銕仙会

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曲目解説

花筐(はながたみ)

◆登場人物

前シテ 大迹部皇子の愛妾 照日前(てるひのまえ)
後シテ  同(物狂い)
ツレ 照日前の侍女
子方 継体天皇(さきの大迹部(おおあとべ)皇子)
ワキ 継体天皇の官人
ワキツレ 大迹部皇子の家臣
ワキツレ 輿を担ぐ役人 【2人】

◆場所

【1~2】

越前国 味真野(あじまの)  〈現在の福井県越前市味真野町〉

【3~8】

大和国  〈現在の奈良県〉

概要

越前国で閑かに日々を過ごしていた大迹部皇子は、ある日、にわかに皇位を継承することとなった。恋人の照日前(前シテ)に手紙と形見の花籠とを遺し、大和へ行ってしまった皇子。手紙を読んだ照日前は恋しさの余り心乱れ、皇子を慕って放浪の旅に出てゆく。

大和に着いた照日前(後シテ)は、今や天皇となった皇子(子方)の行列に行き逢う。しかし官人(ワキ)はこの狂女を追い払おうと、彼女が手にしていた形見の花籠を打ち落とす。悲嘆のあまり心乱れ、在りし日の皇子の面影を偲んで涙する彼女。やがて、御前で舞う機会を得た彼女は、自らの叶わぬ思いを託しつつ、古代中国でおこった帝と夫人との悲恋の物語を謡い舞う。その姿に、彼女の偽りなき想いの深さを確信した天皇は、彼女を再び宮仕えに召そうと告げる。こうして、照日前は晴れて天皇と再会を果たすのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキツレ(家臣)が登場します。

大和朝廷の時代。北陸 越前国に、一人の皇子が暮らしていた。彼の名は大迹部皇

子。皇族とはいえ、今の帝からは遠く離れた血筋の彼は、政治とは無縁なこの鄙の里で、ひっそりと日々を送っていたのだった。

そんな彼に転機が訪れる。帝が、彼に皇位を譲ろうと言い出したのだ。にわかに大和の都へ向かうこととなった皇子。心にかかるのは、故郷に遺した恋人・照日前。皇子は、彼女への手紙と形見の花籠とを家臣(ワキツレ)に託し、彼女のもとへ届けさせる。

2 ワキツレ(家臣)から手紙を渡された前シテは、悲しみに沈みます。(中入)

照日前(前シテ)の家を訪ね、手紙と花籠を渡す皇子の家臣。照日前は皇子の行く末を喜びつつも、突然の別れに涙する。彼女は皇子の気遣いに感謝し、手紙を読みはじめた。

『――数ならぬ身ながら、神の子孫として毎日伊勢神宮を遥拝していた神恩ゆえか、帝位につく身となった私。一旦そなたと別れても、いつか再び巡り会おうぞ…』 彼の手跡を前に、涙ぐむ照日前。皇子と一緒の時ですら寂しかったこの山里に、ひとり残されてしまった彼女。彼女は手紙と花籠を抱きしめ、静かに嘆き沈むのだった。

3 ワキ・ワキツレ(輿舁)に伴われ、子方が登場します。

所かわって、ここは大和。無事に都へ着いた皇子は即位を遂げ、継体天皇(子方)となってこの国を治めていた。新時代に相応しい皇居として玉穂宮が造営され、新天皇のもと、新たな国づくりが着々と進められていた。

季節は秋。田には稲穂が豊かに稔り、木々の梢が色づく頃。栄えゆくこの国の錦秋の姿を眺めるべく、天皇は官人(ワキ)たちを伴い、遊興の行幸に赴くところである。

4 後シテ・ツレが登場し、思い乱れるさまを見せます(〔カケリ〕)。

その頃――。天皇を慕う照日前(後シテ)は、思い乱れた心のまま、形見の花籠を手に、侍女(ツレ)を連れて大和を目指していた。道行く人々に嘲笑されつつも、皇子の手紙の言葉を胸に、彼女は都へと急ぐ。見上げれば、大空を南へ渡る雁たち。雁よ、私も一緒に連れて行っておくれ…。愛する人を恋い慕い、照日前は旅路を急ぐ。

浮かれ漂う旅の足。日を重ね、野山を分け、二人はついに都へたどり着いたのだった。

5 後シテは花籠をワキに打ち落とされ、悲嘆の思いを吐露します(〔クルイ〕)。

行幸の列に行き逢った照日前。官人はこの見苦しい闖入者を追い払おうと、彼女の花籠を打ち落とす。驚嘆する照日前。「この花籠こそ、畏れ多くも帝の形見。それを地に落とすとは、私に劣らぬ狂人の所行! 帝は皇子の頃、毎朝この籠に花を供え、伊勢を遥拝していました。そのお姿の懐かしさ…。都に来てさえ対面は叶わず、求めて届かぬ私の姿は、水の月を望む猿も同然――」 彼女は帝の面影を慕い、声を上げて泣き伏すのだった。

6 後シテは、自らの思いを李夫人の故事に託して謡い舞います(〔クセ〕)。

その時、舞を舞えとの勅命が下った。この好機に、彼女は自らの思いを託して舞い始める。

――昔、愛する李夫人と死別し、日夜嘆いていた漢の武帝。思いは増さり、悶々とする帝に、幼い太子は言いました。「夫人はもとは仙女の身、もとの仙宮に戻ったのです。彼女の面影を招きましょう」 魂を招く“反魂香”を焚く帝。秋の長夜、幽かに現れた夫人の影。しかし募る思いとは裏腹に、影はそのまま消えてゆきます。いよいよ悲しみにうちひしがれた帝は、夫人との思い出の場所を立ち去らず、ひとり嘆き過ごすのでした…。

7 後シテは花籠を子方に見せ、再会を果たします。(終)

その時、天皇は花籠を見たいと言う。差し出された花籠を見つめる天皇。これこそ疑いもなく、かつて故郷で愛用していた品。今も変わらぬ照日前の思いを確信した天皇は、彼女を再び宮仕えに召そうと告げる。彼女はこの喜びに涙し、行幸の人々に加わるのだった。

やがて時刻は移り、還御の時分。紅葉の間を分けゆく一行。彼女はその御前払いをつとめつつ、玉穂宮へと向かってゆく。こうして、二人の愛は末永く続くのだった――。

(文:中野顕正  最終更新:2021年06月08日)

舞台写真

2013年07月12日 定期公演「花筐」シテ:大槻文藏

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