自然居士 (じねんこじ)
作者 観阿弥
素材 実在の芸能者、自然居士にまつわる伝説
季節 なし
場所 京都東山、
種類 四番目物 芸尽くし物
登場人物
シテ | 自然居士 | 喝食面・水衣大口喝食出立 |
子方 | 少女 | 唐織着流出立 |
ワキ | 人商人 | 素袍上下出立 |
ワキツレ | 人商人の同輩 | 素袍上下出立 |
アイ | 雲居寺門前の男 | 肩衣半袴出立 |
あらすじ
雲居寺で説法を行っていた自然居士は、親の供養のためにわが身を売って、小袖を供えた少女を取り返すため、追いかけて舟を引き止めます。居士は人買い商人の要求に応じて、様々な芸を見せます。
舞台の流れ
- 幕から囃子方が、切戸口から地謡が登場して、所定の位置に着きます。
- アイが幕から登場します。舞台に入り、今日が自然居士による七日間の説法の、最終日であることを話します。
- 幕からシテの自然居士が登場します。大小前で床几に腰かけ、説法を行います。謡の途中で、子方が小袖と手紙を持って登場します。出迎えたアイに連れられて、子方はシテの前に座ります。
- 幼い少女は、亡き両親の供養のために、小袖を供え物にしました。少女が持参した諷誦文[ふじゅもん:お布施の趣旨などを記した文章]を読み上げた自然居士も、周囲の聴衆たちも、涙にくれています。
- ワキとワキツレが登場します。人買い商人は、自分が買った少女がまだ帰ってこないので、雲居寺に探しにきました。
- 人買い商人は少女を見つけ、連れて行きます。そのことをアイから聞いた自然居士は、少女が身を売って手に入れた小袖を、両親のために捧げたのだと察し、説法を終え、商人たちを追います。シテは床几から立ち上がり、小袖を持って橋掛リへ行きます。
- 人買い商人と少女の一行は、琵琶湖で舟に乗ります。ワキとワキツレは棹を持ち、舟を漕いでいます。
- 一行に追いついた自然居士は、舟に声をかけます。橋掛リにいたシテは、再び舞台へ入ります。商人と言葉を交わしたあと、居士は舟にしがみついて、引き止めます。怒った商人は、子方を棹で打ちます。
- 自然居士は人買い商人に、小袖を返すので、少女を返してほしいと頼みます。商人は、人買いの掟で返せないと断りますが、自然居士は舟に居座り、返すまでついて行くと、動こうとしません。命を取ると言われても動じません。
- 困った商人は、仲間の商人と相談し、自然居士をなぶってから、子供を返すことにします。
- 舟から降りて、商人は自然居士に、舞を見せるよう要求します。自然居士は、自分は舞ったことがないといいますが、少女を取り戻すために舞うことにします。シテは烏帽子を渡され、着けます。
- シテは中ノ舞を舞います。
- シテは続いて、舟の起源についての「舟の曲舞[ふねのくせまい]」を舞います。
- 次に商人は、簓[ささら]を見せるようにと居士に言います。竹がないので、居士は扇と数珠を代わりに、簓のまねごとをします。
- 商人は、今度は鞨鼓[かっこ]を打ってみせろと言います。シテは後見座に行き、鞨鼓を着け、撥[ばち]を持ち、鞨鼓を舞います。様々な所望に応じた末、居士は少女を取り返し、都に連れて帰ることになりました。子方を橋掛リへ向かわせ、退場させます。シテは留メ拍子[とめびょうし]を踏みます。
- シテが幕に入ります。続いて、ワキとワキツレが退場します。そのあとに、囃子方が幕に、地謡が切戸口に入ります。
ここに注目
「古式」という小書は、現行の観世流にはありませんが、古い形で上演するために、今回「古式」という名称を、仮に付して上演します。
世阿弥の著作『五音[ごおん]』には、「それ一代の教法は…」という、観阿弥作曲の詞章があります。現在はこの詞章が省略されています。今回はこれを現行のものにつけ加えます。さらに、ワキとの掛け合いの部分も、より古い形を残していると思われる、下掛宝生流の詞章を基本にしました。観世寿夫・八世銕之亟ほかが上演した際の台本をもとにした演出で、近年は多く上演している形です。
世阿弥伝書『三道[さんどう]』にも、「自然居士、古今あり」とあり、すでに二通りの形があったようです。今回取り入れた謡は、早くから省略されていたと思われます。世阿弥も多少手を入れているようですが、観阿弥時代の猿楽の様相がしのばれる、興味深い作品です。シテが次から次へと見せる、多種多様な芸も、見どころの一つです。
(文・江口文恵)
(最終更新:2017年5月)