銕仙会

銕仙会

曲目解説


おきな
役者が神に変身し、治まる御代を祝福して舞を舞う。「能にして能にあらず」と言われ神聖視される、祈りの儀式。
役柄
シテ 翁太夫

翁烏帽子・翁狩衣・指貫

舞台上で「白色尉はくしきじょう」の面をかける。※1

ツレ 千歳せんざい 侍烏帽子・直垂上下※1
狂言方 三番叟さんばそう※2

侍烏帽子・直垂上下 (途中で剣先烏帽子に改める)

舞台上で「黒式尉こくしきじょう」の面をかける。

狂言方 面箱持めんばこもち 侍烏帽子・直垂上下
※1:小書「父尉延命冠者」のときは、翁太夫は「父尉」、千歳は「延命冠者」の面をかけます(下記)。
※2:狂言方の流儀により、「三番叟」は「三番三」とも書きます。

概要

《翁》には、演劇としてのストーリーはありません。天下泰平・国土安穏を祈る祈祷のことばが謡われ、役者が神に変身して祝福の舞を舞うという、神事芸能的な演目となっています。

《翁》の中心となっているのは、老人の顔をかたどった白・黒二つの面(翁面)をかけて舞を舞う部分です。これらの翁面は、《翁》という神事にとっての御神体として大切に扱われているものですが、このうち白い翁面(「白色尉はくしきじょう」)はシテが用い、また黒い翁面(「黒色尉こくしきじょう」)は三番叟(狂言方)が用い、ともに面をかけることで神に変身し、世の安寧を祈願して舞を舞うという内容となっています。

※小書「父尉延命冠者」が付くと、翁太夫が白式尉のかわりに父尉の面をかける演出となります。(後述)

舞台の流れ

0 開演に先立ち、舞台・楽屋と演者を清める儀式が行われます。

開演前のお調べ(チューニング)が終わると、揚げ幕から舞台に向けて火打ち石で切り火がなされ、舞台が清められます。次いで、楽屋も切り火によって清められてゆき、《翁》が上演されるに相応しい清浄な空間が準備されます。幕の奥では、御神体である翁面を祀った祭壇の前で、演者一同が御神酒と洗米を頂き、身を清める儀式を行います。

1 演者全員が舞台へ進み出、シテは舞台中央で一礼します。

儀式が済むと、翁面をおさめた面箱めんばこを捧げ持つ面箱持(狂言方)を先頭に、演者全員が橋掛リを通って舞台へと進みます。《翁》の主宰者である翁太夫(シテ)は舞台中央に進み出て下座し、正面に向かって深々と礼をします。その後、定座についた翁太夫の前に面箱が据えられ、続いて演者全員が定座に進みます。

2 一曲の冒頭にあたり、シテは御祈祷の呪文を唱えます。

定座につくとすぐに、笛・小鼓が演奏を始めます。翁太夫は「とうとうたらりたらりら…」と呪文を唱え、続いて天地・人民の長久を祈って御祈祷の謡をうたいます。

3 千歳が露払いの舞を舞います。

翁太夫の謡が終わると、座を清めるための露払いとして、千歳せんざい(ツレ)が大地を踏み鎮め、颯爽と舞を舞います。

4 シテは面をかけ、祝福の言葉を唱え、舞を舞います。

千歳の舞のあいだに御神体である白式尉はくしきじょうの面をかけ、神に変身した翁太夫は、千歳が舞い終わると舞台中央へ進み出ます。翁太夫は両袖を広げ、天下泰平・国土安穏の祝福の言葉を唱えると、小鼓の演奏に合わせて御祈祷の舞を舞います。

5 シテ・千歳は退場します(翁帰リ)。

翁太夫は舞い終わると翁面をはずし、翁面を面箱におさめます。その後、再び舞台中央に下座して深々と正面に礼をし、小鼓の演奏に合わせて退場します。続いて千歳も退場します。

6 三番叟が〔揉之段もみのだん〕を舞います。

翁太夫・千歳が退場すると、それまで後方に控えていた三番叟(狂言方)が颯爽と舞台に進み出ます。三番叟は、再び座を清めるため、〔揉之段〕という躍動的な舞を舞います。

7 三番叟は面をかけ、面箱持から鈴を受け取り、〔鈴之段〕を舞います。

三番叟は、御神体である黒色尉こくしきじょうの面をかけます。再び舞台上に進み出た三番叟は、面箱持と滑稽なやりとりを交わした後、面箱持から鈴を貰い受け、その鈴を振って祝福の舞を舞います(〔鈴之段〕)。

8 《翁》が終わり、演者が退場します。

〔鈴之段〕を舞い終えると、三番叟は翁面と鈴を面箱におさめ、退場します。次いで地謡・囃子方なども退場します。

ただし、《翁》の直後に脇能が演じられる場合、囃子方や地謡はそのまま舞台に残り、引き続いてその能を始めます。その際、脇能の冒頭部は通常よりも儀式的な色彩の強い形となります。(この形式を「翁附おきなつき」といいます。)

