鉄輪 (かなわ)
作者 | 不明 |
素材 | 屋代本『平家物語』「剣の巻」など |
場所 | 京都貴船神社・安倍晴明の屋敷・男の屋敷 |
分類 | 四、五番目者・鬼女物・太鼓物 |
登場人物・面・装束
前シテ | 女 | 泥眼・壺折腰巻女出立 |
後シテ | 女の生霊 | 橋姫または生成・鉄輪出立 |
ワキ | 安倍晴明 | 風折狩衣大口出立 |
ワキツレ | 女の夫 | 素袍上下出立 |
アイ | 貴船の宮の社人 | 社人出立 |
あらすじ
女が新しい妻を迎えた夫へ恨みをはらすために貴船神社に参ります。貴船神社では社人が女を待っていて、「頭に鉄輪を戴き、その三つの脚に火を灯せば、鬼となり恨みを果たせる」などと神託を告げます。一方、夫は夢見が悪いので陰陽師安倍晴明に祈祷を頼みます。やがて女が悪鬼となって現れ、夫の心変わりを責め、形代[かたしろ]の新妻の髪をつかみ打ちすえます。しかし悪鬼は清明が呼び出した神々に追われ退散していきました。
舞台の流れ
- 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
- 貴船神社に仕える男(アイ)が舞台に現われ、貴船明神の不思議な夢を見たと言います。
その夢とは、都から女が貴船にやって来て、丑の刻参り(人を呪詛するために午前2時ごろに神仏へお参りをすること)をするので、その女に貴船明神の示した夢を伝えるようにというものでした。
そこで男は神社で女がやって来るのを待ち構えています。 - 「次第」という囃子で女(前シテ)が現われます。
女は浮気な男を夫にした苦しさと男への恨みの言葉をつぶやきながら、都から貴船への夜の道を急ぐのでした。 - 貴船の男はやって来た女に話しかけます。
「鬼になりたいという願いを持つのならば家へ帰り、赤い衣を身にまとい、顔には丹(赤色の顔料)を塗り、頭に鉄輪(火の上に置いて鍋などを乗せる道具、五徳。鉄の輪に三本の足が付いている。)を戴いて、その三本の足に火を灯し、心を怒りで満たせば鬼神になれる」という神託を告げました。
女は人違いであると答えますが、男の目には女の姿がなんとも恐ろしげに見えるのでした。 - 女が夢の告げの通りにしようと言った途端に、美しかった女の様子が一変します。黒髪が空に向かって逆立つ黒髪。
黒い雲が空を覆うと雨が降り、風が吹き、雷が響きます。
女は恨みの鬼となってあの男に思い知らせてやろうと叫び、貴船から去ってゆくのでした(中入リ)。 - 舞台に女の夫(ワキツレ)が登場します。
夫は少し前からどうも夢見が悪いので陰陽師の安倍晴明に、どうして悪い夢を見るのか、その理由を占ってもらうことにします。 - 男が清明(ワキ)のもとを訪れると、清明が男に恐ろしい忠告をしました。
男は女の深い恨みを受けていて、今夜のうちにも命が危うくなるというのです。
何か思い当たることがないか尋ねられ、男は最近本妻を離縁して、新しい妻をめとったと答えます。
男は祈祷をして命を助けてほしいと願い、清明はそれを承諾します。
(ワキツレは舞台から退場します) - 後見が作リ物の一畳台と祈祷のための棚を舞台へ運び出し、一畳台の上に棚を据え置きます。
棚の四隅には五色の幣が立てられており、棚の上には形代(祈祷などのときに人間の身代わりにするもの)として男の烏帽子と新しい妻の鬘[かずら](かもじ)、下には幣が置かれます。 - 「ノット」というテンポのよい、祈祷のための音楽が囃されると、清明は台にのぼり、幣を持って一心不乱に呪文を唱え祈ります。
- 太鼓の入った「出端[では]」の囃子で女の生霊(後シテ)が現われます。頭に鉄輪を戴き、打杖[うちづえ]を持った恐ろしい姿です。
自分をつらい目に合わせた夫と女に、因果応報の報いを見せてやると男の形代に近づいて行きます。 - 男に捨てられた恨み、男への恋しさ、起きても寝ても忘れられない思いを訴えると、命は今日までであると叫び、形代に迫ります。
- 生霊は命をとろうと新しい妻の髪を手にからめとり、打杖で打ちすえ、いよいよ男の命を奪おうとします。
しかし清明の祈祷で呼び出された神々が生霊を責めてその力を奪うと、
ついに生霊は力を失い、目に見えない鬼となって消えていきました。
ここに注目
女性の激しい執念、夫への捨てきれない思慕の心がテーマになっています。貴船神社は水の神でもありますが、また男女の仲立ちをする神としても知られています。夫との仲がうまくいかなくなった和泉式部が貴船へ参り、「物思へば沢の蛍もわが身より あくがれ出づる魂[たま]かとぞ見る」と歌を詠んでいます。後シテ登場の場面ではその歌をふまえて、「川瀬の蛍火」という文句も出てきます。和泉式部は恋に悩み苦しみ、魂が体から抜け出ると詠いましたが、この能の主人公は生きながら鬼になってしますのです。式部に比べると非常に直接的で強烈な行動です。そのような激しさをそのまま能にした作品といえましょう。
安倍晴明が活躍する能としても注目できます
(文・中司由起子)