銕仙会

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曲目解説

雷電(らいでん)

◆登場人物

前シテ 菅原道真の霊
後シテ 菅原道真の怨霊(雷神)
ワキ 天台座主 法性房僧正
アイ 僧正の召使い

◆場所

【1~5】

 近江国 比叡山  〈現在の滋賀県大津市坂本本町 延暦寺〉

【6~8】

 京都 醍醐天皇の内裏

概要

平安時代。比叡山の法性房僧正(ワキ)が天下静謐の祈祷をしていると、結願の夜、先日筑紫で亡くなった菅原道真の霊(前シテ)が訪れた。かつて師弟であった二人は再会を喜び、道真は僧正への感謝を述べる。やがて道真は、これから雷神となって内裏を襲うことを明かし、参内の勅命があっても従わないで欲しいと願う。しかし僧正は、この国に住む以上、勅命が度重なるならば従わずには居られないと答える。その言葉を聞くや、道真は忽ち鬼の形相へと変じ、堂の扉へ火を吐きかけると、そのまま姿を消すのだった。
その後、案の定勅命が度重なり、内裏に召された僧正。そこへ、雷神となった道真の怨霊(後シテ)が現れた。しかしさすがの怨霊も、僧正の近くへは寄ることができず、遂に法力に屈してしまう。道真は、朝廷から神号を贈られると、そのまま去ってゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

平安時代。右大臣菅原道真は讒言によって筑紫の地へと左遷され、失意の内にかの地で歿した。彼を陥れることで築かれた、藤原氏一門の栄華。ところがその直後から、都には怪異の数々が起こる。これを受け、天台座主の法性房僧正(ワキ)は、天下静謐の祈祷のために百座の護摩を焚くこととした。今日はその結願の日。それは、月影が琵琶湖の水面を照らし出し、比叡の峰に法灯の光ゆらめく、秋の夜のことであった。

2 前シテが登場し、ワキのもとを訪れます。

祈りを捧げる僧正の耳に聞こえてきた、堂の扉を叩く音。人音も絶えたこの夜更け、定めて松風の音を聞き紛えたものだろう――。そう思いなす僧正だったが、なおも音は続く。訝りつつも門を開けると、そこには一人の男の姿(前シテ)があった。実はこの男こそ、先日筑紫で亡くなった菅原道真の霊魂。夢心地のこの対面に、僧正は驚く。僧正は道真を迎え入れると、久々の再会を喜び、打ち解けて言葉を交わすのだった。

3 前シテは、自らの生涯を振り返ります(〔クセ〕)。

冥福を祈っていた思いが届き、対面の叶った僧正。僧正は、かつて弟子として育てた道真との絆を思って涙する。そして道真もまた、師匠との記憶に思いを馳せるのだった。
――孤児の身でありながら、養父の愛を受けて実の子のように育った私。しかしその後、学問の道に入った私を最も愛してくれたのは、この僧正だった。勉学に励み、文才を開花させた私を、誰よりも喜んでくれた僧正。その恩は、決して忘れることは無いのだ…。

4 前シテは鬼となって姿を消します(中入)。続いてワキも一度退場します。

そのとき、道真は口を開く。実は彼は死後、怨敵への復讐を神々に許されたのだ。しかしそうなれば、僧正は祈祷のために召されるはず。決して応じないでくれと願う道真へ、僧正は告げる。「もしも勅命が三度に及ぶならば、応じずには居られないだろう――」。
その言葉を聞くや、道真の顔色は鬼の如くに変化した。仏前の柘榴を噛み砕いて堂の扉に吐きかけると、忽ち炎が燃え上がる。動じることなく印を結び、真言を唱えて炎を消す僧正。しかし道真は、その煙の内に紛れ、姿を消してしまうのだった。

5 アイが登場し、状況を説明します。

その後、都では道真の怨霊が猛威を振るい、僧正を召す勅命が三度にわたって下された。参内が決まった僧正。僧正に仕える下働きの僧(アイ)も、その準備に追われていた。

6 ワキが再登場して待っていると、後シテが出現します。

宮中では、内裏の中心・紫宸殿に護摩壇が据えられ、威儀を正した僧正(ワキ)が祈祷を始めていた。そうする内に黒雲は晴れてゆき、これも祈祷のおかげかと、人々は安堵の色を浮かべる。しかし次の瞬間、黒雲は再び天を覆い、稲妻が四方に閃いた。深い闇に包まれ、嵐に激しく揺れ動く内裏。
――そのとき。雷神と変じた道真の怨霊(後シテ)が、虚空に姿を現した。

7 後シテは、ワキと言葉を交わします。

怖じ恐れることなく、怨霊と対峙する僧正。この国土は全て帝の治められる地、ましてや貴殿は先日まで臣下の身だったではないか。内裏を荒らすとは不届き至極――。そう告げる僧正だったが、怨霊はなおも怒りの色を見せる。「私を見放した上は、僧正とて容赦はせぬ。私を陥れた人々に、思い知らせてやろう…」。
黒雲に乗って飛びまわる怨霊。内裏のあちこちを雷が襲い、帝の身にも危険が及ぶ。しかし不思議にも、僧正のいる場所だけは、雷も避けて近付かないのだった。

8 後シテはワキと争い、やがて神となって去ってゆきます。(終)

内裏に建ち並ぶ殿舎の数々。その中を僧正が渡り歩けば、怨霊はそこを避けつつ地上を狙う。行きつ廻りつ、激しく争う僧正と怨霊。しかし、僧正が千手陀羅尼を唱えきると、さすがの怨霊も堪えられぬ様子。法力の前に降参を申し出た道真へ、朝廷は天満天神の神号を贈ることを決めた。「有難い仏法の徳を受け、神号まで頂いた上は、生前の怨みも晴れました――」 そう言い遺すと、彼は再び黒雲に乗り、天高くへ去ってゆくのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年02月15日)

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