松虫の鳴く淋しい野。いつまでも変わらぬ想いで友を偲ぶ、秋の夜の旧懐の舞…。
作者 | 不明 金春禅竹か |
場所 | 摂津国 阿倍野 |
季節 | 晩秋 |
分類 | 四番目物 執心男物 |
前シテ | 里の男 | 直面 水衣大口男出立(労働に従事する男の扮装)など |
後シテ | 男の霊 | 面:痩男など 水衣大口痩男出立(男の亡霊の扮装)など |
前ツレ | 里の男(三人) | 直面 水衣大口男出立(労働に従事する男の扮装)など |
ワキ | 酒売りの男 | 素袍上下出立(一般的な男性の扮装) |
間狂言 | 里人 | 長上下出立(一般的な男性の扮装) |
概要
摂津国 阿倍野の市の酒売り(ワキ)のもとに、いつも訪れては仲間たち(ツレ)と酒宴をしていた若い男(シテ)がいた。彼は酒売りに「松虫の音に友を偲ぶ」故事として昔の二人の男の心の交流を語り、実は自分がその男の幽霊なのだと明かして消え失せる。夜、男の霊(後シテ)が酒売りの夢枕に現れ、友と心通わせた日々、友との心を繋ぐ酒の徳などを語り、旧懐の舞を舞う。
ストーリーと舞台の流れ
1 ワキが登場し、自己紹介をします。
ここは、摂津国 阿倍野の市。この市の酒売り(ワキ)のもとに、いつも大勢でやって来ては酒盛りをして帰ってゆく、不思議な若い男たちがいた。酒売りは、今日も来たならば名を尋ねようと思いつつ、酒を売る準備をしている。
2 シテ・ツレが登場し、ワキと対話します。
肌寒い秋の朝、まだ草葉が露で濡れている頃。
その中を、男たち(シテ・ツレ)がいつものように、酒を買いにやって来た。酒売りは、彼らのためにたっぷり仕入れておいたから、今日は心を慰めてゆっくりしていけと言う。
秋の風吹くこの季節、菊の花を愛で、暖め酒で友とのひとときを楽しもう。松虫の鳴きごえ尽きぬ秋の風情。いつまでも変わらぬ友こそが、市で得た一番の宝なのだ…。
その中を、男たち(シテ・ツレ)がいつものように、酒を買いにやって来た。酒売りは、彼らのためにたっぷり仕入れておいたから、今日は心を慰めてゆっくりしていけと言う。
秋の風吹くこの季節、菊の花を愛で、暖め酒で友とのひとときを楽しもう。松虫の鳴きごえ尽きぬ秋の風情。いつまでも変わらぬ友こそが、市で得た一番の宝なのだ…。
3 シテは昔物語をします。
そのとき、酒売りは「今の言葉の中で、『松虫の鳴きごえに友を偲ぶ』というのには、何か謂われがあるのですか」と尋ねる。男は語り出す。
――昔、この阿倍野の松原を、連れ立って通る二人の男がいた。ちょうど松虫の鳴きごえが面白く聞こえてきたので、一人がその音を慕って聴きに行ったが、暫くしても戻ってこないので、心配したもう一人の男が見に行くと、さきの男は草の上に倒れて亡くなっていた。死ぬときは一緒と思っていたのにと泣き悲しむが、どうしようもないのであった…。
――昔、この阿倍野の松原を、連れ立って通る二人の男がいた。ちょうど松虫の鳴きごえが面白く聞こえてきたので、一人がその音を慕って聴きに行ったが、暫くしても戻ってこないので、心配したもう一人の男が見に行くと、さきの男は草の上に倒れて亡くなっていた。死ぬときは一緒と思っていたのにと泣き悲しむが、どうしようもないのであった…。
4 シテは自分の正体を明かして消え失せます。
「人知れずと思っていたのに、松虫の音に友を偲ぶことで、忍んでいた浮き名が世に漏れてしまうのは恥ずかしい…」と男は言う。「今でも松虫の音に誘われて、姿をやつして昔の亡霊がやって来ていたのだ、もうこれまで…。」そう言うと、男たちは人影に隠れて消えてゆく。が、さきほどの男はなぜか一人残る。
松虫の音も、私を待っている声。「秋の野に人まつ虫の声すなり 我かと行きていざとむらはん」という古歌のように…。 そう言うと、男も松虫の音とともに消えてしまった。
松虫の音も、私を待っている声。「秋の野に人まつ虫の声すなり 我かと行きていざとむらはん」という古歌のように…。 そう言うと、男も松虫の音とともに消えてしまった。
