銕仙会

銕仙会

曲目解説

三輪みわ

作者

未詳 金春禅竹か

場所

〔前場〕三輪山中 玄賓僧都の庵  (現在の奈良県桜井市茅原 玄賓庵)

〔後場〕三輪山麓 三輪明神の神前  (現在の奈良県桜井市三輪 大神神社)

季節

晩秋

分類

四番目物 夜神楽物

登場人物

前シテ

里の女  じつは三輪明神の化身

面:深井など 唐織着流女出立(女性の扮装)

後シテ

三輪明神

面:増など 風折長絹女出立(男装の女神の扮装)

ワキ

玄賓(げんぴん)僧都

着流僧出立(僧侶の扮装)

アイ

三輪の里の男

長裃出立(庶民の扮装)

 

概要

三輪山中に庵を結ぶ玄賓僧都(ワキ)のもとに、いつもやって来ては花と水を捧げる女(前シテ)がいた。晩秋のある日、夜寒をしのぐ衣を玄賓から授かった女は、自分は三輪の里に住む者だと名乗ると、杉の木を目印に訪ねて来てほしいと告げ、姿を消す。

そこへ里の男(アイ)が訪れ、玄賓の衣が三輪明神の神木の杉に懸かっていたと教えられる。実は先刻の女こそ明神の化身であった。玄賓がその神木のもとへ行くと、三輪明神(後シテ)が出現し、玄賓に感謝を述べる。明神は、自ら罪を背負うことで人々を仏道へ導くわが身の行いを明かし、いにしえ男の姿で現れ一人の女のもとへ通った故事を語る。明神はさらに、先刻の授衣こそが罪の苦しみを和らげる法の恵みであったと明かすと、その礼として天岩戸の神秘を見せ、神道の奥秘を玄賓に伝えるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

大和国 三輪山。三輪明神の鎮まるこの山は、古来より人々の信仰を集める霊地である。

その山中に庵を結ぶ、一人の僧がいた。彼の名は玄賓(ワキ)。もと興福寺のエリート僧として多くの人々に慕われていた彼は、俗世の喧噪を厭い、今はこの山中で隠棲生活を送っていたのだった。毎日やって来る一人の女を除いては、訪ねる者もいない草庵の内。彼は今日も、心静かに修行に励んでいた。

2 前シテが登場します。

その頃、三輪の山道を踏みしめつつやって来る、一人の女(前シテ)がいた。仏に供える花と水とを携え、年闌けた身で道なき道をひた歩む女。彼女こそ、隠遁生活を送る玄賓の庵を毎日訪れる、たった一人の来訪者であった。「徒らに命ながらえ、この世に朽ち残った衰えの身。三輪の里に侘び住まいの日々を過ごすばかりの、浅ましい私の姿…」 彼女は生きる苦しみを胸に、仏の救いを願いつつ、玄賓のもとへ通っていたのだった。

3 前シテはワキのもとを訪れます。

草庵にたどり着いた女。庵の中では、玄賓がひとり心を澄ましていた所であった。女は玄賓に花と水とを捧げ、この山中の風情を共に眺める。

季節は晩秋。冷たい月の光が庭の面を照らし、鳥の声だけが聞こえてくる隠逸の空間。秋風は冴えわたり、落葉と葎(むぐら)に閉ざされた幽閑の地で、かすかに耳に届くものは下樋を流れる水音ばかり。この草庵こそ、そんな寂静の世界なのであった。

4 前シテはワキから衣を授かり、自らの正体を仄めかして消え失せます。(中入)

やがて夜も更け、秋の冷気が肌身に沁みる時刻。夜寒をしのぐ衣を授かりたいとの女の願いに、玄賓は一枚の衣を与えてやる。

立ち去ろうとする女。いつも彼女の来訪を不思議に思っていた玄賓は女を呼び止め、今日こそ彼女の名を尋ねようとする。そんな玄賓に、女は口を開く。「私の住み家は三輪の里。杉の木を目印に、お越し下さいませ…」 そう告げると、女は姿を消すのだった。

5 アイが登場して作リ物に懸かった衣を見つけ、ワキのもとを訪れます。

その頃――。三輪明神へ参詣に訪れた里の男(アイ)は、不思議な物を発見する。神木の杉の枝に、一枚の衣が懸かっていたのだ。見れば、この山中で修行する玄賓の衣。不審に思った男は、玄賓の庵へと向かう。

男から一部始終を聞かされた玄賓。その衣は女に与えたもの。さては彼女こそ、三輪明神の化身であったのか。そう気づいた玄賓は、彼女の言い遺した言葉に従って里へと向かう。

