銕仙会

銕仙会

曲目解説

項羽こうう

作者

未詳

場所

中国 烏江(うこう)の里  (現在の中国安徽省東部 揚子江の北岸)

季節

晩秋

分類

五番目物 猛将物

登場人物

前シテ

老船頭  じつは項羽の霊

面:朝倉尉など 着流尉出立(老人の扮装)

後シテ

項羽の亡霊

面:三日月など 小癋見出立(鬼形の人物の扮装)

ツレ

項羽の后・虞(ぐ)氏の亡霊

面:小面 側次女出立(中国の女性の扮装)

ワキ

草刈り男

水衣男出立(男性の労働姿の扮装)

ワキツレ

同行の草刈り男(2‐3人)

水衣男出立

アイ

土地の男

肩衣半袴出立(庶民の扮装)

概要

中国 烏江の里の草刈り男(ワキ)が家路に帰る途中、一艘の舟に乗ると、老船頭(前シテ)は船賃として一本の花を所望する。この花は“虞美人草”といい、昔この地で自害した項羽の后・虞氏の墓から咲き出たものであった。船頭は、一度は中国全土を制覇しながらも最後には敵に攻められて果てた項羽の故事を語ると、自分こそ項羽の霊だと明かし、姿を消してしまう。

男が弔っていると、項羽(後シテ)と虞氏(ツレ)の亡霊が現れた。二人は消えやらぬ執心に苛まれつつ、繰り返される最期の日の記憶を明かしはじめる。滅びゆく運命を悟って身を投げた虞氏、勇猛に戦いながらも遂に自害して果てた項羽は、そのときの有様を見せつつ消えてゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

古代中国。強大な勢力を誇った秦帝国の瓦解後、再び混乱の時代が訪れていた。そんななか、覇者・項羽は一度は天下統一の寸前まで登りつめるも、後には同じく覇権を狙う劉邦(りゅうほう)に追い詰められ、長江のほとり 烏江の地で自害したのであった――。

それから時は流れ、後の代。激動の歴史の舞台となったかつての面影は既になく、烏江の里には穏やかな秋の草花が咲き乱れていた。そんな草花を手に、この里に住む草刈りの男たち(ワキ・ワキツレ)が家路を急ぐ、ある夕暮れのこと。

2 前シテが登場し、ワキは前シテに声をかけ、舟に乗せてもらいます。

そこへ現れた一艘の舟。舟の中では老船頭(前シテ)が、秋の景色を楽しんでいた。

舟に乗ろうと声をかける男。船賃を持たない男に一度は乗船を断る船頭だったが、立ち去ろうとする男の後ろ姿を見るや、彼は何を思ったか男を呼び止め、乗船を許そうと言う。

時刻は早くも宵どき。昇りくる月、横たわる天の川の光が、烏江の水に影を落とす。天上を覆う星たちの煌めきの下、舟は川面を渡ってゆく。

3 前シテは、ワキの持つ虞美人草の花を所望します。

やがて舟は対岸に着いた。船頭は、再び男に船賃を要求する。当惑する男。しかし船頭が所望したのは、男のもつ一輪の花であった。彼の選んだ花は“虞美人草”。それは、昔この地で項羽の后・虞氏が身を投げたのち、彼女を葬った地に咲き出た花なのであった。興味を示す男に、船頭は項羽をめぐる昔物語を語りはじめる。

4 前シテは項羽の故事を語り(〔語リ〕)、自らの正体を明かして消え失せます。(中入)

――はじめは圧勝を続けた項羽も、やがて兵士たちの寝返りから、遂に敵軍に包囲される事態に。嘆く虞氏。愛馬・騅(すい)も主の運命を知り、もはや一歩も動こうとしない。項羽は従者を呼び、わが首を劉邦に与えよと命じると、自ら首を掻き落としたのだ…。

その時の記憶を語りだす船頭。「実は私こそ、項羽の霊魂。どうか、亡き跡を弔って下さいませ――」 そう言うと、彼は姿を消してしまうのだった。

5 アイが登場し、ワキに物語りをします。

そこへやって来た、この土地の者(アイ)。男はこの者を呼びとめ、項羽の最期にまつわる故事を尋ねる。一部始終を聞かされた男は、項羽の亡き跡に思いをはせるのだった。

6 ワキが弔っていると、後シテ・ツレが出現します。

非業の最期を遂げた項羽を偲び、経を手向けて懇ろに弔う男。

するとそこへ、項羽(後シテ)と虞氏(ツレ)の亡霊が現れた。「玉の宮殿の内に生きた昔。しかし今や野の土となり果て、身に添うものは鄙の月ばかり…」 矛を手に、今なお執心に満ちた面持ちの項羽。それにひきかえ虞氏の容貌は輝くばかりに美しく、さながら雲中の天女のよう。しかしそんな彼女の心にも、哀しみの記憶が湧き返る。敵に包囲され、滅びゆく運命を悟ったあの日。彼女もまた、過去に苦しみ苛まれていたのだった。

7 後シテ・ツレは、最期の戦の記憶に苦しみつつ消えてゆきます。(終)

――あの日、楼閣から身を投げた虞氏。項羽はその亡骸を探し求め、最愛の人を失った絶望に沈む。見れば、味方の兵士たちは次々に敵軍へ寝返り、こちらへ向かってくるではないか。怒りに満たされた項羽の心。彼は寄せ来る敵を蹴散らし、獅子奮迅の働きを見せる。しかし遂にはその力も尽き、彼はこの地の土と果てたのだった…。

今なお繰り返される、その日の光景。二人はその記憶に苦しみつつ、消えてゆくのだった。

(文:中野顕正)

今後の上演予定

(最終更新:2018年9月)
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