銕仙会

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曲目解説

小鍛冶こかじ

天下を治め、民を安んずる神の加護。その霊力をもつ王権の宝器”御剣”をめぐる物語。

作者 不詳
場所 前場:京都 三条宗近の邸宅 → 伏見稲荷大社
後場:京都 三条宗近の邸宅
季節 不定
分類 五番目物 霊験物
登場人物
前シテ 童子 面:童子 水衣着流童子出立(神秘的な童子の扮装)※
後シテ 霊狐(稲荷明神の使) 面:小飛出 小飛出出立(霊力を持った獣の扮装)※
ワキ 刀匠 三条宗近 〔前場〕掛直垂大口出立(武士・上級庶民の扮装)
〔後場〕直垂上下出立(正装した職人の扮装)
ワキツレ 勅使 橘道成 大臣出立(廷臣の扮装)
間狂言 宗近の下人 肩衣半袴出立(下級武士・庶民の扮装)

※前シテ・後シテの扮装は、小書により変化することがあります。

概要

高名な刀鍛冶である三条宗近(ワキ)のもとへ勅使(ワキツレ)が訪れ、新しく御剣を造れとの勅命を伝える。宗近は、自分に劣らぬ技量を持つ相鎚が居ないからと返答を渋るが、重ねて命令を蒙り、かくなる上は神頼みと、氏神である稲荷明神へ参詣する。そこに一人の童子(前シテ)が現れ、不思議な力を持つ昔の様々な剣の故事を語り、「剣を打ちたくば祭壇を築き我を待っておれ」と告げると、姿を消す。宗近が祭壇を築いて神に祈っていると、稲荷明神の使いの霊孤(後シテ)が現れ、宗近と力を合わせて天下無双の剣を打ち上げる。完成した御剣は勅使へと献上され、霊孤は稲荷山へと飛び去ってゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキツレが登場し、自己紹介をします。

時は平安朝、一条帝の御代。ある夜、帝は不思議な霊夢を御覧になった。その夢の告げによれば、新しく御剣を造れとのこと。帝は急ぎ、橘道成(ワキツレ)を勅使として、高名な刀鍛冶かたなかじである三条宗近のもとへとお遣わしになった。

2 ワキツレはワキを呼び出し、勅命を伝えます。

勅使は宗近の邸宅に向かい、帝の御意向を告げる。宗近(ワキ)は、「そのような特別な剣を造るには、自分に劣らぬ技量をもった相鎚あいづちが必要である」と言い、返答を渋るが、勅使から重ねて御剣の制作を命じられ、かくなる上は神頼みと、氏神・稲荷明神のもとへ参詣に向かうことにした。

3 前シテが、ワキに言葉をかけつつ登場し、二人は言葉を交わします。

稲荷社へ到着した宗近。そのとき、背後から彼を呼ぶ声がした。「そなたは三条の小鍛冶宗近、帝より御剣を打てとの仰せを賜って参詣したのだな…」 声の主は一人の童子(前シテ)。宗近は、「たった今命ぜられたばかりの出来事で、まだ誰にも話していないのに、どうして知っているのか」と訝るが、童子は、何事も隠れなき世の中であると答え、そのように帝の御威光も隠れないのだから剣も必ずや成就するだろうと告げる。

4 前シテは、剣にまつわる中国・日本の故事を語ります(〔クリ・サシ・クセ〕)

――いにしえ中国には、劉邦や煬帝、鍾馗大臣のもつ剣に、不思議な力が宿っていたという。また我が国の草創期にも、剣にまつわる伝説がある。まつろわぬ民を平定すべく東国を旅していた日本武尊やまとたけるのみことは、秋も深まる頃、山々の紅葉を眺めていたが、敵はその四方を囲み、枯れ草に火をかけて尊を焼き殺そうとした。しかしそのとき、尊が剣を抜いて四方の草を薙ぎ払うと、剣の神霊は嵐を起こして炎を吹き返し、かえって敵を滅ぼしたのだった…。

5 前シテは自らの正体を仄めかし、姿を消します(中入)。ワキも一度退場します。

「その草薙剣くさなぎのつるぎにも劣らぬ御剣を、そなたは今、打つのである。祭壇を築き、我を待っていよ。さすれば、我は神通力によってそなたの前に現れ、相鎚を致すであろうぞ…」 そう告げると、童子は稲荷山の方へと姿を消してしまったのだった。

6 間狂言が〔立シャベリ〕をし、退場します。

神社から帰った宗近は、童子の告げに従い、御剣を打つことを決心した。宗近の邸宅では、下働き(間狂言)たちが、御剣を打つための準備を進めている。

6.5 祭壇をあらわす作リ物が、舞台正面に運び出されます。

7 ワキが再登場し、剣の完成を願って神に祈りを捧げます。

宗近は、かの童子に告げられた如く、祭壇を築いて祈りを捧げる。「敬って申します。そもそも剣とは、イザナギ・イザナミの二神が国土を創るために用いた天逆矛から始まったもの。神々よ、我に力をお貸し下さり、無事にこの大役を成就させて下され…!」

