銕仙会

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曲目解説

小鍛冶(こかじ)

◆登場人物

前シテ 童子  じつは稲荷明神の眷属
後シテ 霊狐(稲荷明神の眷属)
ワキ 刀匠 三条宗近(さんじょうむねちか)
ワキツレ 一条天皇の勅使  橘道成(たちばなのみちなり)
アイ 三条宗近の下人

◆場所

【1~2】

 京都 三条宗近の邸宅

【3~5】

 京都南郊 伏見稲荷大社  〈現在の京都市伏見区深草〉

【6~9】

 京都 三条宗近の邸宅  [1~2と同じ場所]

概要

平安時代。霊夢を得た一条天皇は勅使(ワキツレ)を遣わし、三条宗近(ワキ)に御剣新造を命じる。有力な相鎚の居ない宗近は返答を渋るが、辞すること叶わず、彼は神仏の加護を願って稲荷明神に参詣する。そこへ現れた一人の童子(前シテ)。早くも勅命のことを知っていた童子は、昔の様々な霊剣、中でも草薙剣の故事を物語り、今度の御剣もそれに劣らぬ品になるだろうと告げる。童子は神の助力を予告すると、姿を消すのだった。

やがて、宗近が自邸に祭壇を築き、神に祈りを捧げていると、稲荷明神の眷属の霊孤(後シテ)が現れた。宗近を刀鍛冶の師と仰ぎ、刀剣作成の指南を乞う霊狐。こうして神の助けを得た宗近は、天下無双の霊剣“小狐丸”を打ち上げる。完成した御剣は朝廷に献上され、霊孤は稲荷山へと帰ってゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキツレが登場します。

世の中の争いを鎮め、平和を保つ“御剣”の霊力。それは、この国の永きにわたって御代の安寧と天下の繁栄とをもたらし続ける、王権の神秘のすがたであった――。

時は平安時代。一条天皇は、ある夜、不思議な霊夢を見た。それは、新しく御剣を造り上げよとの託宣の夢。事態を重く見た天皇は、当代随一の刀匠・三条宗近に御剣作成を命じるべく、さっそく勅使として橘道成(ワキツレ)を派遣するのだった。

2 ワキツレはワキを呼び出し、勅命を伝えます。

宗近邸を訪れた道成。彼は宗近(ワキ)を呼び出すと、勅命の趣を伝える。あまりの重責に恐縮する宗近。自分に匹敵する相鎚のいない現状では、冥慮に叶うほどの御剣を造り上げるなど夢のまた夢…。返答を渋る宗近だったが、厳重の勅命と言い渡され、進退ここに窮まってしまう。こうして宗近は、遂にこの大役を引き受けてしまうのだった。

3 前シテがワキに声を掛けつつ登場し、二人は言葉を交わします。

かくなる上は神頼み。宗近は神仏の力添えを願いつつ、氏神の稲荷明神へと向かう。

その時、背後から一人の童子(前シテ)が呼び止めた。勅命のことを早くも知っていた童子に、動揺する宗近。そんな彼に、童子は告げる。「何事も隠れない世の中、何の不審がありましょう。しかし中でも隠れないものこそ、世を守る御剣の霊光なのです。…だから信じ、頼みなさい。御代の恵みを信じるならば、必ずや願いは成就するでしょう――」。

4 前シテは、剣の霊力にまつわる故事を語ります(〔クセ〕)。

――古来より伝わる、剣の霊威の数々。わが国の草創期、遥か東国へと遠征の旅に赴いていた日本武尊は、初冬のある日、山々の薄雪を眺め、疲れた心身を休めていた。その隙を襲ってきた敵勢。敵は四方から一斉に火をかけ、炎はたちまち燃え上がる。すわ一大事というその時。尊が宝剣を抜いて草を薙ぎ払うと、剣の神霊は嵐を起こし、吹き返った炎は天地を満たしてゆく。こうして敵は亡ぼされ、天下は安泰を得たのであった…。

5 前シテは自らの正体を仄めかし、姿を消します。(中入)

「これこそが、霊剣・草薙剣の昔物語。…しかし今そなたが打つ御剣も、それに劣らぬ瑞相の品となるだろう。案ずるでない、祭壇を築いて私を待つのだ。私は必ずやそなたの前に現れ、神通力によって相槌のつとめを果たすであろう――」 宗近への助力を約束した童子。その言葉を遺し、童子は姿を消してしまうのだった。

6 ワキは一度退場し、代わってアイが登場します。

覚悟を決めた宗近。神社から帰った彼は、さっそく御剣新造の支度にとりかかる。邸宅内では宗近の下人(アイ)たちが、慌ただしく準備を進めていた。

7 ワキが再び登場し、剣の完成を願って神に祈ります。

やがて支度を調えた宗近。彼は新たに設えられた祭壇へ向かうと、神に祈りの言葉を唱えはじめる。『今、栄誉ある大役を仰せつかった三条宗近。これもひとえに、神代の昔より刀剣の道を伝えてきた先人たちがあればこそ。いま私が御剣を打つのは私利私欲に非ず、ひとえに天下国家のため。神々よ、力を貸して下さりませ…!』 宗近は天地に向かい、全身全霊で祈りを捧げる。

8 後シテが出現して神威のほどを見せ(〔舞働〕)、ワキとともに剣を打ちます。

そのとき、辺りは神秘的な雰囲気に包まれた。吹き乱れる風、響きわたる音とともに出現した、一匹の霊孤(後シテ)。「宗近よ、そなたの願いは天に届いたぞ。心安く思うのだ…!」 霊狐は祭壇に飛び翔り、宗近を刀鍛冶の師と仰ぐ。畏れ多さにうち震えつつも、相槌の技術を伝授する宗近。祭壇からは火花が飛び散り、その音は天地に響くほど。

――こうして、一振りの剣が完成した。

9 剣がワキツレに献上され、後シテは去ってゆきます。(終)

表裏に刻まれた、師弟二人の名。こうして出来上がった二ツ銘の御剣“小狐丸”は、かの草薙剣にも劣らぬ天下無双の霊剣であった。平和と豊饒とをもたらす、稲荷明神の加護を受けた神体の御剣。御代を守護するこの神剣が、いま、勅使に捧げられる。

かくして成し遂げられた、宗近の偉業。霊狐はそれを見届けると、別れを告げて叢雲に乗り、稲荷山のかなたへ飛び去ってゆくのだった――。

(文:中野顕正  最終更新:2019年02月15日)

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