西王母(せいおうぼ)
◆登場人物
前シテ | 女 じつは西王母の分身 |
---|---|
後シテ | 西王母 |
前ツレ | 女 じつは西王母の侍女 |
後ツレ | 西王母の侍女 |
ワキ | 皇帝 |
ワキツレ | 廷臣 【2‐3人】 |
アイ | 官人 |
※前ツレは、登場しない演出もあります。 |
◆場所
唐土 皇帝の宮殿
概要
中華帝国の都。名君の誉れ高い当代の皇帝(ワキ)の治世のもと、天下は繁栄の日々を謳歌していた。そんなある日、皇帝の前に現れた不思議な女(前シテ)。女は、手にしていた桃の実を皇帝に捧げると、これは三千年に一度だけ出来る奇跡の実なのだと言う。じつはこれこそ、遥か西方の神仙郷に棲む仙女・西王母の花園に咲く桃であった。女は、自分が西王母の化身であることを明かすと、後刻の再会を約束して姿を消すのだった。
やがて、天からゆったりとした音楽が聞こえはじめ、侍女(後ツレ)を伴った西王母(後シテ)が真の姿を現した。西王母は、桃の実をはじめ様々な捧げ物を皇帝に献じると、桃花の盃を勧めて治世を祝福する。春風に乗って舞い戯れ、饗宴の席に興を添える西王母。やがて、彼女はたなびく雲に乗り移り、天へ昇っていったのだった。
ストーリーと舞台の流れ
1 アイが登場します。
ここは、唐土の都。天下を統べる皇帝の威光は明朗なること日月の如く、その恩徳は広大なること巨海のよう。それは、まこと世界に冠たる、中華帝国の有様。
間もなく、その皇帝が宮殿に出御する時刻。官人(アイ)は出御に先だって場を清め、お出ましを待つところである。
2 ワキ・ワキツレが登場します。
やがて、出御の時刻。姿を現した皇帝(ワキ)は、大臣たち(ワキツレ)を引き連れ、宮殿の玉階を登ってゆく。その威風堂々たる姿は、神話の時代にも劣らぬほど。袖を連ねて帝を拝する百官のさまは、北極星を取り囲む満天の星たちを彷彿とさせる。君の恵みに天下は富み栄え、万民が平和な日々を謳歌している今この時。王宮の内は金銀珠玉に飾り立てられ、御代の恵みは天下に充ち満ちているのだった。
3 前シテ・前ツレが登場します。
※前ツレは登場しない演出もあります。
そこに現れた、不思議な女たち(前シテ・前ツレ)。女たちは桃の果実を捧げ持ち、皇帝のもとへ近づいてゆく。「“桃李は物を言わずとも、その木の下には自ずと人が集まる”という。人々に慕われる君子の徳のあり方を、桃の花実は示しているのだ。四季折々の姿の中に、真実の相を映し出す花々。そんな世の理が熟してか、三千年に一度だけ出来るというこの実が、まさに今、こうして得られたのだ。この奇跡の実を、まことの聖主たる今の陛下へ、献じようではないか——」。
4 前シテはワキと言葉を交わし、桃の実を捧げます。
皇帝の御前に至った女。彼女は、この桃の実を献上する。三千年に一度の桃といえば、遥か西方の神仙郷に棲むという仙女・西王母の花園の品。そんな神聖な桃の木に、今まさに実がなったのも、ひとえに現皇帝の聖徳ゆえ。天道も感応し、国じゅうが恩恵に浴する御代の春は、桃の花々に彩られているのだった。
5 前シテ・前ツレは、自らの正体を明かして姿を消します。(中入)
それでは、その奇跡の桃を持参した彼女は一体誰なのか。天上界にまで及ぶ所となった聖王の恵みに、感応して現れた彼女。彼女は、天界の楽しみの中で永遠の命を生きる身だと明かす。じつは彼女こそ、他ならぬ西王母の分身であった。やがて再びここに現れ、花の姿を見せようと告げる彼女。そう明かすと、女たちは天高く去っていったのだった。
6 アイは、ワキに物語りをします。
不思議な出来事を前に、驚きを隠せない一同。皇帝をはじめ、人々はかの西王母に思いを馳せる。西王母について、自らの知るところを再確認する官人。一同は更なる奇瑞を見ようと、彼女の再度の出現を心待ちにする。
7 後シテ・後ツレが出現します。
やがて——。天からは長閑な音楽が聞こえ始め、周囲には天界の瑞鳥たちが飛びめぐる。羽衣を風になびかせ、数々の捧げ物を手にした天女たち(後ツレ)。そんな天女たちの中で、ひときわ麗しく飾り立てられた仙女こそ、かの西王母(後シテ)であった。紅色の衣に白玉の剣を佩き、冠を着したその装い。身から放たれる光は王宮の庭を輝かし、奏でられる音楽の調べに乗って、彼女は皇帝の御前に近づいてゆく。
8 後シテは舞を舞い(〔中之舞〕)、治世を祝福します。(終)
不老長寿の桃の実を皇帝に捧げ、桃花の盃を勧めて治世を祝福する西王母。彼女は春風に乗って舞い戯れ、軽やかに袖を翻す。皇帝の御前で繰り広げられる饗宴に、天女たちは興を添え、皇帝の徳を讃美する。
そうするうち、早くも遊宴の時刻は過ぎてゆく。天女たちは、たなびく雲に乗り移ると、そのまま天へ昇っていったのだった。