銕仙会

銕仙会

曲目解説

景清かげきよ
昔の栄華に引きかえ、今や零落して乞食芸能者となっていた景清。俗世との交わりを断っていた彼だったが、予期せぬわが子の来訪を受け、自らの武勇を誇らしげに語り出す。
過ぎ去りし日への追憶。しかしそれは、今の境遇との落差という現実を、否応なしに突きつけてくるものでもあった——。
作者 不詳 観世元雅か
場所 日向国ひゅうがのくに 宮崎 (現在の宮崎県宮崎市)
季節 不詳
分類 四番目物、人情物
登場人物
シテ 平家の侍 悪七兵衛景清 面:景清 景清出立(琵琶法師の扮装)
ツレ 景清の娘 人丸 面:小面 唐織着流女出立(一般的な女性の扮装)
トモ 人丸の従者 直面 素袍上下出立(下級武士や庶民の扮装)
ワキ 宮崎の里人 素袍上下出立

概要

鎌倉時代初頭。九州に流された平家の侍 景清を訪ねて、娘の人丸(ツレ)が従者(トモ)を連れて日向を訪れる。それと知らず景清の庵を訪れた二人であったが、景清(シテ)は自らの正体を隠し、「景清のことはよく知らない」と言って二人を帰す。次いで里人(ワキ)に景清の在所を尋ねた二人は、先程の人物こそ景清だと教えられ、再度景清の庵を訪れる。里人は人丸を景清に引き合わせるが、景清は今の境遇を嘆き、自分が名乗らなかったのは人丸の世間体を守るためだったと明かす。景清は所望されるままに、屋島の合戦での武勇を誇らしげに語るが、やがて我にかえり、今の身を恥じる。親子は別れの言葉を交わすと、人丸は、景清に見送られながら、宮崎の地をあとにするのだった。

ストーリーと舞台の流れ

0 景清の庵室をあらわす作リ物が運び出されます。(中にシテが入っています。)

1 ツレ・トモが登場します。

鎌倉時代のはじめ。かつて平家の侍大将であった景清は、今は配流の身となり、都から遠く離れた九州 日向の地で、ひっそりとした余生を送っていた。
その日向国へと、遙々の波路を渡ってやって来る、一隻の船があった。船には、生き別れになった景清の娘・人丸(ツレ)。彼女は父に会いたい一心で、従者(トモ)に支えられつつ、遠く鎌倉の地からやって来たのであった。

2 シテが作リ物の中から登場します。

二人が日向国 宮崎の地につくと、そこに一つの庵室があった。庵の中には、盲目の老翁(シテ)。「他人との交わりを断って幾星霜。盲目の身ゆえ、どれほど時が経ったかも分からぬ。ただ、やつれ果て行くばかり。訪ねてくる人もありはしない…。」 老い衰えた彼は、世をはかなんでいる様子である。

3 ツレ・トモはシテに声を掛け、言葉を交わします。

人丸の従者は、この乞食老人を見て嫌悪感を催すが、他に尋ねるあてもなく、景清の在所を彼に尋ねる。老人は答える。「聞いたことはございますが、なにぶん盲目の身、お目に掛かったことはございません。が、ご苦労をなさっていると承り、他人の私さえ景清どののご境遇には共感いたしております…。詳しいことは余所でお尋ね下さい。」 その答えを聞き、二人は他をあたることにした。

4 シテはひとり述懐します。

二人が去った後、老人は独り言をつぶやく。「…はて不思議なこと、かの者は誰かと思えば、この私の子ではないか。昔、尾張国熱田で遊女と契り生まれた子、女子ゆえ鎌倉の遊女宿に預け置いたが…。生き別れになったこの父を訪ねて来たというのか!」 実は、この老人こそ、人丸の探し求めていた父景清その人であった。盲目ゆえ娘の姿を見ることのできぬ景清。彼は嘆きつつも、娘の身を思い、敢えて名乗らずやり過ごしたのであった。

5 トモはワキと言葉を交わし、先ほどのシテこそ景清その人であったと気づきます。

一方、人丸の従者はこの地の里人(ワキ)に景清の在所を尋ねる。里人は答える。「お二人のいらしたあちらの山蔭に、藁屋はありませんでしたか。あの藁屋に住む盲目の老人こそ、この地に流されてきた景清ですよ。」 里人は、景清が今では盲目の身となり、剃髪して「日向の勾当こうとう」と名乗っていること、乞食をして命を繋いでいることなどを語り、人丸と従者を景清の庵室へと連れてゆく。

6 ワキはシテを呼び立て、シテは苛立ちつつ身の境遇を詠嘆します。

庵室に着いた里人は、「景清どの、景清どの」と呼び立てる。苛立つ景清。「ええ、うるさい! 普段でさえその名で呼ばれるのは嫌、まして故郷の者が訪ねて来たのを、身の恥ずかしさに名乗らず帰したところだ。今はもう亡きも同然のわが身に、またかつての荒々しい心が起こったわい。…とはいえ、あなた方の支え無しでは生きてゆけぬ乞食の身、腹立てて悪かった。お許し下され。お慰みに、また平家語りをお聞かせしましょう…。」