8 後シテが現れ、ワキとともに剣を打ちます。

その時、一匹の霊孤(後シテ)が現れた。「宗近よ、そなたの願いは天に届いたぞ。心安く思うのだ」 そう告げると、霊孤は祭壇の上に飛び翔り、宗近と一緒に剣を打ち始める。
全身全霊、剣を打つ宗近。霊狐は宗近の弟子となって、相鎚の役をつとめる。剣を打つ祭壇からは火花が散り、その音は天地に響き渡る…。
こうして、一振りの剣が出来上がったのだった。

9 剣がワキツレに献上され、後シテは去ってゆき、この能が終わります。

三種の神器のひとつ・宝剣にも劣らぬ、天下第一のこの御剣。国家安泰・五穀豊穣も、この剣によってもたらされるのだ。稲荷明神の加護を受けた、神体にも等しいこの銘刀『小狐丸』が、いま、勅使に捧げられる。
こうして、御剣は帝に献上されたのだった。霊孤は「さらば」と言い捨てると、雲に飛び乗り、稲荷山へと飛び去っていったのだった。

小書解説

・黒頭(くろがしら)

通常の演出では、後シテは赤頭あかがしらという赤い毛をかぶり、力強い獣(本作の場合には狐)であることが表現されるのですが、この小書がつくと黒頭という黒い毛をかぶり、神秘的な霊力を放つ存在であることが表現されます。後シテ霊狐の、獣としての性格よりも、霊力をもった神の使者としての性格を強調する演出となっています。
また、それに伴い、前場・後場ともにシテの扮装も全体的に変化します。前シテは、通常の演出であれば「童子」という面を用いるのですが、この小書がつくと「喝食かっしき」という面を用い、それに伴って扮装も変化します。喝食とは、禅宗寺院において僧たちの世話をする少年のことですが、この小書ではその喝食をあらわす能面を用いることで、そうした神仏に仕える存在としての前シテの神秘性をより強調することとなっています。さらにこの小書では、前シテは、農耕神である稲荷明神の神徳の象徴・稲穂を持って出ることになっており、神の使者としての性格が前場においても強調されているといえましょう。
また、後シテが赤頭ではなく黒頭をかぶることは上述のとおりですが、それに伴い能面も変化します。すなわち、通常の演出であれば獣をあらわす「小飛出ことびで」を用いるのですが、この小書がつくと「狐蛇きつねじゃ」という、金色に彩色された、どこか恐ろしさすら感じさせる面を用いることとなり、後シテのもつ霊力がより一層強調されることとなります。
このほか、囃子事も一部変化するなど、一曲全体にわたって雰囲気が変わり、シテのもつ霊的なオーラが強調される演出となっています。

みどころ

皇室には、神代の昔より伝わる三つの霊宝があります。「八咫鏡やたのかがみ」「八尺瓊勾玉やさかにのまがたま」、そして「草薙剣くさなぎのつるぎ」です。中でも「草薙剣」をめぐっては、次のような伝説が伝えられ、その霊力が語られています。
──神代の昔。天界を追放された素戔嗚尊すさのおのみことが地上へ下ると、一人の泣いている少女がいた。聞けば、この地には八岐大蛇やまたのおろちという大蛇がおり、人々に悪さをするので、今日、彼女が生け贄として捧げられるとのことであった。素戔嗚尊は計略をめぐらし、酒を用意して大蛇に飲ませると、大蛇が酔った隙にこれを斬り殺し、村は平和を取り戻したのであった。そのとき、大蛇の尾から出て来たのがこの剣で、後に素戔嗚尊は姉である天照大神あまてらすおおみかみに献上し、以来、天照大神の子孫である天皇家に伝えられることになったのだった。
──時は下り、第12代 景行天皇けいこうてんのうの御代。天皇の皇子であった日本武尊やまとたけるのみことは、東国のまつろわぬ民を平らげるべく、この剣を帯して東へ下った。途中、敵の謀略に逢って、日本武尊は草むらの中で四方から火をかけられ、焼き殺されそうになったが、この剣で草を薙ぎ払い、かえって敵を滅ぼしたのであった。この故事によって、剣は「草薙剣」と呼ばれるようになったのであった。
このように、草薙剣は神聖な力をもって日本を守護していたのでしたが、大事件がおこります。元暦2年(1185)に壇ノ浦の戦いで平家が滅亡すると、皇室に伝わっていた草薙剣もまた、安徳天皇とともに海底に沈んでしまったのでした。この、日本を守護する宝剣の喪失は、末法思想や現実的な社会不安などど相俟って、中世の人々にとって深刻な問題となったのです。
そのような中で、草薙剣をはじめとする、霊的な力をもった古今東西の剣に対する関心が高まり、そういった剣にまつわる物語が盛んに語られるようになってゆきました。
本作も、そのような関心の中で書かれた、国家を守る霊剣の物語となっています。

過去に掲載された曲目解説「小鍛冶」(文・江口文恵)

近年の上演記録(写真)

・2011年1月定期公演「小鍛冶」シテ:観世淳夫
・2014年11月青山能「小鍛冶」シテ:鵜澤光
・2016年9月定期公演「小鍛冶 黒頭」シテ:片山九郎右衛門

(最終更新:2017年1月)

(文:中野顕正)

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