銕仙会

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曲目解説

姨捨 おばすて
 
作者 世阿弥か
素材 『俊頼髄脳』などの姨捨伝説
場所 信濃国(今の長野県)更科[さらしな]、姨捨山
季節 秋、中秋の名月の夜
種類 三番目物、老女物
 

登場人物
前シテ 里の女 深井など・唐織着流女(紅無)出立
後シテ 老女の霊 姥面・長絹大口女出立
ワキ 都の男 素袍上下出立
ワキツレ 同行者 素袍上下出立
アイ 所の男 長上下出立

 
あらすじ
 その昔、更科の姨捨山に捨てられた、老いた女の霊が、中秋の名月の夜、都から来た旅の男の前に姿を現します。澄みきった夜空に輝く満月の光の下で老女の霊が美しく舞います。
 
舞台の流れ

  1. 幕から囃子方(笛・小鼓・大鼓・太鼓の順)が、切戸口から地謡が登場し、所定の位置に着きます。
  2. 次第の囃子でワキとワキツレが登場します。都の方から旅をしてきた男は、秋の姨捨山で、月を眺めるつもりでいます。旅を続けて、更科[さらしな]の姨捨山に着きました。ワキツレは脇座に着座します。
  3. ワキは姨捨山の景色を眺め、夜になり、月が出るのを楽しみにしています。
  4. ワキがワキ座へ移動しようとすると、幕の中から声が聞こえてきます。幕からは前シテの里の女が登場します。この地に住む女性が旅人たちに声をかけたのでした。女は『古今和歌集』の歌「わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て」を詠んだ人にまつわる旧跡を、男に教えます。シテは舞台に入ります。
  5. 声をかけた旅人が都から来たと知った女は、自分も月とともに出て、夜遊[やゆう]を慰めようと言います。男が素性を聞くと、女は、自分は昔、この山に捨てられた身で、中秋の名月の今夜現れるのだと言い残し、消えてしまいます。前シテは幕へと中入します。中入の直前にワキはワキ座に着座します。
  6. アイの所の男が登場し、ワキに姨捨伝説を語ります。
  7. 夕方も過ぎていき、月が出てきました。男は澄んだ月を眺め、その美しさをたたえます。ワキとワキツレは脇座に着座のまま、後シテを待ちます。
  8. 一声の囃子で後シテの老女の霊が登場します。舞台に入り、満月に感嘆します。
  9. 満月の夜に現れた老女は、老いた自分の姿に恥じ入りながらも、満月に興じて夜を明かしたいと言います。
  10. 月と月の本地物[ほんじぶつ]をたたえる物語が語られます。後シテは途中から謡に合わせて舞を舞います。
  11. 後シテは序之舞[じょのまい]を舞います。この序之舞には太鼓が入ります。
  12. 老女は、昔を思い出しながら月の光の下で舞い続けますが、夜が明けると、旅人たちには老女の姿が見えなくなってしまいました。旅人が山から帰っていくと、老女は、生前に姨捨山に捨てられた時と同じように、また一人だけ取り残されるのでした。ワキとワキツレが退場するのを見送り、後シテが一人舞台に残ります。
  13. シテが幕へと退場します。そのあと囃子方が幕に、地謡が切戸口にそれぞれ入ります。

 
ここに注目
 三老女(姨捨、檜垣、関寺小町)のうちの一曲です。〈姨捨〉については、世阿弥の芸談『申楽談儀』[さるがくだんぎ]第二条に、演技についての言及もあり、恐らく世阿弥の作品であろうと考えられています。
 姨捨伝説は諸書に見えますが、『古今和歌集』では「よみ人しらず」とされている「わが心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照る月を見て」の和歌を、姨捨山に捨てられた女の詠んだものとする説は『俊頼髄脳』にあり、能〈姨捨〉もそれに拠っているものと思われます。
 複式夢幻能は、シテが成仏して消えていく、空などに帰っていくという結末が常套ではありますが、この〈姨捨〉では、朝になって旅人が老女の姿が見えなくなったら山を降りてしまい、シテの老女が一人取り残されます。終曲部の詞章「ひとり捨てられて老女が、昔こそあらめ今もまた、姨捨山とぞなりにける、姨捨山となりにけり」から、残される老女の悲哀がひしひしと伝わってきます。
 
 
(文・江口文恵)

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