7 ワキはツレをシテに引き合わせ、ツレとシテは言葉を交わします。

里人は彼に「先程誰か訪ねて来なかったか」と問う。景清は「いや、貴方が今日ははじめて」と取り繕うが、里人は「偽りを仰いますな、貴方のご息女が訪ねて来たのを、どうして隠しなさる。余りの不憫さに連れて来ましたぞ」と告げると、人丸を彼に引き合わせる。
人丸は父の袖にすがりつき、父の態度に恨み言をいう。景清は告げる。「親子と名乗れば、こんな乞食がお前の父だと世に知られてしまう。お前のためだったのだ、許しておくれ…。」

8 シテは、昔の『驕る平家』であった頃を回想し、今の境遇を嘆きます。

——羽振りの良かった昔は、縁遠い者すら自分の所に挨拶に来て当然と思っていた。今その報いに、実の子ですら訪ねて来て欲しくないと思う境遇になってしまったのだな。あの頃は、自分は平家の主戦力と重宝され、良い思いをしておったが、それが今や、まさに『千里を駆ける麒麟ですら、老いては愚鈍な駑馬どばにも劣る』という諺の通りだよ…。

9 シテはワキの所望を受け、屋島の合戦での自らの武勇を語ります。

里人は彼に、屋島の合戦での武勇を語って欲しいという人丸の要望を伝える。景清は、別れの名残にと、自らの武勇を語り始める。
——寿永三年三月のこと。源義経軍によって劣勢になっていた平家の勢いを挽回すべく、私は身を賭して義経を討とうと思い、平教経どのに暇を乞うと、敵陣へと向かっていった。襲いかかる源氏の軍勢を蹴散らすと、三保谷四郎の兜のしころを引っつかみ、逃すまじと引っ張ったが、錣は切れ、奴を取り逃がしてしまった。そのとき奴が「恐ろしい、腕の強い奴よ」と言うのでな、私は「そなたの首の骨が強いのだ」と笑ってやったのだ…。

10 シテはツレに別れを告げ、この能が終わります。

往時を思い出し、誇らしげに語っていた景清。しかし今となっては、それも昔物語。我に返った彼は、「衰えた身で取り乱し、恥ずかしいところを見せたな…。老い先短いわが身、死後の弔いは頼んだぞ。その弔いは、死後苦しみの世界に赴く、私を照らす灯火なのだ」と告げ、娘を送り出す。「私は、もう行きますぞ」「おお、わしはこの地に残るぞ」と交わしたその一声が、親子の、永遠の別れとなったのだった…。

みどころ

盲目の琵琶法師が、琵琶を伴奏に『平家物語』を語る——。それは、小泉八雲の怪談「耳なし芳一」などでもお馴染みの、平家琵琶の様子です。

日本文学の傑作の一つである『平家物語』は、そのようにして、盲僧たちによって語り継がれてきた作品でした。激動の時代を生きた人々の姿をいきいきと描き出すこの物語は、時の流れのなかで忘れ去られてゆく敗者たちの“生きた証”を伝えるものとして、いわば平家の人々に手向ける鎮魂曲として、伝承されてきたのでした。

本作は、いわば、その『平家物語』の成立にまつわる“秘話”として構想された作品となっています。

源平の戦いから数十年後の世界を描いた本作では、景清は盲目の乞食となっており、今では「日向の勾当」と名乗っています。じつは中世では、盲目の者は琵琶法師としての芸を演じつつ施しを受けて生活する身分とされていました。「勾当」とは琵琶法師の組織の中での地位の名です。すなわち、盲目となった景清が、今では琵琶法師として、自らが戦場で見てきた有り様を語りつつ生計を立てている…というのが、本作の舞台設定となっているのです。

じつは、「『平家物語』のうち、合戦に関する箇所を書いたのは景清である」という伝承が、本作の成立した室町時代には存在していました(『臥雲日件録抜尤』)。合戦では重要な役回りを果たしながら、源平の乱がおさまった後も生き延びた彼が、自分の体験してきた戦場の有り様を語り、その様子を後世に伝えてゆく…。そのようにして『平家物語』が成立していったのだとするのが、この伝承です。もちろん、史実のうえで『平家物語』成立に景清が関わっていたのかは定かではありませんが、本作の成立した室町時代の人々は、乞食の琵琶法師として景清が登場するという本作を見て、この伝承を思い出し、『平家物語』成立の昔を追慕したことでしょう。

そのように、合戦の様子を語ることを本業とする景清が、所望されて自らの活躍を語るというところが、本作の最大の見せ場となっています(上記「9」の場面)。今や乞食の身となり、普段はほとんど諦観に達した、枯淡の人となった景清が、昔の自らの活躍を思い出し、つい血が騒ぎ熱く語るという場面。景清の心の中に湧き上がり、鮮やかに蘇ってくる合戦の記憶は、登場人物たちの姿を生き生きと描いた『平家物語』の語りの態度とも通底するものといえましょう。

しかし、そのように熱く語っていた景清も、最後には我に返り、「心さへ乱れけるぞ、恥づかしや」と、そのような昔への執着を恥じてしまいます。景清の心は、生き生きと過ごしていた昔の日々と、零落した今の諦観との間を行ったり来たりしているのであり、『麒麟も老いぬれば駑馬に劣る』と謡われるように、その昔と今との落差を描くことが、この作品の主眼になっているといえましょう。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

曲目解説一覧へ戻る

能楽事典
定期公演
青山能
チケットご予約