5 間狂言がワキに物語りをし、退場します。
そこへ、酒売りの常連客(間狂言)がやってきた。酒売りは彼に、「松虫の音に友を偲ぶ」故事について聞きたいと言い、男は昔の二人の男の物語を語って聞かせる。酒売りが先刻の不思議な男の話をすると、彼はその者こそ昔の男の霊であろうと言い、彼を弔ってやるよう言い残して帰っていった。
6 ワキが霊を弔っていると後シテが登場します。
松風が肌寒い秋の夜更け、酒売りが男のために弔いをしていると、以前の男が往時の姿で現れ(後シテ)、酒売りの弔いを感謝する。「行く末長く変わるまいと契った友のことが偲ばれて、ああ、なつかしい…」と、男の霊は旧懐にひたるのであった。
7 シテは酒を讃え友を偲び、〔黄鐘早舞(おうしきはやまい)〕を舞います。
――奥山の菊の水、曲水の宴の盃。そのように酒を楽しむ中にも、昔の故事に、中国・廬山の虎渓で、慧遠禅師が親しい友たちと酒を酌み交わしたことが思い出される。それは昔の聖人たち、今の我々は皆が友と酒を酌み交わし、人間でない木々までが真っ赤に紅葉している。だた一人友を待つ松虫の音に、私も舞い遊ぼう…。
そういうと、男は舞を舞い始める。
そういうと、男は舞を舞い始める。
8 やがて朝となり、シテは消え失せて、この能が終わります。
秋の夜。千草に集まる虫の音の中にも、松虫の音はリンリンと、淋しい音をたてている。
そうしている内に、早くも難波の鐘の音が響き、空は白みはじめた。男の霊は「さらばよ友人」という声を残して消えてゆく。あとには虫の音だけが残っているのであった…。
そうしている内に、早くも難波の鐘の音が響き、空は白みはじめた。男の霊は「さらばよ友人」という声を残して消えてゆく。あとには虫の音だけが残っているのであった…。
みどころ
本曲をはじめ、古典に登場する「松虫」が現在のスズムシに当たることはよく知られていますが、本曲にも描かれる「リン、リン、リン」という透き通った美しい鳴きごえとともに、松虫の「まつ」が「人を待つ」を連想させることも、本曲の情趣づくりに貢献しています。「秋の野に…」の歌は、『古今和歌集』に載っている、この能の書かれた時代の知識人なら誰もが知っていた歌ですが、本曲はこの歌を巧みに利用することで、松虫(スズムシ)の鳴く秋の野の淋しげな美しさと、そこで閑かに友を偲ぶ情趣を描き出しています。
本曲は、惹かれあう二人の男の、心の交歓がテーマとなっていますが、同時に「酒」がサブ・テーマのようになっています。
たとえば能「猩々」に「盃も浮かみ出でて、友に逢ふぞ嬉しき」とあるように、酒は友との心からの交流をするための、媒となるものでありました。本曲では、物語の中で酒を酌み交わし、酒を讃えることで、ワキの酒売りをも、さらにはこの能の観客までも、本曲のテーマである深い友情の輪の中へといざなってゆきます。本曲において、酒を讃える〔クセ〕は、そしてその〔クセ〕を経て感極まって舞い出す〔黄鐘早舞〕は、過去の友情を、現在に再現する役割を果たしているといえましょう。
たとえば能「猩々」に「盃も浮かみ出でて、友に逢ふぞ嬉しき」とあるように、酒は友との心からの交流をするための、媒となるものでありました。本曲では、物語の中で酒を酌み交わし、酒を讃えることで、ワキの酒売りをも、さらにはこの能の観客までも、本曲のテーマである深い友情の輪の中へといざなってゆきます。本曲において、酒を讃える〔クセ〕は、そしてその〔クセ〕を経て感極まって舞い出す〔黄鐘早舞〕は、過去の友情を、現在に再現する役割を果たしているといえましょう。
本曲の終曲部分で、シテはワキに対して「さらばよ友人(ともびと)」と声をかけます。この主人公である男にとっての友人とは、昔物語に登場するもう一人の男であるとともに、このワキでもある…。昔の友と今の友、過去と現在とが重なり合って、ひとつの作品世界が作られてゆくところに、この能の魅力があるといえましょう。
(文:中野顕正)
近年の上演記録(写真)
(最終更新:2017年5月)