銕仙会

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曲目解説

隅田川すみだがわ

 

作者 観世元雅
場所 武蔵・下総国境 隅田川のほとり  (現在の東京都墨田区)
季節 晩春 旧暦3月15日
分類 四番目物 狂女物
登場人物
シテ 狂女 梅若丸の母 面:深井など 水衣女出立(狂女の扮装)
子方 梅若丸の霊 水衣着流黒頭出立(男子の幽霊の扮装)
ワキ 隅田川の渡し守 素袍上下出立(庶民の扮装)
ワキツレ 旅の男 素袍上下出立

概要

隅田川の渡し場で船頭(ワキ)が旅人(ワキツレ)らを乗せ、舟を出そうとしていると、そこへ息子を捜して旅する狂女(シテ)がやって来た。『伊勢物語』に描かれた在原業平の故事に思いをはせ、自らを業平になぞらえて浮かれ戯れる狂女。そんな彼女も乗客に加わり、舟は漕ぎ出してゆく。

対岸に着くまでの間、船頭は去年この地に起こった出来事を乗客たちに語る。それは、都から誘拐されてきた子が、この地で亡くなったという話であった。やがて舟は到着したが、狂女はひとり船中で泣き続けていた。実は彼女こそ、その子供の母親だったのだ。船頭は彼女をその子の墓へ案内し、追悼の大念仏に加わるよう勧める。その夜、大念仏をおこなっていると、群衆の念仏の声に混じって死んだ子の声が聞こえてきた。やがて塚の内から現れた子の幽霊(子方)。わが子を抱きしめようとする母だったが、幽霊はそんな彼女の手をすり抜けると、そのまま消えてしまうのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場し、次いでワキツレが登場します。

春のうららの隅田川。空には鴎が舞い遊び、心地よい風が抜けてゆく。渡し場では船頭(ワキ)が、乗客の揃うのをのんびりと待っていた。そんな、のどかな春のある日のこと。

そこへ、都からの旅人(ワキツレ)がやって来た。遥々の道中、この東国の大河までやって来た彼。こうして乗客も揃い、いよいよ出発というその時――、

いま旅人の通って来た道が、なにやらガヤガヤと騒がしい。聞けば、都から女物狂いが下ってきたのだという。船頭は、その女を待ってみることにした。

2 シテが登場して狂乱の態を見せ(〔カケリ〕)、隅田川に至ります。

そこへやって来た狂女(シテ)。「人商人にさらわれ、行方不明となってしまったわが子。あの子は今、どこで何をしているの…」 もとは都の住人であった彼女は、愛する一人息子を失った悲しみから、わが子を慕ってこの関東まで下ってきたのだった。風の便りに身を任せ、遥かの旅路を急ぐ狂女。こうして彼女は、隅田川へとたどり着いたのだった。

3 シテはワキと言葉を交わし、在原業平の故事に思いを馳せつつ舞い戯れます。

舟に乗ろうとする彼女。芸を見せろと意地悪を言う船頭に、彼女は言い返す。「隅田川の船頭なら、かの在原業平の昔のように、『日も暮れてきた、舟に乗れ』と仰るべきでしょう。そう、業平が愛する人への思いを都鳥に託したのも、ちょうどこの川だった…」 すっかり業平になりきってしまった彼女。洒落の通じぬ船頭を尻目に、彼女はひとり浮かれ出す。「東国にいた業平は都の恋人を想い、都人の私は東に行ってしまったあの子を慕う。業平も私も、想いは同じ。だから船頭さん、舟に乗せて下さいな…」。

4 ワキは舟を漕ぎつつ、対岸の柳にまつわる謂われを語ります(〔語リ〕)。

こうして狂女も乗船し、いよいよ舟は出発した。やがて乗客の一人が、対岸の柳のもとに集う群集に気づく。それは、大念仏の集まりだった。船頭は、その謂われを語りはじめる。

――去年の今日。人商人に伴われ、一人の幼子が下ってきた。ところがその子は重病となり、商人は彼を見捨てて行ってしまう。私達は懸命に介抱したが、次第に衰えていって…。いよいよという時、彼は虫の息で自らの名を明かし、こう言ったのだ。『父亡き後、母と暮らしていた所を誘拐された私。都の人の面影が恋しいので、この街道の傍らに葬り、墓標として柳を植えて下さい』 そして念仏を少々唱えると、彼は息を引きとったのだ――。

5 シテはワキに話の内容を再確認し、その子こそ自分の子だと明かします。

そんな話をする内に、舟は対岸に着いた。しかし狂女はひとり、いつまでも舟の中でさめざめと泣いていた。「もうし、船頭さん…」 彼女は、今の話の内容を再度尋ねてゆく。不審ながらも答える船頭。年齢、その子の名、父の姓名。子供の死後、訪ねて来た親族はいるか…。ひとつひとつ、船頭に確認してゆく彼女。そして――、

「船頭さん、その子こそ、私が捜し求めていた子なのです…!」

6 シテはわが子の墓へと案内され、そこで泣き崩れます。

現実は、何とも残酷なもの。驚いた船頭は、彼女をその子の墓へ案内してやる。

塚に向かい、静かに口を開く母。「いままで遥々旅をして来られたのも、全てはあの子に出逢えるかもと思えばこそ。それなのに、出逢えたものはこの墓標ばかり…。この下に、あの子は眠っているのね――!」 この墓を掘り返し、わが子を一目見たいと言い出す母。彼女は悲しみのあまり取り乱し、墓前で泣き崩れてしまうのだった。

7 シテは鉦鼓を打って念仏を唱え、わが子の霊を弔います。

やがて宵の時刻。塚へと集う人々はその数を増し、大念仏がはじまった。いつまでも泣いていた彼女へ、優しく声をかける船頭。「あの子にとっても、お母さんに弔ってもらうのが一番の喜びでしょう」 その言葉に励まされ、母もまた念仏に加わる。

幼子を悼む、人々の大合唱。鉦鼓の音は物悲しく響き、波風までもが、念仏の声に音を添えるよう。私達の思いよ、西のかなたへ届け――。群衆は、心を合わせて念仏を唱える。

8 子方が出現してシテに姿を見せ、再び消えてゆきます。(終)

その時。人々の声に混じって、子供の声が聞こえてきた。はっとする人々。母は群衆に促され、ひとり念仏を続ける。すると、塚の内からも、その声ははっきりと聞こえてきた。念仏を介した、母と子の対話。そして――、わが子の幽霊(子方)が、その姿を現した。

夢にまで見た、わが子との再会。しかし、抱きしめようとする母を、息子はすり抜けてしまう。見え隠れする幽霊と、追い求める母。そうする内にも夜は白みはじめ、子供の姿は消えてゆく。あとには、春風に揺れる塚の柳だけが、そこには残っていたのだった。

(文:中野顕正)

過去に掲載された曲目解説「隅田川」(文・江口文恵)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2018年4月)

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