胡蝶 こちょう
作者 観世信光
素材 五山詩および『源氏物語』胡蝶巻、『荘子』胡蝶の夢など、胡蝶にまつわる故事
場所 京都一条
季節 春
種類 三番目物
| 登場人物 | ||
| 前シテ | 里の女 | ［深井など・唐織着流女出立］ |
| 後シテ | 胡蝶の精 | ［深井など・天人出立］ |
| ワキ | 旅の僧 | ［着流僧出立］ |
| ワキツレ | 従僧 | ［着流僧出立］ |
| アイ | 所の男 | ［長上下出立］ |
あらすじ
都見物の僧の前に現れた女性は、梅の花に縁がないことを嘆く蝶の精でした。夜になり、僧の読経を喜んだ胡蝶の精が姿を現します。
舞台の流れ
- 幕から囃子方が、切戸口から地謡が出てきて、所定の位置に着きます。後見が梅の木の作リ物を運び出し、正面先に置きます。
- 次第の囃子でワキとワキツレが登場します。大和国［現在の奈良県］吉野の山に住む僧が、都見物にやってきました。吉野を出発し、三笠山［春日山］を眺めながら旅をし、京の都に着きました。僧は一条大宮で、古い宮に美しく咲く盛りの梅を見つけ、しばらく眺めることにします。ワキは脇座に向かいます。
- 前シテの女が登場します。幕から出ながら、ワキに声をかけます。ワキと言葉を交わしながら、前シテは舞台へと入っていきます。女は、この梅の木が、多くの人が見物する梅なのでよく見るように、と僧に教えます。
- 僧は女に、この宮のいわれと女の素性を尋ねます。女は自分が人間でないと明かし、梅の花に縁がないことを悲しんでいるのだと話します。
- 前シテは座り、クリ・サシ・クセが語られます。女は、実は自分は胡蝶であるが、法華経により成仏できると思い、僧に声をかけたのだと話し、空へと消えていきます。中入となり、前シテは幕へと退場します。
- アイの所の男が登場し、ワキに一条大宮と梅の木のいわれについて語ります。
- 僧は、夢に胡蝶が現れるのを待ち、法華経を読んだあと、花の木の下で寝ることにします。ワキとワキツレは待謡を謡います。
- 一声の囃子で、後シテの胡蝶の精が現われます。
- 胡蝶の精は、望み通り、梅の花に飛びまわることができたことを喜びます。後シテは中ノ舞を舞います。
- 後シテは、謡に合わせて舞い続けます。胡蝶の精は、成仏できたことを喜び、夜が明けていく霞にまぎれて、消えて行きました。
- シテが幕へと退場します。ワキ・ワキツレが続きます。そして囃子方が幕へと、地謡が切戸口へと退場します。
ここに注目
能作者観世小次郎信光の作品は、〈船弁慶〉や〈紅葉狩〉〈羅生門〉など、荒々しい鬼が出てくるものがよく知られていますが、この〈胡蝶〉や〈遊行柳〉などの精霊物では、美しい舞を見せることに主眼を置いており、作風に幅があることを伺わせます。また、詞章には関連する様々な故事をちりばめるなど、ペダンティックな面も持ち合わせています。梅の花に縁がないことを嘆くという〈胡蝶〉の主題は、当時の五山文学の影響を受けています。
（文・江口文恵）
