銕仙会

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曲目解説

生田敦盛いくたあつもり

まだ見ぬ父の面影を追い求め、墨染めの衣で旅路に赴く若君。その眼前に現れた武者こそ、長年慕い続けてきた、父・敦盛の幽霊であった…。

別名

流儀によっては《生田》

作者

金春禅鳳

場所

京都 賀茂社
→ 摂津国 生田の森 (現在の兵庫県神戸市 生田神社境内)

季節

初秋

分類

二番目物 公達物

登場人物

シテ

平敦盛の幽霊

面:敦盛など 修羅物出立(武将の扮装)

子方

敦盛の遺児

着流僧出立(出家した人物の扮装)

ワキ

法然上人の従者(※)

素袍上下出立(従者の扮装)

※ワキを僧侶(着流僧出立)とする演出もあります。

概要

鎌倉時代。法然上人の拾った捨て子(子方)は、一ノ谷で戦死した平敦盛の遺児であった。彼が上人の従者(ワキ)に伴われて賀茂明神に参詣すると、『父の姿を見たくば生田の森に向かえ』との夢託を受けたので、二人はさっそく生田へと向かう。宿を借りようと一軒の人家を訪れたところ、その中にいた人物こそ敦盛の幽霊(シテ)であった。久しぶりの対面に涙する親子。敦盛は生前の苦しみの記憶を語り、わが子との再会を喜んで舞を舞う。ところがそこへ、帰りの遅い敦盛に怒った閻魔王の使者が現れ、辺りは修羅道の巷と化す。やがて修羅の闘諍が去り、辺りが再び静寂に包まれると、敦盛はわが子との別れを悲しみつつ消えてゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

 

1 子方・ワキが登場します。

鎌倉時代初頭。あるとき法然上人は、道に捨てられていた美しい幼児を拾う。この子が成長したのち、上人が説法の場でこのことを語ったところ、その子の母が名乗り出た。実は彼は、一ノ谷で戦死した平敦盛の遺児だという。それを知った彼は父の跡を慕って出家し、夢になりとも父の姿を見たいと願って賀茂明神に祈りを捧げるのだった。

今日もまた、上人の従者(ワキ)に連れられ、若君(子方)は賀茂社に参詣する。

2 子方・ワキは賀茂明神の夢託を受け、生田へと向かいます。

朱塗りの玉垣も瑞々しい、賀茂明神の御宝前。夜も更け、辺りはひっそりと静まりかえる中、若君は心を澄まして祈りを捧げつつ、次第に夢見心地となってゆく…。

目を覚ました若君。聞けば、『父の姿を見たくば生田の森へ向かえ』との御神託が下ったという。二人はさっそく、生田の森へと旅に出るのだった。

時刻は暮れ方。生田に着いた二人は、今夜の宿を借りようと、一軒の人家を訪ねる。

3 シテが作リ物の中から出現します。

青白い月の光が大地を照らし、そら寒い風が吹きぬけてゆく、荒涼とした秋の野。その中に建つ人家の中からは、一人の男の声が聞こえてきた。『万物は生滅をくり返し、留まるところを知らない。それなのに、この肉体に執着してしまう、人の心の愚かしさよ。朽ちてゆく屍のもとには、魂がもの寂しげに飛び交うのだ…』。

人家の内には、鎧兜を身にまとった一人の若武者(シテ)。彼こそ、敦盛の亡魂であった。

4 子方はシテにすがりついて涙します。

念願の父との対面に、若君は敦盛にすがりつき、喜びの涙に墨染めの袖を濡らす。世が世ならば栄華を誇っていたはずのわが子の今の姿に、敦盛もまた涙するのであった。

「そなたを憐れんだ賀茂明神さまが閻魔王に取り次いで下さり、暫しの間、この世に戻ってこられたのだ。そなたと会うのも、これが最後だろう…」 今宵限りの、わが子とのひととき。静かな秋の夜、敦盛は往時の記憶を語り始める。

5 シテは生前の苦しみの日々を語り舞い(〔クセ〕)、わが子との再会を喜んで舞を舞います(〔中之舞〕)。

――平家一門の繁栄と没落。都を追われ、一門は西海を漂う身に。ようやく勢いを盛り返し、都に程近いこの地へとやって来たのも束の間、源氏の軍勢は雪崩を打って迫り来る。防戦も空しく、一門は散り散りとなり、私はこの地で果てたのだった…。

