 素袍上下出立(武士の扮装)
アイ 盛綱の下人 長裃出立(下級武士・庶民などの扮装)

概要

馬で海を渡るという大手柄を立て、恩賞として備前国児島を賜わった、源頼朝の家臣・佐々木盛綱(ワキ)。意気揚々と現地に赴いた盛綱であったが、そこへ一人の老女(前シテ)が現れ、盛綱に息子を殺されたと訴え出る。実は、盛綱が手柄を立てたのはこの浦の男に浅瀬の場所を教わったからで、そのとき口封じとして男を殺し、海に沈めていたのだった。はじめはしらを切る盛綱だったが、やがて観念し、その時の様子を語る。息子の最期の様子を聞いて泣き崩れ、わが子を帰せと迫る母の姿に、盛綱は男の供養を約束するのだった。

その夜、盛綱たちが供養をしていると、水底から男の亡霊(後シテ)が現れた。男は回向に感謝しつつも、盛綱の手柄に貢献しながら不条理に殺された恨みを述べ、そのときの苦しみを語りはじめるのであった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

源平合戦のさなか。馬で海を渡り、備前国児島にいた敵軍を撃破した源氏の武将・佐々木盛綱(ワキ)は、その恩賞として同地を与えられ、今まさに現地入りするところであった。『川を馬で渡る話は昔にもあるが、海を渡るとは史上稀なる大手柄』――そんな頼朝の賛辞を得た彼は、意気揚々と領主の館に入ると、家臣(ワキツレ)に命じ、訴訟を希望する者は誰でも申し出るようにと告知させるのだった。

2 前シテが登場し、ワキに恨み言を述べます。

そこへ現れた、一人の老女(前シテ)。彼女は恨めしそうに盛綱の顔を見つめると、さめざめと泣くのだった。「武士の世の習いとはいえ、余りに酷いお仕打ち…。わが子を海に沈められた、その恨みを申しに来たのです」 しらを切る盛綱に、老女は畳みかける。「せめては息子の冥福を祈り、遺族を気遣っても下さるならば、少しは恨みも晴れましょうものを…」 親子の縁を引き裂かれた老女は、恩愛の嘆きに沈むのであった。

3 ワキは、老女の息子を殺害した顛末を語って聞かせます(〔語リ〕)。

盛綱は遂に観念し、真実を語りはじめる。「――あの夜。私は浦の男を呼び出し、海の中に馬で渡れる所はあるかと尋ねた。浅瀬があると教えられた私は、宵闇に紛れ、男と二人で見に行ったのだ。しかし彼は賤しい者、他の武将にも喋ってしまうだろう。そう判断した私は、気の毒ながら男をその場で刺し殺し、海に沈めたのだ…」 手柄を独占するため、口封じとして男を殺した盛綱。そんな彼の語る息子の最期を、老女はじっと聞くのだった。

4 前シテは嘆きの言葉を述べ、ワキに詰め寄ります。

聞いた噂に寸分違わぬ、盛綱の言葉。老女は嘆息する。「老少不定の世とはいえ、子に先立たれてひとり残った、この老いの身。あの子と共に過ごした二十余年は、思えば夢のようなもの。頼みの息子がこの世を去って、何を生き甲斐に過ごしてゆけばよいのでしょう。いっそ私も、あの子と同じようにして下さいませ…!」 嘆きのあまり取り乱し、盛綱に詰め寄る老女。彼女は人目も憚らず号泣し、わが子を返せと泣き崩れるのであった。

5 アイが前シテを幕まで送り届け(中入)、男の供養を行う旨を触れまわります。

さすがに気の毒に思った盛綱は、男の供養と遺族の世話とを老女に約束する。彼は下人(アイ)に命じて老女を家まで送り届けてやると、供養の準備をはじめるのだった。

6 ワキが弔っていると後シテが出現し、ワキに恨み言を述べます。

その夜。盛綱は、男の口を封じたあの日と同じ海に向かい、静かに彼の冥福を祈る。

やがて供養も終盤にさしかかった、暁どき。暗い波の底から、男の亡霊(後シテ)が現れた。「盛綱さま…。お弔いには感謝しますが、今なお恨みは晴れません。貴方が史上稀なる手柄を上げたのも、私のおかげ。それなのに、私の命までも召されるとは! 氷のような刃でズブリ、ズブリと刺し通され、そのまま水底に沈められて――」。

7 後シテはワキに迫りますが、やがて成仏してゆきます。(終)

冥界で苦しみ続ける、男の言葉。「――海に棄てられた私の亡骸は潮に流され、岩の狭間に引っかかり、そのまま恨みの記憶に導かれて水底の悪龍と変じたのです」。

恨みを晴らすべく、この世に留まり続けていた男の悪念。「しかし今、予期せず懇ろな弔いをして頂き、成仏を遂げることができました――」 水底で朽ち果てていった男の身に、はじめて出会えた救いの舟。そう明かすと、男の亡魂は消えてゆくのだった。

(文:中野顕正)

今後の上演予定

  • 2018年4月定期公演「藤戸」シテ:片山九郎右衛門
  • 近年の上演記録(写真)

    (最終更新:2018年2月)

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