銕仙会

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曲目解説

鞍馬天狗(くらまてんぐ)
 

作者  不明
素材  源義経(牛若丸)の伝説
場所  京都、鞍馬山
季節  春
分類  五番目物、天狗物

 
登場人物

前シテ  山伏  山伏出立、直面[ひためん](面をつけません)
後シテ  大天狗  天狗出立、大癋見[おおべしみ]
前子方  牛若丸  児袴出立[ちごばかまいでたち]
後子方  牛若丸  鉢巻水衣大口出立[はちまきみずごろもおおくちいでたち]
子方  稚児たち数人  児袴出立
ワキ  鞍馬山の僧  大口僧出立[おおくちそういでたち]または着流シ僧出立
ワキツレ  鞍馬山の僧たち  大口僧出立または着流僧出立)
オモアイ  寺の男  能力出立[のうりきいでたち]
アドアイ  木葉天狗 数人  小天狗出立

 

あらすじ
鞍馬山の東谷の僧が平家一門の稚児たちを連れて花見に行きますが、花見の場へ見知らぬ山伏が現れたので、興をそがれた一行は立ち去ります。源氏の牛若丸が一人だけ居残り、山伏に言葉をかけて一緒に桜を眺めます。山伏は、自分は鞍馬山の大天狗であると明かし飛び去ります。翌日、まず小天狗たちが出現して太刀の稽古をしています。そこへ牛若がやって来て、大天狗も現れます。天狗は牛若を守護することを約束して消え失せました。
 
能の物語

  1. 都の鞍馬山の奥にある僧正が谷[そうじょうがたに]に住む山伏(前シテ)が鞍馬山で花見があるので、少し離れたところから花を眺めようと思い立ちます。
  2. 鞍馬寺の西谷の男(オモアイ)が東谷へ手紙を持ってやって来ます。
  3. 東谷の僧(ワキ)は手紙を読み上げ、ほかの僧たち(ワキツレ)や稚児を伴って花見に出かけます。一行は桜の木陰で花を眺めています。
  4. 男が花見の会の慰みに舞を舞っていると山伏が姿を見せます。
  5. 不作法な者だと男は追い払おうとしますが、僧は「花見は明日でもよい」と言い、稚児を連れて帰ってしまいました。男は山伏に悪口を投げつけるも、やはり敵わないとみて去って行きます。花のもとには一人の少年が居残っています。
  6. 山伏が花見の場から疎外された自分と一人残った少年を思い嘆いていると、少年が山伏に一緒に花を眺めましょうと声をかけます。思いがけず声をかけられた山伏は感謝の言葉を言い、少年に恋心にも似た親しみを感じます。
  7. 山伏はほかの稚児たちは帰って行ったのにどうして一人残っているのかと尋ねます。少年は、ほかの者は皆、平家の子供たちなので寺でも大切にされているけれど、自分は同じ寺の稚児なのに仲間外れであると答えます。それを聞いた山伏はその身の上に同情し、少年が源義朝の子供で遮那王[しゃなおう]と名付けられた牛若丸であることを見抜きます。やがて鐘の音が響き、夕暮れが訪れました。山伏は牛若丸に鞍馬山から見える遠くの花の名所を教えます。
  8. 牛若が自分に優しくしてくれた山伏に名前を尋ねます。山伏は、自分は鞍馬山の大天狗であると正体を明かし、牛若に平家を滅ぼすために兵法の秘伝を授けよう、明日会おうと言って雲を越え、飛び去ってしまいました。
  9. 木の葉天狗たち(アドアイ)が現れ、武芸の稽古をしていますが、牛若の相手をするのを恐れて一同は退散していきます。
  10. 牛若が鉢巻をしめ、凛々しくも花やかな姿で鞍馬山にやって来ます。
  11. 大天狗(後シテ)が彦山、白峰、大山など名だたる山々の天狗を引き連れて現われます。
  12. 大天狗は牛若に、漢の国の張良[ちょうりょう]が黄石公[こうせきこう]に兵法の秘伝を伝授された話を語って聞かせます。
    張良と黄石公が馬で行き会ったときのこと。黄石公は履いていた左の沓[くつ]を落とし、張良に取って履かせよと言いました。次に出会ったときは左右の沓を落として同じように命じました。張良は忍耐して、何度も沓を取って履かせ黄石公を敬いましたので、兵法の奥義を授けられたのです。
     牛若も恐ろしい姿の大天狗を兵法の師匠として敬っています。それも平家を滅ぼそうと思う殊勝な心ゆえです。
  13. 大天狗は威勢を示すと牛若に飛行自在の兵法を伝授し、暇乞いをします。牛若が天狗の袂にすがると、大天狗は将来の合戦でも側を離れずに守護しようと言って、梢に翔って消え失せてしまいました。

 

ここに注目
源義経が牛若丸と呼ばれていたころの幼少時代の物語と、日本に伝わった張良の物語を素材とした能です。前半には大勢の花見の稚児が舞台に登場する華やかな場面があり、そのあとには満開の桜のもとで山伏と牛若の心のふれあいが描かれています。この場面の謡は中世の流行歌を収めた歌謡集『閑吟集』にも載っています。稚児に情愛をかける中世の様相がうかがえる謡です。
後半は堂々とした大天狗の演技が見どころです。天狗といえば鼻の高い赤い顔が思い浮かびますが、能の天狗は羽団扇を手にし、「大癋見」という能面の中でも、目や鼻が大きく彫りが深い面をつけた姿で表現されます。真一文字に結んだ口からは精神的な強さも伝わってくるようです。鞍馬山は平安時代から桜、紅葉の名所として有名で、修験道の霊山でもありました。その山に住む天狗は山伏の姿とも重なり、山の自然そのもの、また人知の及ばない存在として考えられてきました。能〈鞍馬天狗〉の天狗も牛若が将来、西の海で平家を滅ぼすという予言をするような不思議な力を見せます。
大天狗が登場するときの囃子は「大ベシ」といい、実は「早笛[はやふえ]」という龍神・鬼・神などが登場する囃子とメロディーが同じです。「早笛」はその名の通りテンポが速くスピード感がありますが、「大ベシ」はそれに比べ、ゆっくり重みを保って演奏されます。観世寿夫氏は「大ベシはゆっくり、どっしりしているけれど、実際には地上から見たジェット機のようなもので、非常な速さで飛んでいるのに、我々はゆっくり飛んでいるように見える。それが大ベシなのだ」と語られたそうです。
 

(文:中司由起子)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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