銕仙会

銕仙会

曲目解説

俊寛しゅんかん
最果ての地で起こった悲劇。運命に翻弄される、ある非力な人間の物語。
別名 〈鬼界島(きかいがしま)
作者 観世元雅か
場所 鬼界島(きかいがしま) 現在の鹿児島県 硫黄島か。
季節 晩秋
分類 四番目物 人情物
登場人物
シテ 俊寛僧都 面:俊寛 俊寛出立(流罪になった俊寛僧都の扮装)
ツレ 平判官康頼 直面 着流僧出立(僧形の人物の扮装)
※直面(ひためん)=面をかけずに演じること
ツレ 丹波少将成経 直面 水衣男出立(賤しい男などの扮装)
ワキ 赦免使 掛素袍大口出立または素袍上下出立(武士の扮装)
間狂言 赦免の船の船頭 肩衣半袴出立(下級武士・庶民などの扮装)

概要

平家打倒のクーデター計画が露見し、鬼界島に流罪となった俊寛(シテ)・成経(ツレ)・康頼(ツレ)の三人は、この最果ての地で、遠い故郷を思い出しては今の境遇を嘆いていた。そこへ、赦免を知らせる使者(ワキ)が到着するが、赦免状には成経・康頼の罪をゆるすとあるばかりで、俊寛の名がない。じつは、俊寛ひとりだけは島に遺して来いというのが、赦免使が受けた命令であったのだ。絶望する俊寛を尻目に二人は迎えの船に乗り込む。自らも船に乗ろうとすがりつく俊寛であったが、力に任せて追い払われる。船は出発し、俊寛は絶海の孤島にただひとり遺されて、去りゆく船を見送るのであった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場して物語の背景を説明し、一度退場します。

平安末期。京都では平清盛ひきいる平家一門が栄華を極めていたが、驕る平家に対して反感を持つ者も少なくなかった…。そんな中、事件は起こる。後白河院を中心とするグループがクーデターを計画していたことが露見したのだ。事件に連座した人物は次々と処罰され、中でも俊寛僧都・平康頼・藤原成経の三人は、鬼界島へと流罪に処せられたのだった。
月日は経ち。帝に嫁いだ清盛の娘・徳子が妊娠したことを受け、安産祈願のため特赦が行われることとなった。鬼界島へも、赦免を知らせる使者(ワキ)が遣わされるのであった。

2 ツレ二人が登場します。

その頃、鬼界島では。罪人のうち、平康頼(ツレ)と藤原成経(ツレ)が、何やら島の中を歩き回っていた。じつは二人は、かつて熊野権現に三十三度参詣する願を立てていたのであったが、流罪に遭って果たせないでいたので、せめてもと島内に熊野権現を祀って詣でていたのであった。流刑地での寂しく退屈な日々を紛らわせる、慰みとして。

3 シテが登場し、ツレ二人と言葉を交わします。

そこへ、もう一人の流人・俊寛僧都(シテ)がやって来た。「おうい、お二人の御迎えに、酒を持って参りましたぞ。」 この島に酒などあろうはずが…と康頼が見てみると、それは水であった。「酒は薬の水と申しますからな。菊の酒は不老長寿の薬というが、本当に我々は、この島で千年も過ごしたかのような気がするな。ああ、都の昔が恋しいことよ…」
三人は、都での華やかな日々を思い出し、今の境遇を嘆きあうのであった。

4 ワキ・間狂言が登場して赦免状を渡します。しかし、そこには俊寛の名がありません。

そうしているところへ、都から赦免の船が到着した。三人は都に帰れることを喜び、康頼が赦免状を読み上げる。しかし…、「なになに、中宮のお産のために恩赦を行う。鬼界島へ流した成経・康頼の二人を赦免するものである」
自らの名が無いことに驚く俊寛。実は、京都で決められた赦免の内容というのは、成経・康頼の二人だけ連れ戻し、俊寛は独り島に遺して来いというものであったのだ。

