銕仙会

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曲目解説

賀茂かも
夏も終わりが近づき、涼しい風が吹きはじめる頃。清く澄んだ御手洗川の流れは、暑い日ざしの中にあって、爽やかで涼しげな風情をたたえている。稔りの秋は、すぐそこまで近づいている…。
別名 流派によっては《加茂》と表記 (読みは同じく「かも」)
古称《矢立賀茂(やたてがも)》《矢立鴨(やたてがも)
作者 金春禅竹
但し「8」の場面は後代の改作か
場所 京都 糺の森 御手洗川(みたらしがわ)のほとり (現在の京都市左京区下鴨 下鴨神社境内)
季節 晩夏
分類 脇能物 荒神物
登場人物
前シテ 水を汲む女  じつは御祖明神の化身 面:増 唐織着流女出立(女性の扮装)
後シテ 上賀茂神社の祭神
別雷神(わけいかづちのかみ)
面:大飛出 大飛出出立(強い霊力をもつ神の扮装)
前ツレ 水を汲む女  じつは御祖明神の眷属 面:小面 唐織着流女出立
後ツレ 下鴨神社の祭神
御祖明神(みおやみょうじん)
面:小面など 天女出立(女神の扮装)
ワキ (むろ)明神の神職 大臣出立(大臣・神職などの扮装)
ワキツレ 随行の神職(2‐3人) 大臣出立
アイ 下鴨神社の末社神 末社出立(下級の神の扮装)

概要

播磨国 室明神の神職たち(ワキ・ワキツレ)が下鴨神社へ参詣すると、御手洗川の川辺に真新しい祭壇が築かれ、白羽の矢が祀られていた。そこへ水汲みの女たち(前シテ・前ツレ)が現れ、一行に矢の謂われを語る。実はこの矢こそ、上賀茂の祭神・別雷神の姿。そして昔この矢を拾った水汲みの女は別雷神の子を宿し、下鴨の祭神・御祖明神となったのであった。そんな故事を語り終えた女たちは、川の風情を讃えつつ神に捧げる水を汲んでいたが、やがて自分たちが神の化身であることを明かすと、姿を消してしまう。

その夜、御祖明神(後ツレ)が一行の眼前に現れると、この世に生きる人々へ神の恵みを施し、祝福の舞を舞いはじめる。するとそこへ、今度は上賀茂の方から別雷神(後シテ)が来臨し、恵みの雨を降らせて豊饒の秋をもたらすのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

京都の北東 糺(ただす)の森。下鴨神社の鎮座するこの森は、鴨川の上流、賀茂川と高野川の合流する地に位置し、蒸し暑い京都の夏にあって涼しげな風情をたたえていた。

そんなこの地へとやって来た、神職の一行(ワキ・ワキツレ)。播磨国 室明神に仕える彼らは、その室明神と一体とされる下鴨の神へ参詣のため、この地を訪れたのであった。

見ると、神域を流れる御手洗川のほとりには祭壇が築かれ、白羽の矢が祀られていた。

2 前シテ・前ツレが登場します。

夏も終わりが近づき、秋の気配が感じられる頃。夕陽の淡い光は糺の森を照らし出し、涼しい風が吹いてきた。神域の森から涌き出る御手洗川の澄んだ水が、サラサラと音をたてて流れゆく…。

そんななか現れた、二人の女(前シテ・前ツレ)。水桶を手にした彼女たちは、神に捧げる水を汲むべく、こうしてやって来たのであった。

3 前シテはワキと言葉を交わし、祭壇に祀られた矢の故事を語ります(〔語リ〕)。

声をかける神職。女は一行の所望に応え、この祭壇に祀られた矢の由緒を語りはじめる。

――昔。この里に、毎日川水を汲んで神に捧げる女がいた。ある日、流れてきた白羽の矢が水桶に留まったので、持ち帰って自宅の軒に挿しておいたところ、その後彼女はひとりでに懐妊し、男子を産んだのだった。後に人々が父の名を尋ねると、不思議や、その子は挿してある矢を指さす。その刹那、矢は雷と変じ、天へと昇っていったのだった。やがて母子もまた神となる。この神々こそ、上賀茂・下鴨両社の祭神なのだ…。

4 川づくしの謡がうたわれるなか、前シテは水を汲みます。

神代の昔から末世の今に至るまで、清らかな流れをたたえ続ける、糺の森の清流。女は、澄んだ川の流れを讃えて歌を謡いつつ、水を汲みはじめるのだった。「神へ手向けの水汲めば、心までもが清く澄む。賀茂の流れの川上は、岩走る水の貴船川。紅葉を映す大堰川、嵐山には戸無瀬川。雪どけの流れ清滝川、東山には音羽の滝…」。

5 前シテ・前ツレは自らの正体を仄めかし、姿を消します。(中入)

ただ人ならざる女たちの様子に、不審がる神職。そんな彼に、女は明かす。「そなたたちをここへ呼び寄せたのも、この神の思し召し。その神託を告げるべく、私たちはこうして現れたのだ。今は何を隠そう、我々こそ、気高い神の仮の姿…」 異様な雰囲気に包まれた、下鴨の神域。女たちはそう明かすと、姿を消してしまうのだった。

6 アイが登場して神社の由緒を語り、〔三段ノ舞〕を舞います。

そこへ現れた、この神域に祀られている末社の神(アイ)。神職一行を饗応すべく現れた彼は、この賀茂社の創建にまつわる由緒を語ると、愉快に舞を舞って見せるのだった。

7 後ツレが出現し、〔天女舞〕を舞います。

やがて――。神々しい気配が糺の森を覆い、この神域の祭神・御祖明神(後ツレ)が姿を現した。「この世に生きる全ての人々をわが子と思い慈しむ、私の神徳。まさに今、世にあまねく恵みの行き渡る時節が、到来したのだ…」 御手洗川の水の碧(みどり)、賀茂の山並みの緑の中で、女神は優雅に舞を舞い、袖を水にひたして戯れるのだった。

8 後シテが登場して〔舞働〕を舞い、五穀豊饒を祝福します。(終)

その時。空には雷鳴が轟き、辺りは一時に震動する。上賀茂に住まう別雷神(後シテ)が、この地へと来臨したのであった。「我こそは、王城を守護し、国土に豊饒を与える神。風雨を操り、稔りの秋をもたらすのも、全てはわが神徳なのだ」 稲妻が閃きわたり、恵みの雨が降りそそぐ、夏の夜。雷神は天空を自在に飛び廻り、神の威光を顕示する。

やがて、神徳のほどを見せた御祖明神は、社の方へと帰ってゆく。雷神はそれを見届けると、雨雲を押し分け、天高くへと昇っていったのだった。

(文:中野顕正)

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今後の上演予定

(最終更新:2018年3月)

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