6 ワキは衣を見つけます。

山を下りた玄賓が三輪明神の境内へ向かうと、神木の杉の間に、確かに先刻の衣が懸かっていた。見れば、衣には金色の文字で和歌が記されていた。

『この地の名に負う“三輪”――実はそれは、法の恵みを与えあう営みをさす言葉。それはこの上なく清らかなこと。ちょうどこの衣を授けてくれた時の、そなたの志のように…』

7 後シテが作リ物の中で謡い出し、やがて姿を現わします。

そのとき、気高く厳かな声が、杉の木蔭から聞こえてきた。『神の身といえど、救いへの願いは同じこと。こうしてそなたと出逢えたこと、嬉しく思っておるぞ――』。

聞こえてきた神託に、随喜の涙を流す玄賓。神の示現を願う彼に、声は続ける。「恥ずかしき我が姿。どうかこの身の罪を救ってくれよ…」 それは、衆生を救うために神が背負う罪。今こそ、その姿を現わすとき。その声とともに、三輪明神(後シテ)は出現した。

8 後シテは、罪を背負いつつ人々を救う自らの行いを明かします(〔クセ〕)。

人々を導くべく濁世に身を投じ、自ら罪の苦しみを負う神の姿。明神は、そんな自身の行いを明かすべく、ある昔物語を語りはじめる。

――昔、夜にしか妻の元へ現れぬ男がいた。昼も一緒にと願う妻に、自らの正体露見を恥じた夫は突然の別れを告げる。悲しんだ妻は密かに夫の衣へ糸を付け、帰る跡を追う。すると何と、糸はこの神木へと続いていた。そのとき残った糸の輪は三輪。これが、自ら邪淫の罪を負うことで女を清らかな“三輪”の教えへと導いた、明神の姿なのであった…。

9 後シテは〔神楽(かぐら)〕を舞い、天岩戸の神話を再現して見せます。

衆生を導く神の働き。その言葉に、玄賓はますます涙する。明神もまた、法の衣によって苦しみを和らげてくれた彼に感謝し、その恩返しとして、天岩戸の神秘を見せようと言う。

「天照大神の不在は、常闇の世界をもたらした。そのとき岩戸の前で神楽を囃すと、闇となったこの世界に、神遊びの声が響き渡る。その声に感応した大神は遂に岩戸を開き、こうして世界に光が復活したのだ…」 明神は、厳かに神楽を舞いはじめる。

10 後シテは、神道の秘事を玄賓に伝えて消えてゆきます。(終)

罪を受けながら人間を清らかな教えへと導く三輪明神。闇の中から世界に光をもたらした天照大神。実は両者は同一体。それこそが、衆生を救う神の姿であった。

いま明かされる、はじまりの物語。これこそ、この世界に清らかな光をもたらした、神道の奥秘。明神は、その神秘を玄賓へと伝授する。

やがて、朝日が三輪の里を夜の闇から解き放つ頃…、玄賓の奇蹟の夢は覚めたのだった。

小書解説

・誓納(せいのう)

本作では、三輪明神が聖僧・玄賓に対して密かに神道の秘事を伝えるという物語が描かれ、特に終曲部では明神と天照大神とが一体だと明かされるなど、シテの神性のあり方が重要なテーマとなっています。この小書は、こうしたシテの神聖さ・崇高さ・清浄さをより一層強調する演出です。

通常の演出では、後シテは烏帽子を着した男装姿となり、手には御幣を持ちますが、この小書がつくと、後シテの髪型はスベラカシ(女官・巫女などの髪型)となり、袴は緋の指貫、上着は白の狩衣という姿となります。手には榊の枝を持ち、〔神楽〕の中でその榊をうち振るという静謐な場面が挿入されるなど、シテの高貴さ・清らかさが強調された、きわめて重々しい曲調となる演出です。

この小書は、室町・江戸時代の宗教界全体に多大な影響を与えた「吉田神道」の故実に基づくといわれる、能全体の中でもとりわけ神聖視されている演出で、観世流の宗家(家元)が一子相伝で伝承するものとされていました。現在では宗家以外の者にもごく稀に上演が許されますが、今なお重大な秘事として大切に伝承される演出となっています。

・白式神神楽(はくしきかみかぐら)

この小書は、上記「誓納」同様、シテの神聖さ・崇高さ・清浄さをより一層強調する演出です。シテの髪型は「誓納」と同様にスベラカシとなり、手には榊を持ちます。装束は狩衣も大口(袴)も白色のものを用い、純白の衣を身にまとった三輪明神の高潔さが表現される、極めて重々しい曲調となる演出です。

従来「誓納」は観世宗家の一子相伝の秘事とされ、宗家以外の上演は許されなかったため、幕末期の関白・鷹司政通の要請を受けた五世片山九郎右衛門によって新たに作られたのが、この小書となっています。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2018年10月)
能楽事典
定期公演
青山能
チケットご予約