 

小書解説

父尉ちちのじょう延命冠者えんめいかじゃ

この小書がつくと、翁太夫は通常の「白式尉」ではなく「父尉ちちのじょう」という面をかけ、また通常であれば「直面ひためん」(素顔)で演じられる千歳も「延命冠者」の面をかけます。それに伴い、謡われる文句や舞台の進行も大きく変化します。

まず、「2」の場面で翁太夫が「とうとうたらり…」と謡いはじめると千歳は「延命冠者」の面をかけ、面をかけたまま「3」の〔千歳之舞〕を舞います。続く「4」の場面では、「父尉」の面をかけた翁太夫と「延命冠者」の面をかけた千歳との掛け合い形式で御祈祷の言葉が唱えられた後、翁太夫の舞となります。その後、翁太夫が面を外すのと同時に千歳も面をはずし、二人は退場する、という流れとなっています。

《翁》は、古くは白式尉・黒式尉・父尉の三人の翁が登場し、祝福の言葉を述べるという構成となっていました。現在伝わっている通常の演出では、そのうち父尉の部分は省略されてしまっているのですが、この小書がつくと、白式尉の部分を省略する代わりに、この父尉の部分を上演することになります。

最近では、2015年1月の銕仙会定期公演で上演されました。

みどころ

《翁》は、「能にして能にあらず」と言われる、儀式色のつよい特異な演目です。

この、ストーリーを伴わない儀式的な演目は、能が大成される室町時代より前、鎌倉時代には成立していたもので、本来は一日の演能の冒頭に必ず上演されるべきものとされ、大切に伝えられてきたものです。

この《翁》のルーツは、古代より続く、大寺院において国家の安泰を祈る法会「修正会しゅしょうえ」・「修二会しゅにえ」にあります。これらの法会では、密教の法力によって国家の安泰を祈る役目の「呪師しゅし」が、法会の主宰者である大導師と並んで国家の安寧を祈るのですが、その呪師のもつ霊力を芸として表現したものが、この《翁》であると考えられています。

《翁》の冒頭に謡われる「とうとうたらり…」という独特な呪文も、従来は由来不明とされ、笛の譜を真似たものかとする説なども出されていたのですが、近年の研究によって、比叡山延暦寺の根本中堂で行われていた呪師の作法の中に似た文句が見出されることが判明し、法会の場で唱えられていた祈りの呪文を写したものであることが明らかになりました。

こうした、「《翁》とは法会の祈りを体現したものである」という認識は、たとえば能楽の大成者・世阿弥も持っていたものでした。世阿弥は、能楽の起源を説いた中で、《翁》のルーツとして次のような物語を挙げています。

――昔、天竺で釈迦が活躍していた時代。ある時、釈迦が説法をしようとしたところ、釈迦に敵対する提婆達多だいばだったが大勢の外道を引き連れて騒ぎ立て、説法を妨害しようとした。そこで、釈迦の高弟たちが説法の座の背後で芸能を催したところ、外道たちはそちらに夢中になり、静かになった。その隙に、釈迦は無事説法をすることができた。この芸能こそが《翁》の起源である。 (『風姿花伝』第四)

いわば、魔を引きつけ、魔を鎮めて世の中の平安を保つ芸として、《翁》は舞われ、伝えられてきたといえましょう。

現在では、神道と仏教は別の宗教とされていますから、神事芸能である《翁》の起源が寺院にあるというのは、にわかには信じ難いかもしれません。しかし、能楽の成立した中世は「神仏習合」の時代であり、神道と仏教とは一体のものとされていました。世阿弥の娘婿にあたる金春禅竹は、この《翁》に登場する神について、日本中の様々な神々、あるいは仏教で説かれる仏たちと一体の存在であると説いていますが、そのように数多くの神仏の徳が融合した存在こそが、《翁》に登場する神なのでした。

《翁》には、通常の能とは異なる所作やしきたりが随所に見られます。たとえば、役者は舞台上で面をかけ、終わるとすぐに面をはずしてしまいます。面は「切顎きりあご」といって、顎の部分が切れており、紐で結んであるという作りとなっています。仮装のための面ではなく神事面として、翁面が特別扱いされてきたことが偲ばれます。

また翁太夫は、祝福の言葉を唱える際に両袖を広げる型、舞のはじめに鼓の音に合わせて足を動かす型、扇で顎髭を撫でるような型など、他の能にはみられない特殊な型を多く演じ、これらは《翁》の見どころとなっています。このほか囃子方や地謡についても、侍烏帽子に素袍上下という正装姿で登場するほか、三人の小鼓が登場して《翁》を囃し、大鼓は三番叟の出番以外は演奏に加わらず、地謡は囃子方の後方に居並ぶなど、これも特異な形態となっています。

(文:中野顕正)

過去に掲載された曲目解説「翁」(文・中司由起子)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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