銕仙会

銕仙会

曲目解説

小袖曽我こそでそが
 

作者

未詳

場所

伊豆国 曽我兄弟の母の家  (現在の静岡県東部、伊豆半島)

季節

仲夏

分類

四番目物 侍物

登場人物

シテ

兄・曽我十郎祐成(すけなり)

直面 掛直垂大口出立(武士の扮装)

ツレ

弟・曽我五郎時致(ときむね)

直面 掛直垂大口出立

ツレ

兄弟の母

面:深井 唐織着流女出立(女性の扮装)

トモ

兄弟の家臣 鬼王

直面 素袍上下出立(従者の扮装)

トモ

兄弟の家臣 団三郎

直面 素袍上下出立

アイ

兄弟の乳母 春日局

ビナン縫箔着流出立(下女の扮装)

概要

鎌倉時代初頭。源頼朝は大勢の家臣たちを率い、富士山麓で狩りの催しを企画していた。その家臣の一人・工藤祐経にかつて父を討たれた曽我祐成(シテ)・時致(ツレ)の兄弟は、この機に乗じて仇を討とうと計画し、暇乞いのため母(ツレ)のもとへ向かう。ところが、かつて寺に預けられていた時致は、言いつけを破って寺を出たため母の怒りに触れ、勘当を受けた過去をもつ。祐成は何とか弟を許して貰おうとするが上手くゆかず、果ては「時致の話題を口に出すなら祐成も勘当する」と言われる始末。意を決した祐成は弟を連れて母の前に進み出ると、この年月の時致の胸中を訴え、狩場へと向かう決意を語り、それを理解してくれぬ母へ恨み言を言う。立ち去ろうとする二人の姿に、ついに勘当を解こうと宣言する母。兄弟は喜びの涙を流しつつ、母とともに門出の酒宴を催して颯爽と舞を舞うと、狩場へ出発してゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 シテ・ツレ(時致)・トモ(鬼王・団三郎)が登場します。

鎌倉時代初頭。名実ともに東国の王者となった源頼朝は、並み居る家臣たちを率い、富士の裾野で大規模な狩りの催しを企画していた。その噂を聞きつけたのが、曽我祐成(シテ)・時致(ツレ)の兄弟。二人は、頼朝の家臣・工藤祐経によって父を謀殺された過去をもつ。兄弟は、この機に乗じて父の仇を討とうと、計画をめぐらしていた。

いよいよ狩場への出発の日。二人は最期の暇乞いのため、母の家へと向かうところである。

2 シテはアイに取り次ぎを頼み、ツレ(母)のもとへ通されます。

母の家に着いた兄弟。案内を請う祐成に、乳母の春日局(アイ)は告げる。「奥様は常々、祐成が来たら案内せよ、時致が来たら追い返せと仰っています」 実は時致は、かつて僧になるはずであったところ、父の仇を討つべく勝手に寺を出てしまい、母の怒りに触れていたのだった。祐成はそんな哀れな弟を気遣い、自分が来たことだけ伝えるようにと命じる。こうして祐成ひとり、家の内へと通されるのだった。

3 シテはツレ(母)と言葉を交わし、ツレ(時致)はその様子を見て涙します。

母(ツレ)のもとへ通された祐成。彼は言う。「このたび頼朝公は、富士の裾野で狩りを催すとのこと。私も数ならぬ身ながらお供に参るべく、その道すがら、こちらへも伺ったのです」 それとなく今生の別れをする祐成。母は、久しぶりのわが子との対面を喜ぶ。

その様子を外から窺っていた時致。母と楽しげに語らう兄とはひきかえ、自分は同じ子の身でありながら、目通りさえ許されない…。彼はひとり、静かに涙するのだった。

4 ツレ(時致)は母のもとへ向かおうとしますが、拒否されてしまいます。

上機嫌な様子の母。戻ってきた祐成は、時致も会ってみるよう勧める。ためらいつつも案内を請う時致だったが、春日局は彼の声を無視する。そのとき、奥から母の声が聞こえてきた。「おや、今のはどこの誰かしら。…ああ、思い出した。母の言いつけを破って寺を抜け出た、あの馬鹿者の箱王丸か。あのような者は子ではない。何しに来たのだ――!」 聞こえよがしに非難し、戸を閉めてしまった母。時致は、余りの仕打ちに呆然とする。

5 シテとツレ(時致)が言葉を交わしていると、アイが母の言葉を伝えに来ます。

そうとは知らず、二人の和解を心待ちにする祐成。ところが家から出てきたのは、悔しげに泣く時致の姿であった。

そのとき、春日局は母の伝言を伝えにきた。「時致の話題を出すならば、今後は祐成も勘当する――と、奥様は仰っています」 その言葉に愕然とする二人。意を決した祐成は、渋る時致を伴い、こんどは兄弟連れ立って母のもとへ向かう。

6 シテ・ツレ(時致)はツレ(母)

母の前に進み出た祐成は、涙ながらに訴える。「世に隠れなき、我々の仇討ちの望み。しかし私一人では叶わず、弟の力は不可欠なのです。その時致の思いを汲んで下さらぬとは…。仮に弟が僧になったとて、『仇討ちから逃げた卑怯者』と嘲笑されるのが関の山。弟は寺にいた時、母の幸福や父の冥福を祈り、修行に励んでいました。それなのに勘当を受け、母恋しさもいかばかりか。しかも我々が向かう先は狩場、父の討たれた因縁の地なのです。そんな私達を、心にかけては下さらぬのですか…」 嘆き訴え、去ろうとする二人。

7 ツレ(母)は遂に勘当を許し、シテ・ツレ(時致)は喜びつつ〔男舞〕を舞います。

その時、母はついに声を上げる。「どうか行かないで! 時致の勘当は許すから――」 勘当を解こうと宣言する母。夢にまで見た母子の和解に、兄弟は感涙に咽ぶのだった。

天にも昇る心地の時致。この晴れの門出を祝うべく、三人は酒宴をはじめる。酌に立った祐成は、弟の手を引くと、ともに舞を舞いはじめた。それは、立派に成長した弟の姿を、そして兄弟の最後の勇姿を母に見せようとの、彼の計らいなのであった。

8 シテ・ツレ(時致)はめでたく舞い納め、狩場へと向かってゆきます。(終)

舞を舞いつつ、顔を見合わせる二人。思えば、これが母との今生の別れ。尽きぬ涙を押さえ、二人は名残りを惜しむ。そうするうち、早くも出発の時刻。兄弟は母に暇を請うと、そのまま狩場へと向かってゆく。目指すは父の仇、向かうは富士の裾野の狩場。今こそ、胸にくすぶる恨みの煙を晴らし、名を後代に留めるとき。二人は、運命の地への思いを胸に、勇んで出発してゆくのだった。

(文:中野顕正)

(最終更新:2018年6月)

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