銕仙会

銕仙会

曲目解説

草子洗小町(そうしあらいこまち)

◆別名

 草紙洗小町(そうしあらいこまち)  ※他流での表記。
 草紙洗(そうしあらい)  ※他流での名称。

◆登場人物

前シテ 小野小町
後シテ  同
子方 天皇
ツレ 紀貫之
ツレ 廷臣〈壬生忠岑・凡河内躬恒〉 【2人】
ツレ 官女 【2人】
ワキ 大伴黒主(おおとものくろぬし)
アイ 大伴黒主の下人

◆場所

【1~3】

 京都 小野小町の私宅

【4~9】

 京都 内裏

概要

平安時代。歌人・大伴黒主(ワキ)は、内裏での歌合わせに勝ちたいとの執念から、相手に当たった小野小町(前シテ)の家に忍び入り、彼女の和歌を盗み聴く。彼女を陥れようと画策した黒主は、その歌を古歌と偽るべく、『万葉集』の草子に書き入れるのだった。

翌日の歌会で小町(後シテ)の歌が読み上げられるや、黒主は古歌の盗作だと騒ぎ立て、証拠の草子を提出する。小町が無実の罪に悲しみつつ草子を見ると、その歌の箇所だけ文字の書きぶりが異なっていた。黒主の企みに気づいた小町が草子を水で洗うと、例の歌だけが消えてしまい、入れ筆であることが判明する。陰謀の露見した黒主は自害を図るが、小町はこれも歌道への熱い思いゆえだと取りなし、黒主の罪は許された。こうして歌会の座は円満に収まり、小町は祝福の舞を舞うのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキがアイを伴って登場します。

平安朝。それは、雅びな文芸世界が宮廷に花ひらいていた時代。貴族たちの間では和歌の詠作が流行し、名だたる歌人たちが、世に現れはじめていた。

大伴黒主(ワキ)もまた、そんな歌人の一人。宮廷に仕える彼は、明日もまた、内裏での歌合わせに召されていた。明日の相手は、並びなき和歌の名人・小野小町。何としても勝負に勝ちたい黒主は、予め彼女の歌を盗み聴こうと、小町の私邸に向かうところである。

2 前シテが登場して歌を吟じ、一度退場します。(中入)

下人(アイ)を連れ、小町の家に忍び入る黒主。そうとは知らず、邸内では小町(前シテ)が、ひとり歌を思案していた。遥かの昔より続く和歌の歴史を思い、栄誉ある内裏出仕の身を喜ぶ小町。明日の歌会に提出する歌として、波間に漂う浮草の生命の輝きを詠み出した小町は、澄んだ声で自らの歌を吟じつつ、出仕に備えるのだった。

3 ワキは一度退場し(中入)、アイは〔立チシャベリ〕をします。

小町の歌を聴きおおせた黒主たち。そのとき彼は、卑劣な手段を思いつく。いま聴いた歌を『万葉集』の草子に書き入れて古歌と偽り、小町の歌は盗作だと騒ぎ立てて彼女を陥れれば、明日の歌合わせに勝つことができる――。そうひらめいた黒主は、下人に明日の準備を命じると、さっそくその支度に取りかかるのだった。

4 子方・後シテ・ツレ(一同)が登場し、続いてワキが再登場します。

そして迎えた、歌合わせの当日。清涼殿に出御した帝(子方)の左右には、歌の道を心得た廷臣・女官の面々(ツレ)が居並び、小町(後シテ)・黒主(ワキ)も緊張した面持ちで披講の時を待っている。室内には歌道の祖・柿本人麿の聖像が祀られ、一座を取り仕切る紀貫之(ツレ)によって、人麿の詠歌が高らかに読み上げられる。神妙な面持ちで帝の言葉を待つ一同。いよいよ、歌合わせの開幕である。

5 ワキは小町の歌を盗作だと主張し、後シテと口論します。

小町の歌を読み上げる貫之。そのとき、黒主はここぞとばかりに声を上げ、それは古歌だと訴え出る。覚えなき汚名に抗議する小町だったが、黒主は、小町の物腰柔らかな歌風は古歌を盗む者に相応しいと言い放ち、歌道の用語を畳み重ねて彼女を追い詰めてゆく。証拠を出せとの帝の言葉に、例の草子をめくりはじめる黒主。固唾を呑んで見守る一同、薄氷を踏む思いの小町。やがて黒主は、例の歌の書かれた箇所を差し出した。

6 後シテは、草子を水で洗いたいと願い出ます。

小町の歌は盗作であった――。その“真実”に、彼女へと集中する人々の視線。そのとき、恨めしげに草子を見つめていた小町は気づく。文字は乱れ、墨色も他に異なるこの歌。さては、これは黒主の陰謀か。そう察した小町は、この草子を水で洗いたいと願い出る。

しかし、もしもその推理が外れていた場合、その行為はかえって彼女の立場を悪くする。その言葉に、八方塞がりとなった小町。彼女は、涙ながらに内裏を退出しようとする。

7 後シテは、謡に合わせて草子を洗います(〔ロンギ〕)。

そんな小町を見かねた貫之は、彼女の言う通り、草子を洗うことを帝に願い出る。勅許を得、さっそく支度をはじめる小町。彼女は、用意された水盤のもとへと進み出る。

――四季折々の自然の景色、思い乱れる恋の情念、仏の教えや神の道。水に清められてゆくのは、そんな和歌に書き留められた世界のすがた。水にくぐらせてなお、色褪せることなき名歌の数々。ところが例の歌だけは、一字も残らず消えてしまった。明らかとなった入れ筆の痕。小町はこの結果に喜びつつ、神々の加護に感謝するのだった。

8 後シテは、自害しようとするワキを止めます。

企みが露見し、面目を失った黒主。自害しようとする彼を、小町は呼び止める。これというのも、歌の道に名を遺したいという黒主の強い思いゆえ。それは、歌を嗜む者として、誰もが持っているべき心。そう説く小町の言葉に、帝もまた、黒主を許そうと宣言する。

こうして円満に収まった、歌会の場。勅諚を受けた小町は、このめでたい席に興を添えるべく、祝福の舞を舞いはじめる。

9 後シテは〔中之舞〕を舞い、治まる御代を祝福します。(終)

烏帽子を着し、治まる御代を言祝いで舞を舞う小町。折しも明け方の日の光のもと、松の葉は鮮やかな緑を湛え、四海の波は穏やかに、国土万民は平和で豊かな日々を謳歌する。神代にはじまる歌の道。そんな神々の加護を受けて、御代の春はいつまでも長閑に続いてゆく。これも皆、この国に伝わる和歌の徳なのであった――。

(文:中野顕正  最終更新:2019年05月08日)

 

今後の上演予定

2019年05月10日 定期公演「草子洗小町」シテ:浅見真州

能楽事典
定期公演
青山能
チケットご予約