葛城山を訪れた山伏の一行(ワキ・ワキツレ)が折からの大雪に難渋していると、そこへこの山に住む女性(前シテ)が現れる。女は一行を自宅へと案内し、この山で採れた小枝で焚き火をする。この小枝は“楚樹(しもと)”と呼ばれ、神代より伝わる大和舞(やまとまい)の歌にも謡われた、この山にゆかりの品なのであった。やがて女は、身の苦しみを救ってほしいと告げると、姿を消してしまう。実は彼女こそ、いにしえ役行者に縛り上げられてしまった女神・葛城明神の化身なのであった。
その夜、山伏たちが祈っていると、葛城明神(後シテ)が真の姿を現した。今なお苦しみを受け続け、すっかり面やつれした女神であったが、天岩戸の昔を再現し、大和舞を舞いはじめる。しかしやがて暁どき、女神は醜いわが姿を恥じると、再び消えてゆくのだった。
作者 | 未詳 |
場所 | 大和国 葛城山 (現在の奈良県御所市) |
季節 | 仲冬 |
分類 | 四番目物 夜神楽物 |
前シテ | 葛城山の女 じつは葛城明神の化身 |
面:深井など 水衣女出立(女性の労働姿の扮装) または壺折腰巻女出立(女性の外出姿の扮装) |
後シテ |
葛城明神 | 面:増など 天女出立(女神の扮装) |
ワキ | 旅の山伏 | 山伏出立(山伏の扮装) |
ワキツレ | 随行の山伏(2人) | 山伏出立 |
アイ | 土地の男 | 長裃出立(一般人の扮装) |
概要
ストーリーと舞台の流れ
1 ワキ・ワキツレが登場します。
雪降りしきる葛城山。強大な霊力をたたえるこの地は、天岩戸の神話の舞台とも伝えられる、神代の面影をとどめる神秘の山であった。
その葛城山の山道をゆく、山伏の一行(ワキ・ワキツレ)。修行のためこの地へやって来た彼らであったが、度重なる大雪に視界を遮られ、足元も覚束ない状況。一行は晴れ間を待とうと、暫しの休息をとることにした。
2 前シテが声をかけつつ登場し、ワキを自宅へと案内します。
そこへ現れた、一人の女性(前シテ)。聞けば、彼女は暖をとるための小枝を集め、庵へ帰るところだという。彼女はこの雪に難渋している一行を不憫がり、わが家へ泊めようと申し出る。「土地の者ですら難儀する、この山の吹雪。ましてや旅のお坊様、道の勝手もご存じないのでは、さぞかしお困りのことでしょう…」。
彼女の申し出に感謝する山伏たち。一行は雪を踏みしめつつ、谷の道を下ってゆく。
3 前シテは“楚樹(しもと)”の故事を語り、小枝を焚いて暖をとらせます。
庵に着いた女は、山伏たちをもてなすべく“楚樹”で焚き火をしようと言い出す。「“楚樹”とは、この山で雪のなか結い集めた小枝のこと。昔の大和舞(やまとまい)の歌にも詠まれた、この地にゆかりの品なのですよ」。
凍てつくような冬の風が吹きぬけ、底冷えする寒さの庵の内。女は侘び住まいの身を嘆きつつ、心を込めて火をおこし、山伏たちの疲れを癒やすのだった。
4 前シテは自らの正体を明かして消え失せます。(中入)
すっかり衣も乾き、夜の勤行を始めようとする山伏たち。そんな彼らに、女は申し出る。「お勤めのついでに、この身の苦しみを除いて下さいませ。女の身の障りに加え、三熱の苦を受け続けている、この身を…」 神が受けるという“三熱の苦”。彼女こそ、いにしえ役行者に従わなかった罰として蔦葛に縛りつけられたという、葛城明神の仮の姿。そう明かすと、女は山の奥へと姿を消すのであった。
5 アイが登場し、葛城明神と役行者の故事を物語ります。
そこへ通りかかった、この土地の男(アイ)。山伏たちは彼を呼び止め、葛城明神と役行者の故事を尋ねる。男は所望にこたえ、この地に伝わる昔物語を語りはじめる。
――昔、役行者は葛城の女神と相談し、この山から吉野山へと続く岩橋を架けることにした。ところが、醜い女神は人目を恥じて夜にしか仕事をせず、岩橋は一向に完成しない。怒った役行者は法力によって彼女を縛り上げ、この谷底に捨ててしまったのだった…。
6 ワキ・ワキツレが祈っていると後シテが現れ、〔序之舞〕を舞います。
救済を願い続ける女神。一行は、そんな彼女の思いに応えるべく、一心に祈りを捧げる。
やがてその声に引かれ、葛城明神(後シテ)が谷陰から姿を現した。玉飾りをつけた女神の身には、蔦葛が這いまとわる。苦しみに生き続ける彼女の、衰え果てた姿。
山伏たちの祈りに感謝する明神。彼女は自らの容貌を恥じつつも、報恩のため、舞の袖を翻す。それは、この山に神代の昔から伝わる、“大和舞”の神姿であった。
7 後シテは、自らの姿を恥じつつ消えてゆきます。(終)
天には冴えわたる月。地表は雪に覆われ、あたりは一面の銀世界。そんななか、憔悴の女神は天岩戸の舞い姿を見せ、神代の物語を描き出す。しかし、それも別れの時刻を迎えようとしていた。東の空が白みはじめ、朝日の訪れが近づく頃。女神はわが姿があらわになることを恥じると、舞の手を止め、そのまま岩戸の中へ帰ってゆくのだった――。
(文:中野顕正)