銕仙会

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曲目解説

野守のもり
おおらかな古代の息吹が今なお残る、大和 春日野。それは、仏の世界や冥途へと通じる、大宇宙への回路であった。“野守の鏡”が映し出す、冥界の神秘。
作者 世阿弥
場所 大和国 春日野 (現在の奈良県奈良市。春日大社の入り口付近一帯)
季節 早春
分類 五番目物 鬼物
登場人物
前シテ 野守の老翁  じつは鬼神の化身 面:朝倉尉など 着流尉出立(老人の扮装)
後シテ 鬼神 面:小癋見 小癋見出立(地獄の鬼の扮装)
ワキ 旅の山伏 山伏出立(山伏の扮装)
アイ 土地の男 肩衣半袴出立(庶民の扮装)

概要

大和国 春日の里を訪れた山伏(ワキ)。そこへ現れた野守の老翁(前シテ)は、この野にある溜まり水が“野守の鏡”と呼ばれていることを教え、しかし真実の“野守の鏡”とはこの水ではなく鬼神のもつ明鏡のことだと明かす。この溜まり水が和歌の世界で“野守の鏡”と呼ばれるに至った故事を語る老翁。やがて、真実の鏡にも関心を示す山伏であったが、老翁は「鬼神の鏡は世にも恐ろしい物なので人には見せられない」と告げると、野中の塚に姿を消してしまう。

山伏が真実の鏡を拝すべく一心に祈っていると、塚の中から鏡をたずさえた鬼神(後シテ)が出現した。鬼神は、大宇宙のすみずみまでを明鏡に映し出し、この世界の諸相を見せるのであった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

大和国。いにしえの旧都の面影を留め、寺社や霊場の集まるこの地は、大地の霊力に充ち満ちた、太古の息吹きを今に伝える土地であった。

その大和国を訪れた、一人の山伏(ワキ)。修行のため南の山々を目指してやって来た彼は、途中、南都 春日の里に立ち寄ると、辺りの名所を訪ねてまわることにした。

2 前シテが登場します。

季節は春。三笠山はのどかな佇まいを見せ、春日野は若菜摘みの時節。この里の名に負う、やわらかに降りそそぐ春の日の光。それは、里を見守る神仏の恵みの姿なのであった。

そんな春日野の地にやって来た、一人の老翁(前シテ)。彼は、この地を守る野守であった。穏やかな日ざしの下、野中の溜まり水のほとりに現れた彼は、日の光を受けつつ、神の徳を仰ぐのだった。

3 ワキは前シテと言葉を交わします。

老翁の佇む、由緒ありげな溜まり水。声をかける山伏に、彼は言う。「この溜まり水こそ、野守が朝夕姿を映す“野守の鏡”と呼ばれた名所。しかし真実の“野守の鏡”とはこの水ではなく、野を守る鬼神のもつ明鏡をさすのだそうですな…」 古歌にも詠まれた“野守の鏡”をめぐる、二つの秘説。老翁はそう明かすと、この溜まり水に自らの姿を映してみせる。水鏡に映る、老いの姿。それを見た彼は昔を慕い、古き世の物語を思うのであった。

4 前シテは“箸鷹(はしたか)の野守の鏡”の故事を語ります(〔語リ〕)。

古歌にいう“箸鷹の野守の鏡”もこの水のこと。老翁は語る。「昔、この地で狩をしていた帝は、鷹を逃がしてしまった。その時、野守がこの水に映る鷹を見つけ、こうして鷹は無事に戻ってきたのだった。それこそが、“箸鷹の野守の鏡”の古歌にまつわる物語…」。

思えば、治まる御代のこと。老翁は、野守の身として叡慮にあずかることとなった昔物語を懐かしみ、往時を慕って涙するのだった。

5 前シテは、真実の鏡を見たいという山伏の願いを拒み、姿を消します。(中入)

いま明かされる“野守の鏡”の一説、溜まり水の物語。しかしそれならば、もう一説にいう真実の鏡とはどんな品なのか? 強い関心を示す山伏に、老翁は釘を刺す。「真実の鏡とは鬼神のもつ明鏡。人が見れば、恐怖を覚えずにはいられない。その鏡は見せられぬ、この水鏡を見ていて下され――」 老翁はそう告げると、野中の塚へと姿を消すのだった。

6 アイが登場し、ワキに物語りをします。

そこへやって来た、この里の男(アイ)。彼は山伏の所望に応え、この地に伝わる“野守の鏡”の故事を語る。男の言葉に耳を傾けていた山伏は、先刻の老人こそ鏡を守る鬼神であったと気づくのだった。

7 ワキが祈っていると後シテが現れ、〔舞働〕を舞って鬼神の威勢を示します。

「この奇跡に出逢えたのも、修行のたまもの。鬼神よ、何としてもその鏡を見せて下され…!」 山伏は肝胆を砕き、塚に向かって一心に祈りはじめる。

やがてその声に引かれ、姿を現した鬼神(後シテ)。手にした鏡に映るものは、ギロリと光る鬼の眼。恐れをなす山伏を見て帰ろうとする鬼神に、彼はなおも、法力によって鏡を拝しようと願う。そんな彼の姿に、鬼神はこの世の姿を鏡に映しはじめるのだった。

8 後シテは鏡に全宇宙の姿を映して見せ、やがて去ってゆきます。(終)

明鏡が見せるものは、東西南北を守護する神仏の世界。天を映せば天界の頂上、地を映せば地獄の底まで、鏡は隈なく映し出す。地獄で罪人を責め立てる、善悪を正す鬼神の道。この真実の鏡こそ、そんな鬼神の秘宝だったのであった。

かくして鏡の力を見せた鬼神は、今は地獄へ帰ろうと告げる。鬼神は大地を踏み破ると、そのまま奈落の底へと帰っていったのだった――。

近年の上演記録(写真)

今後の上演予定

(最終更新:2018年3月)

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