5 シテは愕然とし、深い嘆きに沈みます。

一瞬にして、絶望の淵へと突き落とされた俊寛。「何ということ。罪状も、配流地も、大赦という条件も同じなのに、私ひとりが誓いの網に洩れて、苦しみの底へと沈んでゆかねばならぬというのか…」仲間と共に居てすら恐ろしいこの島で、一人で生きてゆくことなど出来ようか! 聞こえてくる動物の鳴き声までもが、まるで俊寛を憐れんでいるよう…。
赦免状の裏面に、包み紙に、どこかに名前が書いていないかと捜すけれども、所詮は無駄な努力。「これは夢か、夢ならば覚めてくれ…!」俊寛は絶叫し、泣き崩れるのであった。

6 ワキはツレ二人を船に乗せます。シテも乗ろうとし、ワキ・間狂言に妨げられます。

人間とは残酷なもの。助かる事になった成経・康頼の二人は船に乗り、一行は早くも島を去ろうとする。共に船に乗ろうとする俊寛に、船の船頭(間狂言)は打ち据えようと脅かす。せめてはと彼は艫綱(ともづな)にすがりつくが、船頭は非情にも艫綱を切り落とし、船は沖へと進んでゆく。俊寛は浜辺にひれ伏して、さめざめと泣くばかりであった…。

7 船に乗った一行は去ってゆき、シテはひとり呆然と見送って、この能が終わります。

助かった二人は、船の上から、取り残された俊寛に言葉をかける。「いたわしいこと、私たちが都に着いたら、よいように取りなします。じきに帰れることになりましょう。心強く待っていなされ」 その声も、次第にかすかになってゆく。「頼みますぞ、頼みますぞや」と、俊寛は最後の力を振り絞って言い送る。「待っておられよ」「頼みますぞ」…。
次第に声も遠ざかり、船は見えなくなってしまったのであった。

みどころ

本作は、『平家物語』巻二・三を題材とする能です。
平安末、平治の乱で源義朝を滅ぼした平清盛は、以後、政界において発言力を強めてゆきます。はじめは、天皇家の家長であり政権を掌握していた後白河法皇と協調関係を保ちますが、次第に両者の間で亀裂が深まってゆきます。一方、「平家にあらずんば人にあらず」という言葉に象徴されるように、平家は自らの栄華を誇って驕り高ぶったために、平家台頭以前から政界に関わっていた勢力の中には、彼らに反感をもつ人々が次第に増えてゆきました。この反平氏勢力が後白河法皇と結びつき、平家打倒のクーデター構想を画策したのが、有名な「鹿ヶ谷(ししがたに)の陰謀」であるとされています。
この事件の発覚後、クーデター計画の中心にいた西光や藤原成親(本作のツレ・成経の父親)らは殺害され、後白河法皇は幽閉されて、平氏による政権運営が本格的にスタートすることとなります。そのなかで、この計画に関わった俊寛僧都・平康頼・藤原成経の三人が流されたのが、本作の舞台となる鬼界島でした。
鬼界島は、能の成立した中世においては、日本の最西端に位置すると考えられており、いわば魑魅魍魎の棲む異界との境界領域としてとらえられていました。そのような極限状態の中で起こる悲劇として、本作は描かれています。(なお、日本の最東端と考えられた陸奥国 外ヶ浜は能〈善知鳥(うとう)〉の舞台となっています。)
典拠となっている『平家物語』では、成経・康頼の二人が島内に熊野権現を祀って参拝しているのに対して、「天性不信第一」(生まれつきこの上なく不信心)であった俊寛僧都は同調しなかったことになっており、不信心ゆえに救いの対象から洩れてしまったのだという、因果応報の物語として描かれています。それに対し本作では、もちろん二人の「熊野参詣」に俊寛は同行していないのですが、それでも俊寛が二人を嘲笑したりするような記述は存在しません。能〈俊寛〉においては、この鬼界島の悲劇を、不信心ゆえの因果応報ではなく、人知を越えた運命の残酷さとして描くことに力点が置かれていたといえましょう。
運命に翻弄される、非力な人間の姿をえぐり出すドラマとなっています。

(文:中野顕正)

曲目解説一覧へ戻る

能楽事典
定期公演
青山能
チケットご予約