先日の宇治橋合戦で多くの捕虜を得た高橋権頭(ワキ)のもとに、捕虜の一人である春栄丸の兄・増尾種直(シテ)が訪ねて来る。ところが春栄丸(子方)は種直を兄ではないと言い、面会を拒む。春栄は兄の身を案じ、わざと偽りを述べたのだった。しかし兄の必死な姿を目にし、春栄はついに種直を兄と認めるのであった。
兄弟が再会した喜びも束の間、春栄の処刑は避けられない事態となる。種直は自分が身替わりになろうと申し出るが、それも叶わず、弟とともにこの場で死ぬことを決意する。処刑の刀が振り下ろされようとしたその時、赦免の使者(ワキツレ)が駆けつけ、春栄は死なずに済むこととなった。高橋は春栄を養子として迎えることとし、兄弟が助かったことを祝して喜びの酒宴を開くのであった。
0 子方が何事もなく登場し、最初からその場にいるていで舞台に坐ります。
1 ワキ・間狂言が登場します。
鎌倉時代。それは、土地や一族、自らの存在意義をかけて戦う、武士たちの時代であった。これは、そんな自らの全てを賭して戦う武士の、恩愛の物語である――。
鎌倉将軍の家臣のひとり・高橋権頭(ごんのかみ)(ワキ)は、先日の宇治橋合戦で手柄を挙げ、多くの敵兵を捕らえていた。将軍家から近日中に処刑を執行するよう命じられた彼は、囚人たちの縁者が来ても面会させぬよう従者(間狂言)に命じ、厳しく警護していたのであった。
2 シテ・トモが登場します。
その頃、遥々の東路を都から下ってくる一行があった。一行の主は増尾種直(シテ)。先日の宇治橋合戦に出陣していた彼は、戦闘で負傷し、少し戦場から退いていた隙に、弟の春栄丸を生け捕られてしまっていたのだった。聞けば、春栄丸は高橋権頭の館に拘留されているという。近々春栄丸が処刑されるとの噂を聞いた種直は、自らも弟と生死を共にすべく、高橋のいる伊豆国三島を目指していたのであった。
3 シテはトモに命じて間狂言と交渉させ、ワキに取り次いでもらいます。
三島に到着した種直は高橋の館を訪れ、従者の小太郎(トモ)を遣わして春栄丸への面会を願い出る。囚人への面会は御法度ではあったが、春栄を特別丁重にもてなしていた高橋は、彼をいたわる心から、ひそかに面会を許可する。高橋は、種直に引き合わせるべく、春栄丸を呼びに行く。
4 ワキは子方と言葉を交わし、次いでシテと言葉を交わします。
ところが、話を聞かされた春栄丸(子方)は、意外なことを口にする。「兄は合戦で重傷を負い、生死さえ分からないほど。その者はきっと偽物でしょう…」 春栄は、種直の姿を隙間から覗くと、なんと彼を自分の家臣だと言い出し、追い返すように頼むのだった。
春栄丸の言葉を信じた高橋は、種直を追い返そうとする。種直は反論し、実否のほどを明らかにしようと申し出るので、高橋も一計を案じることにした。
5 ワキは一計を案じ、シテと子方を面会させます。
高橋は、春栄丸には彼の者を追い返したと告げ、種直の後ろ姿を見送るよう勧める。
表へ出てきた春栄。そのとき種直は彼の袖をとらえ、なぜ偽りを言うのかと責める。なおも素知らぬ顔をする春栄に、種直は悔しさのあまり、この場で腹を切ろうと言い出す。
そのとき、春栄丸はついに種直を兄だと認めた。兄の命を助けるべく、あえて偽りを述べていた春栄。互いに思い遣り、かばい合う兄弟愛に、周囲の者までもが涙するのだった…。
6 ワキは自らの胸中を語りますが、一転して処刑は避けられない事態となります。
心打たれた高橋は、これまで春栄丸を丁重に扱ってきた理由を明かす。「実は春栄どのは、戦死した私の息子に瓜二つ。なんとか命を助け、養子にしたいと願っているのです…」。
ところがそのとき、鎌倉からの報せが入る。それは非情にも、囚人達を早く処刑せよというもの。種直は、自分が身替わりとなって弟を助けたいと申し出るが、それも叶わず、春栄丸とともにこの地で果てる決意を固めるのだった。
7 シテ・子方は母への形見をトモに託します。
種直は、従者の小太郎を呼び出し、母への遺言を託す。『春栄の最期を見過ごすに忍びなく、諸共に果てる道を選びます。逆縁ながら、跡を弔って下さいませ――』。
種直の形見には、母が与えてくれた観音像。春栄丸の遺書には、母が毎日撫でてくれた艶やかな黒髪を添えて…。あとに遺される母の身を思いやり、兄弟は涙するのであった。
8 シテ・子方は処刑の座に連なり、ワキは刀を抜いて二人を斬ろうとします。
――輪廻の世界をめぐりゆく、苦しみの連鎖。憎しみは復讐を生み、後世を思う暇もない。仏法盛んなこの国で、どうして来迎を願わずにいられようか。思えば、この三島明神の本地仏は、遙かなる昔からこの世界を見守り続けている。この世を去って冥途の闇に迷う私たちの魂を、きっと照らして下さるに違いない…。
覚悟を決めた兄弟は、処刑の座に連なる。斬首の刀が振り下ろされようとした、まさにそのとき――、
9 ワキツレが登場して赦免状をワキに渡し、兄弟は命を助けられます。
