銕仙会

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曲目解説

通盛(みちもり)

◆登場人物

前シテ 漁師の老人  じつは平通盛の霊
後シテ 平通盛の幽霊
ツレ 海女  じつは小宰相局(こざいしょうのつぼね)の霊
ワキ 夏安居の僧
ワキツレ 同行の僧
アイ 土地の男

◆場所

 阿波国 鳴門浦  〈現在の徳島県鳴門市〉

概要

鳴門浦に滞在し、この地で果てた平家の人々へ経を手向ける僧たち(ワキ・ワキツレ)。ある夜、僧たちが磯辺で読経をしていると、漁舟に乗った老人(前シテ)と女(ツレ)が現れた。舟の篝火を借りて読経の便りとする僧と、その経を聴聞する二人。二人は、一ノ谷で戦死した夫・平通盛の後を追ってこの浦で入水した小宰相局の故事を語ると、そのまま海に飛び込み、姿を消してしまう。実はこの二人こそ、通盛と局の霊なのであった。

やがて、僧たちの弔いに引かれ、通盛(後シテ)と局(ツレ)の霊が往時の姿で現れた。二人は合戦前夜の最期の別れの記憶を語り、さらに通盛討死の様子を再現して見せる。今なお妄執に苦しんでいた二人だったが、手向けられた法華経の功徳によって、最後には成仏を遂げるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

阿波国 鳴門浦。四国と淡路島との間に位置するこの浦は、西海に至る船路の要衝。そしてそれは、いにしえの源平合戦の記憶が刻印された、悲しみの海でもあった――。

この浦に滞在する、僧の一行(ワキ・ワキツレ)。夏の定住修行のさなか、彼らはこの浦で果てていった平家の人々に思いを馳せ、毎夜経を手向けていた。沖ゆく舟の楫音ばかりが、幽かに聞こえてくる夕暮れどき。僧たちは、今日も磯へと赴くところである。

2 前シテ・ツレが登場します。

夕陽が西に傾き、遠くから聞こえてくる鐘の音に夜の近いことを知る頃。沖ゆく舟に乗っていたのは、老人(前シテ)と女(ツレ)であった。「昨日は過ぎ、今日も間もなく暮れてゆく。そして明日からも続いてゆく、変わらぬ毎日。渡世に明け暮れるままに、次第に近づいてくるのはこの身の果て…」 昇りゆく月に照らされた、この浦の致景。それを慰みに日々を過ごす、賤しき海士の生業なのであった。

3 ワキは前シテ・ツレと言葉を交わします。

風の音にまじって聞こえてきた、読経の声。老人は舟を漕ぐ手を止め、二人は静かに聴聞しはじめる。そうする内に夜も更け、月は波のかなたへ沈んでゆく。降り出してきた夜の雨の中で、ひとり寂しげに揺らめくものは、漁舟に焚く篝火の影――。

その影に気づいた僧。彼は舟を呼び寄せ、火の光を頼りに経を読む。罪業深き漁火も、仏縁を結ぶ善火となった。この有難い読経の声に、二人はじっと耳を傾けるのだった。

4 前シテ・ツレは小宰相局入水の故事を物語り、姿を消します。(中入)

篝火の提供に感謝し、この浦で果てた平家の人々について尋ねる僧。二人は語る。「一ノ谷の敗戦後、この地へ逃れ着いた平家一門。その時、小宰相局は乳母に告げます。『親しい人々は都に留まり、夫の通盛も討たれた今、生きていたとて何になろう…』 そうして船端に臨んだ局は、引き留める乳母の手を振り払うと、こう、海に身を投げたのです」 その言葉を遺し、海に飛び込む二人。二人は、そのまま波底へと消えてゆくのだった。

5 アイが登場し、ワキに物語りをします。

驚いた僧。彼は浦の男(アイ)を呼び止めると、局の悲劇の物語を尋ねる。男の語る言葉に耳を傾けていた僧は、そのとき、先刻の二人の正体に気づく。

6 ワキが弔っていると、後シテ・ツレが出現します。

法華経を手向け、かの夫婦の菩提を弔う僧たち。やがてその声に引かれ、波の底から男女の姿が浮かび上がってきた。それは、在りし日の美貌をたたえた小宰相局(ツレ)と、輝くばかりの鎧兜に身を包んだ平通盛(後シテ)の、二人の幽霊。通盛は、平家に隠れなき武将としてのわが身を思いつつ、合戦の記憶を語りはじめる。

7 後シテは、小宰相局との最期の別れの記憶を語ります(〔クセ〕)。

――決戦を明日に控え、生田の地へと集結してゆく平家の精鋭たち。その中で、通盛はひとり宿所に忍び帰ると、局に最期の別れを告げる。名残りを惜しむ盃に、うたた寝の床で交わす睦言のひととき。しかし、それも長くは続かなかった。聞こえてきたのは、弟・教経の声。『兄上はどこにいる、遅参とはどうしたこと――!』 実の弟に叱責される身の恥ずかしさ。通盛は後ろ髪を引かれつつも、戦場へ向かってゆくのだった…。

8 後シテは自らの最期の様子を見せ、やがて成仏してゆきます。(終)

「やがて合戦も半ばを過ぎ、経正・忠度も討たれた。私も名ある侍と切り結び、討死を遂げようと決意すると、折しも馳せ駆けて来た木村重章を迎え撃つ。返す刀で相手と刺し違え、こうして討死を遂げた私は、今なお修羅道の苦患を受け続けているのだ…」。

妄執に苦しむ通盛。しかしやがて、そんな彼の苦痛も和らいでゆく。法華経の功徳によって心の鬼を鎮め、慈悲の思いを体得した彼は、妻の小宰相局もろともに、成仏を遂げてゆくのだった――。

(文:中野顕正  最終更新:2019年07月11日)

舞台写真

・2015年06月12日 定期公演「通盛」シテ:西村高夫

今後の上演予定

・2019年07月12日 定期公演「通盛」シテ:観世銕之丞

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