銕仙会

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曲目解説

源氏供養 げんじくよう
 

作者  不明
素材  『源氏供養草子』
場所  近江 石山寺
季節  春
分類  三番目物

 
登場人物

前シテ  里の女  若女[わかおんな]など・唐織着流出立[からおりきながしいでたち]
後シテ  紫式部  若女など・立烏帽子長絹出立[たてえぼしちょうけんいでたち]
ワキ  安居院の法印  大口僧出立[おおくちそういでたち]
ワキツレ  従僧  大口僧出立[おおくちそういでたち]

 
あらすじ
石山寺を参詣に訪れた安居院の法印に声をかけた女は、自分が書いた『源氏物語』の主人公光源氏を供養しなかったために成仏できずにいる紫式部でした。式部は光源氏の供養と、自分を弔うことを法印に頼み、巻物を渡します。
 
物語の流れ

  1. 安居院[あぐい/あごい:京都にあるお寺]の法印[ほういん]は春のある日、従僧を連れて、常に参詣している石山寺[いしやまでら]へと向かいました。白川や音羽山の滝を眺めながら、琵琶湖のある近江国(現在の滋賀県)を目ざします。
  2. 石山寺の近くで、女が法印に声をかけます。女は、自分は『源氏物語』を書いたけれども、物語の主人公である光源氏を供養しなかったため、その罪により地獄に堕ちたのだと話します。女は法印に石山寺で源氏の供養をしてほしいと頼みます。法印が女に紫式部であるかと問いかけると、女は恥じらいながらもそれをほのめかし、消えて行きました。
  3. 法印は石山寺に到着し、参詣して自身の念願であった仏事を終えます。夜も更けてきました。先ほどの依頼に応じて光源氏の供養をして紫式部の菩提を弔おうと思いますが、女の言葉が本当とも思えず、いぶかしく思い、供養を躊躇してしまいます。
  4. すると、一人の女性が姿を現します。
  5. 現れたのは紫式部の霊でした。法印は納得して、光源氏の供養をすることにしました。
  6. 法印の供養に対し、紫式部はお布施[おふせ]に何がよいかと尋ねます。法印はお布施ではなく、舞を舞ってほしいと頼みます。式部は法印の所望に応じ、扇を手に舞を舞います。
  7. 紫式部は、この石山寺に参篭[さんろう]して、『源氏物語』を書いたこと、光源氏の供養をしなかった罪により、今も妄執[もうしゅう]の世界で迷っていることを語り、『源氏物語』が書かれた巻物の裏に法華経を写すことで源氏の供養にしたいと話します。そして法印に巻物を渡し、光源氏の供養と自身の後世を頼みます。
  8. 紫式部は光源氏を弔うことで、自分も極楽に行けるだろうかと、朝顔の露や稲妻のように短くてはかない、この世の無常を嘆きます。
  9. さらに、紫式部が実は石山寺の観音の化身であり、この世が夢のようにはかなく、無常のものであることを知らせるための方便として『源氏物語』を書いたということが語られるのでした。

 
ここに注目
 『源氏物語』の作者、紫式部を主人公にした能です。この作品が成立した時代には、物語は狂言綺語[きょうげんきぎょ:道理に合わず、大げさに飾り立てられた言葉]を書いたものであり、仏法の教えに反するため、その作者は地獄に堕ちるという考え方がありました。
 後場の長文のクセでシテが舞います。このクセの詞章には〈桐壷〉〈夕顔〉など、『源氏物語』の巻名がたくさんちりばめられています。謡に耳を傾けつつ、どこに巻名が出てくるのかにも注目してください。クセ以外の詞章にも数か所『源氏物語』の巻名が見られます。
 なお、この曲は前場に化身、後場に霊が登場する典型的な複式夢幻能の形ですが、現行では前場と後場をつなぐアイが登場しないのが常となっています。ただし、昔の演出資料を見ると、アイが登場する記述があり、間狂言が行われていたことがうかがえます。
 
(文・江口文恵)

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