鎌倉からの第二の使者(ワキツレ)が、処刑の場へとやって来た。聞けば、鶴岡八幡宮からの口添えによって、囚人のうち七人を許すという。急ぎ赦免状を開いてみると、そこにはしっかりと、春栄丸の名が記されていた。露の命を長らえた兄弟は、赦免の恩沢にあずかったことを喜び、安堵の涙を流すのであった。
10 ワキは子方に太刀を与えて親子の契りを結び、酒宴がはじまります。
助命の叶った春栄丸。高橋は改めて彼を養子にしたいと願い出、種直はこれを快諾する。高橋は家宝の太刀を春栄に与えると、このめでたい日を祝し、酒宴をはじめるのだった。「風も収まる泰平の御代。末永く続く親子の契りの、喜ばしいことよ…」。
11 シテは〔男舞〕を舞って親子の契りを言祝ぎ、この能が終わります。
種直は祝言の舞を舞い、この晴れやかな酒宴に興を添える。
末久しかれと祈る、親子の契り。命を賭して互いを思い合う、兄弟の情け。これもみな三島明神の御利益ゆえと感謝しつつ、一行は鎌倉へと向かうのであった――。
本作は、武士の社会に生きる男たちの、苦悩と恩愛の物語となっています。
本作に登場する増尾種直・春栄丸の兄弟は、史料などにはその名の見えない人物で、おそらくは架空の、本作のオリジナルの人物と考えられています。この春栄丸が囚われの身となるきっかけとなった「宇治橋合戦」と称される戦闘は、有名なものでは鎌倉時代前期の承久の乱などにありますが、本作がそうした時代設定となっているのか否かは定かでなく、種直・春栄丸の名と同様、この合戦じたいが本作独自のフィクションである可能性も考えられます。いずれにせよ本作では、架空の登場人物を作り上げることによって、特定の古典文学作品の世界に寄りかかるのではなく、中世という時代を駆けぬけた武士たちの生きざまをより普遍的な形で描いているといえましょう。
本作は、①種直と春栄丸との対面、②処刑に臨む兄弟の嘆き、③喜びの中の酒宴、という三つの山場からなっており、これらが立て続けに起こる形で物語は進展してゆきます。このうち第一の山場である兄弟対面の場面において、囚人となった春栄は、これが今生の別れとなるにも関わらず、兄を思う心からあえて他人のふりをする態度に出ており、最期の対面すら思いのままにならない武士の身の苦悩と、その中での兄弟の情が描かれています。実はこうした「囚われの身となった武士が面会に来た肉親の身を案じてあえて他人のふりをする」という筋立ての能は他にもあり、他流の現行曲《檀風(だんぷう)》もよく似た筋立てになっているほか、世阿弥の芸談集『申楽談儀』にもそうした能についての言及が見えます。血を分けた肉親の身を案じ、一目会いたい思いさえもじっと堪え忍ぶ武士の苦悩の物語が、多くの人々に愛好されてきたことが偲ばれます。
やがて、互いに兄弟と名乗りあった二人は処刑の場へと赴き、第二の山場を迎えます。従者に母への形見を託した二人は、この苦しみの世を厭い、三島明神の救済を願う〔クセ〕が謡われるなか、斬首の座へと連なります。
この〔クセ〕の後半部は、《東国下(とうごくくだり)》という長大な謡い物の末尾を転用したものとなっています。《東国下》は、源平合戦で囚われの身となった武士・盛久の、鎌倉へと護送されてゆく道中の心境を謡い物に仕立てたもので、独吟専用の演目である「乱曲(らんぎょく)」のひとつとなっています。能《盛久》の成立にも多大な影響を与えたこの《東国下》では、鎌倉での処刑を目前に、盛久が道中のさまざまな景物を眺めてはこの世の名残りと思い、間もなく消えてゆくことになる自らの命を見つめる描写が続きますが、その末尾においてこの三島の地へとさしかかり、三島明神に自らの後世安楽を祈るのです。この《東国下》を取り入れることによって、本作もまた、消えなんとする露の命の儚さを見つめ、死という運命と静かに向きあう武士の、哀切な思いが描き出されているといえましょう。
この三島明神は、中世において人々の信仰を集めていた神社であり、特に歴代の鎌倉将軍から篤く崇敬されていた社でありました。将軍が自ら出向き、箱根権現から熱海の走湯権現を経て三島明神へと至る参詣の旅が、幕府の重要行事として確立していたほどです。そのような霊験あらたかな三島明神の神徳が、本作ではたびたび言及されていますが、特に〔クセ〕後半部では、この神の本地仏である大通智勝仏(だいつうちしょうぶつ)(遠い昔に出現したとされる仏)の名が挙げられ、遙かなる時空を越えて見守り続けるこの超越的存在に、兄弟は冥府へと赴く自らの運命を託しています。中世の人々から多大な信仰を集めた三島明神は、本作では死の闇と向きあう者にとっての救いの光として、描かれているといえましょう。
互いの身を思いあい、従容として死に向かう兄弟。いちどは死を覚悟した二人は、赦免を得て“生”の喜びをかみしめ、安堵の舞を舞う…。そんな中世武士の生きざまが、本作には描き出されています。