銕仙会

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曲目解説

賀茂(かも)

◆別名

 加茂(かも) ※他流での表記。

◆登場人物

前シテ 水汲みの女  じつは御祖明神(みおやみょうじん)の化身
後シテ 別雷神(わけいかずちのかみ)
前ツレ 水汲みの女  じつは神の眷属
後ツレ 御祖明神
ワキ 室(むろ)明神の神職
ワキツレ 神職の従者 【2‐3人】
アイ 眷属の神

◆場所

 京都 糺(ただす)の森 下鴨神社  〈現在の京都市左京区下鴨〉

概要

播磨国 室明神の神職たち(ワキ・ワキツレ)が下鴨神社へ参詣すると、御手洗川(みたらしがわ)の川辺には真新しい祭壇が築かれ、白羽の矢が祀られていた。そこへ現れた、水汲みの女たち(前シテ・前ツレ)。女は一行へ、矢の由緒を物語る。実はこの矢こそ、上賀茂の祭神・別雷神の姿。そして昔この矢を拾った水汲みの女は別雷神の子を宿し、下鴨の祭神・御祖明神となったのだった。女はそう明かすと、川の風情を讃え、神に捧げる水を汲む。やがて彼女は、自分が神の化身であることを明かすと、姿を消してしまう。
その夜。一行の眼前に、御祖明神(後ツレ)が姿を現した。明神は、この世に生きる全ての人々へ神の恵みを施そうと言うと、祝福の舞を舞う。するとそこへ、上賀茂の方から別雷神(後シテ)が来臨した。別雷神は恵みの雨を降らせ、豊穣の秋をもたらすのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

京都の北東 糺の森。下鴨神社の鎮座するこの森は、鴨川の上流、賀茂川と高野川との合流地点に位置し、蒸し暑い京都の夏にあって涼しげな風情を湛えている。
そんなこの地を訪れた、神職の一行(ワキ・ワキツレ)。播磨国 室明神に奉仕する彼らは、その室明神と一体とされる下鴨の神へ参詣のため、こうしてやって来たのだった。
見ると、神域を流れる御手洗川のほとりには祭壇が築かれ、白羽の矢が祀られていた。

2 前シテ・前ツレが登場します。

夏も終わりが近づき、秋の気配が感じられる頃。夕陽の淡い光は糺の森を照らし出し、涼しい風が吹いてきた。神域の森から涌き出る御手洗川の澄んだ水が、サラサラと音をたてて流れゆく。
そんななか現れた、二人の女(前シテ・前ツレ)。水桶を手にした彼女たちは、神に捧げる水を汲むべく、やって来たところである。

3 前シテはワキと言葉を交わし、白羽の矢の故事を語ります(〔語リ〕)。

声をかける神職。聞けば、この白羽の矢こそ当社の御神体だという。せっかくの機会、祈りを捧げるよう勧める女。彼女は、この矢の由緒を語りはじめる。
——昔。この里に、毎日川水を汲んで神に捧げる女がいました。ある日、水を汲む桶に流れ留まった、一本の白羽の矢。持ち帰って自宅の軒に挿したところ、彼女はひとりでに懐妊したのです。そうして生まれた、一人の男子。その後、人々が父の名を尋ねると、その子は例の矢を指さします。その刹那、矢は雷と変じ、天へ昇っていったのでした…。

4 前シテは、矢の徳を讃えます。

その時の雷神と母子こそ、当社に祀られる三柱の祭神であった。女は告げる。「畏れ多い物語ではありますが、武家の方々が世を治めている今、矢の神秘の故事を、末永く知らしめようと思うのです。もとより、正真の矢は既に天界へと還ってゆき、ここにあるのは御身代わりの矢。それでも、両者を隔てて考えるのは、浅はかな人の心に過ぎません。ちょうど、同じ川でも瀬ごとに呼び名が異なるように…」。

5 川づくしの謡のなか、前シテは水を汲みます。

澄んだ川の流れを讃え、歌を謡いつつ水を汲む女。『心も清まるこの鴨川の、源流はさてどこでしょう。岩や木の根の間を分けて、川音高き貴船川。都の西へ目を向ければ、川面を覆う紅葉ゆえ、まるで水の無い大堰川、戸無瀬の滝の名が高い。雪解けの流れ清滝川、年闌けた風情の音羽川——』 流れゆく歳月の中で、人々は次第に老い増さる。そんな儚い世を表すかのように、今日の日も、次第に暮れてゆくのだった。

6 前シテ・前ツレは、自らの正体を仄めかして姿を消します。(中入)

白羽の矢の昔物語を聞き、崇敬の念を強める神職たち。そんな一行へ、女は告げる。「貴殿をここへ呼び寄せたのも、他ならぬ神の思し召し。その神徳を伝えるべく、私はこうして現れたのです。真実を明かしては憚りがあります。ただ高貴な神の化身だと、そう心得ておきなさい——」 そう言い遺すと、女たちは、忽ちに姿を消すのだった。

7 アイが登場し、神社の由緒を語ります。

そこへ現れた、賀茂明神に仕える眷属の神(アイ)。眷属の神は、この賀茂社創建の昔物語を語ると、愉快に舞い謡いつつ神職一行を饗応する。

8 後ツレが出現し、舞を舞います(〔天女舞〕)。

やがて——。神々しい気配が糺の森を覆い、下鴨神社の祭神・御祖明神(後ツレ)が姿を現した。「私こそ、この神域に鎮まる神。この世に生きる全ての人々を、わが子と思い慈しむこと、それが私の神徳なのだ。崇仰するがよい。あまねく恵みの行きわたる時節が、まさに今、到来したのだ——」 御手洗川の水の碧(みどり)、賀茂の山並みの緑の中で、女神は優雅に舞を舞い、袖を水に浸して戯れる。

9 後シテが出現し、神威のほどを示します(〔舞働〕)。

そのとき。空には雷鳴が轟き、辺りは一斉に震動する。上賀茂神社の祭神・別雷神(後シテ)が、この地へ来臨したのだった。「我こそは、王城を守護し、国土に豊穣をもたらす神。風雨を操り、稔りの秋を招くのも、全ては我が神徳ゆえなのだ——」 稲妻が閃きわたり、恵みの雨が降り注ぐ、夏の夜。雷神は天空を飛び廻り、神の威徳を顕示する。

10 後シテは、五穀豊穣を祝福します。(終)

雲霧を切り裂いて顕現し、稲葉の露に宿る神徳の閃光。雷神は風雨を自在に起こし、雷を落として大地を踏み轟かす。そうして収穫の時節にもなれば、五穀豊穣の恵みによって国土を守護し、治まる御代を現出させるのだ…。
やがてやって来た、神々の帰還の時刻。御祖明神は、社の方へと還ってゆく。それを見届けると、雷神は、天高くへと昇っていったのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2025年06月16日)

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