銕仙会

銕仙会

曲目解説

 (ぬえ)
 

作者  世阿弥
素材  『平家物語』巻四「鵼」
場所  摂津の国芦屋の里、淀川の川岸
分類  五番目物、鬼能、太鼓物

 

登場人物・面・装束

前シテ  舟に乗る男  怪士または淡男・筋男(平成23年7月青山能)  水衣着流怪士出立
後シテ  鵺の亡霊  小飛出または猿飛出・牙飛出(平成23年7月青山能)  小飛出出立
ワキ  旅の僧    着流僧出立
アイ  芦屋の里の男    長上下または肩衣半袴出立

 
あらすじ
津の国芦屋の里で旅の僧が里の男に一夜の宿を願います。男ははじめは宿を断りますが川近くのお堂に泊まるように言い、そのお堂には夜な夜な化け物が現れると付け加えました。
お堂で休む僧の前に小舟に乗った怪しい男が現れます。男は、自分は源頼政に殺された鵺の亡霊であると言い、そのときの有り様を語ります。そして霊は成仏を願いながら、夜の川波に消え失せました。
僧は里の男から頼政の鵺退治の話を聞き、弔いをするように勧められます。僧が経をあげていると鵺の亡霊が恐ろしい本体を現し、頼政に討たれた様子や武功をあげた頼政のことを仕方話に語ります。さらに、自分はうつお舟に押し入れられて淀川に流され、そのまま芦屋の浦の浮洲に流れ止まって朽ちていき、暗闇の世界に墜ちて執心にとらわれたと語り続けます。そして救いを求めつつ、海中に消えていきました。
 
舞台の流れ

  1. 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
  2. 囃子方が「次第」という曲を演奏する中、舞台に旅の僧(ワキ)が登場します。
    僧は熊野から都を目指し、紀の国の関を越えて和泉の国へ入りました。信太の森、遠里の小野、住ノ江、難波潟を通り過ぎ、摂津の国芦屋の里にたどり着きました。
    早くも日暮れをむかえ、僧は宿を借ろうと里の男(アイ)に声をかけることにします。
  3. 里の男は、この辺りの厳しい掟のため旅人に宿を貸すことは固く禁じられているとはじめは断りますが、僧に同情して川そばの御堂に泊まるように言います。さらにその御堂には毎夜川から化け物が現れると忠告します。
  4. 囃子方が静かな「一声〔いっせい〕」を演奏すると、小舟に乗った怪しい男(前シテ)が現れます。
    小舟は夜更けの川波に揺られて浮いたり沈んだりしています。男はそんな小舟をうつお舟にたとえながら、涙を流します。そして自分は心休まるときがなく、昔を忍び懐かしむひまもないと嘆くのでした。
  5. 先ほどの里の男の言葉を思い出した僧は舟の男に問いかけます。
    怪しい男は古い和歌を引き合いに出しながら、自分は岸に寄せる満ち潮に乗って棹もささずにやって来たと言い、僧に自分の執心を弔ってほしいと頼みます。
  6. 男は、自分は近衛の院の時代に源頼政に殺された鵺というものの亡霊であると明かし、頼政の放った矢で命を失ったときの有り様を座って語り始めました(クリ・サシ・クセ)。
     昔、近衛の院が夜ごと苦しみに襲われていました。僧たちに祈祷をさせても効き目がありません。丑の刻に東三条の森の方から黒雲が一むら立ちわいて御殿の上を覆えば、天皇は必ず苦しまれるのでした。そこで公卿たちが相談をした結果、頼政が選び出されました。頼政は猪の早太という家来をただ一人だけ連れて、二本の矢を持ち、御殿のひさしの下で待ち構えています。
    語っている男は次第に興奮してきたのか、話の途中で立ち上がり、所作をしながら話し続けます。
    黒雲の中に怪しいものの姿が見えたので、頼政が矢を放つと、手応えがありました。当たったぞと声を挙げて近寄り、落ちたところを猪の早太がとどめをさしました。火を灯してよく見てみると、頭は猿、尾は蛇、足手は虎のようで、鳴く声は鳥の鵺に似た化け物でした。まったく言葉では表せないほどの恐ろしさです。
  7. 語り終えると男は舟に乗り、夜の川波に姿が見えたり隠れたりしながら、やがて消えていきました。とぎれとぎれに鵺の声が響き、それも聞こえなくなりました(シテは舞台から退場します。中入リ)。
  8. 里の男が僧の様子を見にやって来て、頼政の鵺退治の話をします。男は僧に鵺の弔いを勧めて去って行きます(間狂言)。
  9. 僧は経をあげ始めます。
  10. 太鼓が加わった力強い囃子が響きます(出端)。
    月の夜、鵺の亡霊(後シテ)が出で潮に浮かび現れます。僧がなおも経文を唱えると、鵺は仏に感謝するのでした。
  11. 鵺の亡霊の姿は、頭は猿、足手は虎という恐ろしい姿をしています。
    鵺は再び昔の物語を語り始めます。今度は語りの最初から、話の内容に合った所作が伴います。
    自分は仏法と王法に災いをもたらそうと宮殿を空から狙い、天皇を悩ましたこと、頼政の矢に当たって空から地上に崩れ落ちたことを語ります(シテの鵺は自分自身の立場で所作をします)。
    その後、鵺退治の武功により頼政が獅子王という御剣を賜り、しかもそのときに即興で上手く和歌の下の句を詠んだので、さらに頼政は名を挙げたと続けます(シテの鵺は頼政の立場になって所作をします)。
    一方で自分はうつお舟に押し込められ、淀川に流されてよどみ流れ、ついに芦屋の浅瀬に流れとまり、そのまま朽ちていったことを述べます。
    鵺は朽ちながら、救いのない暗闇の世界に墜ちていったのです。山の端に消えていく月を眺めて、さらなる救いを求めます。
    月が山の端に入るにつれて、海上に映る月の光も薄くなります。月の光が海中に吸い込まれて消えていくように、鵺の姿も海の中に失せて行きました。
  12. シテが橋掛リから揚げ幕へ退場し、ワキがその後に続きます。最後に囃子方が幕へ入り、地謡は切戸から退いて能が終わります。

 
ここに注目
 能〈鵺〉は鵺という妖怪がシテなので鬼能に含まれるのですが、修羅能の形式で作られています。前半と後半の両方にあるシテの物語は、『平家物語』の文章をほとんどそのまま生かして作詞がなされています。鵺は自らの過去を語っているわけですが、その語りの視点はいろいろに変化します。頼政や家来の猪の早太の視点、時に淡々と客観的な視点と移り変わっていきます。それぞれの人物の立場になって所作も演じられています。『平家物語』の一場面が立体的に再現されているといえましょう。
戦いに敗れた者の悲しみを描いた世阿弥の傑作です。世阿弥はその悲哀を芦屋にまつわる和歌や和泉式部の和歌などを用いながら、美しく描いています。
 
(文・中司由起子)

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