銕仙会

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曲目解説

石橋(しゃっきょう)

◆登場人物

前シテ 童子  じつは文殊菩薩の眷属か
後シテ 獅子
ワキ 寂照法師
アイ 仙人
※アイは、登場しない演出もあります。

◆場所

唐土 清涼山  〈現在の中国 山西省忻州市五台県。五台山ともいう〉
 

概要

平安時代。唐土へ赴いた僧・寂照(ワキ)は、名高い文殊菩薩の霊場・清涼山を訪れ、浄土へと続く石橋を渡ろうとする。しかし、そこへ現れた少年(前シテ)はこれを制止し、この橋を渡ることの恐ろしさを説く。幅は狭く、形は湾曲し、表面は苔で覆われたこの石橋。谷底は遥かに深く、橋の上に立てば生きた心地もしないほど。いかに徳を積んだ高僧といえど、容易に渡ることは叶わないのだという。少年は、渡らずともやがて浄土のさまを拝めるだろうと告げ、暫くこの地で待つよう言い遺すと、姿を消してしまう。
やがて、対岸の浄土から、文殊菩薩の乗り物である獅子(後シテ)が現れた。獅子は牡丹の花に戯れかかり、軽やかながらも力強い姿を見せると、めでたく舞い納めるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

平安中期。日本から遥かの海を渡って大陸を目指す、一人の僧がいた。僧の名は寂照(ワキ)。彼は、真実の仏道を求め、唐土・天竺を目指すところであった。
日本の地にまで名の知れた、唐土にある文殊菩薩の霊場・清涼山。この山の奥にあるという聖域を訪れるべく、寂照は険しい山道を登る。やがて、そんな彼の眼前に現れたのは、聖地へと続く一筋の石の橋であった。

2 前シテが登場します。

山中を吹き抜けてゆく風。舞い散る花びらは山人の担う薪の上に降りかかり、まるで清らかな雪を運ぶよう。登ってきた跡を隔てるように、山路にかかる白雲。人里からは程隔たり、耳に届くものは谷川の響きばかり…。そんな、夕暮れ時の山の奥。
そこへやって来た、この山に日々を送るらしき一人の少年(前シテ)。どこからともなく現れた彼は、石橋のたもとに佇む寂照のもとへと近づいてきた。

3 ワキは、前シテと言葉を交わします。

声をかける寂照。聞けば、この橋によって結ばれた対岸こそ、文殊菩薩のおわします浄土であるという。さっそく渡ろうとする寂照。しかし少年は制止する。高い法力を身につけた名僧といえど、たやすく渡ることの叶わぬ橋。数千丈の高さをほとばしり落ちる滝や、霧に覆われた深い谷底。そびえ立つ岩肌に辛うじて架かるこの石橋、その狭い表面は苔で覆われている…。渡れば虚空を行くがごとく、肝魂も弱るばかりの、橋の有様。

4 石橋の様子が謡われ(〔クセ〕)、前シテは姿を消します。(中入)

――人の手によらず、自ずと出現した石橋。幅は尺にも満たず、表面は苔で滑りやすい。両岸の長さ三丈余、谷の深さ千丈余。雲のかなたから落ち来る滝は、大地の底へと消えてゆく。轟く水音。湾曲した橋の上に立てば、足も心も凍えるばかり。橋を渡るのは叶わぬこと。しかし、暫くここで待つならば、かの浄土の荘厳を、やがて拝する時が来よう…。
その声とともに、少年は姿を消すのだった。

5 アイが登場し、橋を渡ろうとして思い留まります。

天より花降り、妙なる音楽に満たされるという、対岸の浄土。そんな聖域のさまを慕い、石橋を渡ろうとするのは、寂照ばかりではなかった。文殊の霊地を目指してやって来た、一人の仙人(アイ)。しかし彼もまた、橋の恐ろしさに足がすくんでしまうのだった。

6 後シテが出現して勇壮なさまを見せ(〔獅子〕)、めでたく舞い納めます。(終)

やがて――。辺りは、不思議な雰囲気に包まれた。草葉の先から滴り落ちる雫の音が、静寂の中にこだまする。そんな中、対岸の浄土から、文殊菩薩の乗り物・獅子(後シテ)の姿が現れた。勇ましいながらも軽やかに、牡丹の花へと戯れかかる獅子。そんな獣の王者というべき獅子の勢いによって、この世は穏やかに治まるのだ…。
こうして、獅子はめでたく舞い納めると、自らの座に戻ってゆくのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年01月14日)

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