一角仙人(いっかくせんにん)
◆登場人物
シテ | 一角仙人 |
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ツレ | 旋陀(せんだ)夫人 |
子方 | 龍神 【2人】 |
ワキ | 波羅奈国王の臣下 |
ワキツレ | 輿を担ぐ役人 【2人】 |
※龍神は、ツレがつとめる演出もあります。 |
◆場所
天竺 波羅奈(はらな)国 〈現在のインド Uttar Pradesh州Varanasi県〉
概要
天竺 波羅奈国の山中に住む一角仙人(シテ)は、かつて龍神たちと威勢を争い、龍神を岩屋に封印してしまっていた。以来国土には雨が降らなくなり、国王は龍神たちを解放すべく、国中第一の美女・旋陀夫人(ツレ)を仙人のもとへ派遣する。道に迷った旅人だと偽り、仙人との対面を果たした夫人の一行。その美貌に見とれた仙人は、一行に勧められるまま、禁断の酒を口にする。たおやかに舞って仙人を誘惑する夫人。仙人はつられて舞を舞うと、酔いの回るままに寝入ってしまうのだった。
やがて岩屋の内が鳴動し、封印されていた龍神たち(子方)が姿を現した。目を覚ました仙人は驚き、再び封じ込めようと戦いを挑む。しかし既に神通力を失っていた彼は、ついには敗れてしまうのだった。
ストーリーと舞台の流れ
1 ツレ・ワキ・ワキツレが登場します。
天竺 波羅奈国。この国の山中に、一人の仙人が棲んでいた。生まれ持った神通力によってわが意のままに日々を送る、「一角仙人」と名乗るこの仙人。威勢に誇る彼は、あるとき龍神たちと勢力を争い、国内の龍神をみな岩屋へと封印してしまっていた。以来国土には雨が降らず、人々は極度の渇きの中で苦しむことに。事態を重く見た国王は臣下(ワキ)に命じ、国中随一の美女・旋陀夫人(ツレ)を仙人のもとへ遣わすのだった。
2 シテが登場します。
夫人を連れ、仙人の住処をめざす臣下。都を去ること遥か遠く、一行は深い山路を進みゆく。数日に及ぶ嶮しい旅。岩間づたいに進んでいた一行は、そのとき一軒の不思議な庵を目の当たりにした。芳しい香りが辺りに漂う、この庵。見ると、その内ではかの一角仙人(シテ)が、ひとり悠々自適の生活を送っていた。「瓶には一滴の水、鼎には数片の雲。それさえあれば、今のこの身に不足はない。何と趣きある、遠山に映る秋の色よ…」。
3 ワキはシテと言葉を交わします。
庵の内へ声をかける臣下。人里離れたこの山奥への来訪を訝る仙人だったが、臣下は道に迷った旅人だと偽ると、一夜の宿を所望する。人間の交わりを厭う仙人。しかし臣下はその言葉を逆手に取り、天仙ならば是非とも姿を見せてくれと願い出る。その願いを受け、一行の前へと姿を現した仙人。その姿に、一行は思わず息を呑む。それは、鹿の胎内に生を享け、額に一本の角をもつ、噂に違わぬ異形の姿であった。
4 ツレはシテに酌をし、舞を舞います。
一行を見まわす仙人。夫人の姿に目を留めた彼は、彼女の美貌に見とれてしまう。酒を勧められ、思わず夫人の酌を受けてしまった仙人。修行の身にとり、酒は禁忌。頭ではそう理解しつつも、彼は懇ろな夫人の志にほだされ、盃に口をつけてしまうのだった。
千代までも続く契りの日々。その始まりこそ、今この時。盃の数は重なり、仙人はすっかり上機嫌に。そんな彼の心をさらに開かせようと、夫人は優雅に舞を舞いはじめる。
5 シテはつられて舞を舞い(〔楽〕)、寝入った隙に一行は去ってゆきます。
たおやかに舞の袖を翻す夫人。その姿に、仙人は次第に惹き込まれてゆく。浮かれはじめた心、自ずと動き出す手足。やがて仙人は、夫人のあとに続いて舞い出した。恍惚とした笑みを浮かべ、酔いの回った手足を繰りつつ、よろよろと舞を舞う仙人。すっかり夫人に心を許した彼は、そのままその場に倒れ伏すと、満足そうに寝入ってしまうのだった。
その姿を見届けた夫人。計略の叶った一行は喜び勇み、足早にこの山を去ってゆく。
6 子方が出現し、龍神の威勢を見せます(〔舞働〕)。
やがて――。龍神たちを封印していた岩屋の内が、俄かに震動しはじめた。天まで達する地響きの音に、目を覚ました仙人。仙人は、予期せぬこの事態に狼狽する。
そのとき、岩屋の内から声が聞こえてきた。「人間に交わり心惑い、酒に魂を奪われて神通力を失った一角仙人よ。今こそ、その天罰を思い知るがよい――」 その声とともに砕け散った岩屋。かつての勢いを取り戻した龍神たち(子方)が、仙人の眼前に現れた。
7 子方はシテを破って去ってゆきます。(終)
慌てふためく仙人。もう一度龍神たちを封じ込めるべく、彼は剣を取って立ち向かう。しかし黄金珠玉の武具を身にまとった龍神たちは、神通力を失った彼の敵う相手ではなかった。次第に押され、弱りゆく仙人。龍神たちは遂に仙人を打ち破ると、喜びの雨を降らして国土を潤いに満たしてゆく。かくして完全敗北を喫した仙人。龍宮へと飛び去ってゆく龍神たちを、彼はひとり、あとに空しく見送るのであった――。
(文:中野顕正 最終更新:2019年05月27日)