死してなお、悲しみの記憶に囚われ続けていた敦盛。その彼にやっと巡ってきた、わが子との再会という喜びのひととき。彼は舞を舞い、このかけがえのない夜を楽しむのだった。

6 シテは修羅の苦患のさまを見せます。

しかし、その幸福な時間は、長くは続かなかった。帰りの遅い敦盛に怒った閻魔王が、彼を連れ戻すべく、地獄の鬼達を遣わしてきたのだ。世界は暗転し、生田の森を闇が覆う。黒雲は炎を噴き出し、剣の雨が降り注ぐ。永遠に続く、死後の世界の戦いの日々。その敵たちが出現し、敦盛の身に襲いかかる。敦盛は懸命に振り払い、必死に応戦するのだった。

7 シテは子方に別れを告げて消えてゆき、この能が終わります。

やがて、天を覆っていた黒雲は次第に去ってゆき、修羅の闘諍も消えてゆく。空には暁の月が、大地をしずかに照らし出していた。

「こんな姿を見せてしまうとは、恥ずかしいこと…」 敦盛は、わが子に後の弔いを託し、涙ながらに別れを告げる。薄明かりの空の下、彼はひとり静かに消えてゆき…、あとには秋草に置く露の光だけが、そこには残っていたのであった。

みどころ

本作のシテ・平敦盛は、十六歳(十七歳とも)にして一ノ谷合戦で戦死した薄幸の貴公子として知られ、《敦盛》のシテともなっている人物です。
その敦盛には遺児がいた…というのが、本作の物語です。この「敦盛の遺児」の存在は、『平家物語』や歴史史料の中には見えないもので、おそらく史実ではないと考えられますが、能楽の成立した室町時代には、この「敦盛の遺児」をめぐる物語が語られ、流布していました。それが御伽草子(室町時代の小説)の『小敦盛』という作品で、その概要は次のようになっています。

――一ノ谷合戦で平敦盛が討たれた時、彼の奥方は一人の子を身籠もっていた。やがて生まれたのは、玉のような男の子。このままでは、この若君は源氏によって殺されてしまう。奥方は泣く泣く、若君を道に捨てる。
その若君を拾ったのが、法然上人であった。上人のおかげで立派に育てられた若君は、説法の場で母との偶然の再会も果たし、まだ見ぬ父への思いを強めてゆく。賀茂明神から「生田を訪ねよ」との託宣を受けた若君は、さっそく現地へと赴くのだった。
若君が嵐の中を訪ねてゆくと、そこには一軒の人家。雨宿りのため中にいた男に声をかけると、男は冥途の悲しみを述べ、若君を抱きしめる。実は彼こそ、敦盛の幽霊だったのであった。再会を喜ぶ親子。やがて若君は、旅の疲れと安堵感から、父の膝を枕に眠ってしまう。
若君が目を覚ますと、そこは草叢。袖には、別れを惜しむ父・敦盛の和歌が書き付けられていた。枕元を見ると、苔むした膝の骨。さては、これこそ父の遺骨か。若君は父との別れを悲しみつつ、遺骨をたずさえ、都へと帰ってゆくのだった…。

本作は、この物語を舞台化した作品です。本作の中では、上記「3」の場面で遺骨のイメージが暗示されるものの、敦盛が骨になるという結末は描かれません。むしろ、親と子とが心通わせつつも別れてゆくという悲しみに、本作では焦点が当てられているといえましょう。

本作は、シテの登場までの場面が通常の能と比べて長く、物語の導入部分に多くの時間を割いている点に特色がありますが、その中で活躍するのが子方(子役)です。上記「1」~「2」の場面にかけて、子方は長いセリフを言いながら物語の導入役をつとめ、シテが登場するまでのあいだ主人公のような立場に立って作品を進めてゆきます。
じつは、本作の作者・金春禅鳳は、孫にあたる八郎喜勝のために子方の活躍する能を複数書いていたことが知られており、本作もそうして書かれた作品のうちの一つと考えられています。そうした事情もあり、本作では子方が重要な役割を担っているのです。
玉のような男の子と生まれた若君が、その美しい容貌に似合わぬ墨染めの衣を身にまとい、亡き父の跡を慕って旅に赴く…。そんな健気な少年の姿が、本作には描かれています。
若くしてこの世を去った敦盛と、まだ見ぬ父の面影を追い求める若君。そんな薄幸の親子の悲哀が、この能には描かれています。

(文:中野顕正)

今後の上演予定

(最終更新:2017年8月)

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