銕仙会

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曲目解説

高砂(たかさご)

◆登場人物

前シテ 老人  じつは相生松の精
後シテ 住吉明神
ツレ 姥  じつは相生松の精
ワキ 阿蘇神社の神主 阿蘇友成
ワキツレ 随行の神職 【2人】
アイ 高砂浦の男

◆場所

【1~6】

 播磨国 高砂浦  〈現在の兵庫県高砂市〉

【7~8】

 摂津国 住吉浦  〈現在の大阪府大阪市住吉区 住吉大社付近〉

概要

阿蘇神社の神主・友成(ワキ)の一行が播州高砂浦を訪れると、名木“相生松”の木蔭を掃き清める、摂州住吉浦の老人(前シテ)と当地の姥(ツレ)の夫婦が現れた。二人は、この松が遠く離れた住吉浦の松と同根であることを教え、自分たち夫婦もこの松と同様、遠く離れてなお心を通わせているのだと言う。二人は、緑を湛える松の葉こそわが国に栄える和歌の“言の葉”の象徴だと教えると、自分たちの正体はこの松の精だと明かし、住吉浦での再会を約束して沖へ消えてゆくのだった。
一行が住吉に赴くと、そこへ和歌の守護神・住吉明神(後シテ)が出現した。明神は、神徳を顕わして颯爽と舞を舞うと、人々に寿福を与えて治まる御代を祝福するのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

醍醐天皇の御代。徳ある帝の善政のもと、日本は繁栄を謳歌していた。勅命によって編纂された『古今和歌集』は、まさにこの聖代の象徴というべき、文学の金字塔であった。
そんな延喜の御代、九州から京へと向かう一行があった。一行の主は、阿蘇神社の神主・阿蘇友成(ワキ)。治まる都の様子を一目見たいと思い立った彼は、従者(ワキツレ)を引き連れ、こうして瀬戸の船路を旅していたのであった。

2 前シテ・ツレが登場します。

旅の途上、播州高砂浦に立ち寄った一行。するとそこへ、夫婦と思しき老人(前シテ)と姥(ツレ)が現れた。「すっかり年老いたこの身。私たちの心に寄り添うものは、松の梢を吹き抜ける風の音ばかり。長い命の友となる、久しき名所のこの松よ…」。
夕暮れを告げる鐘の音が、小高い丘から春風に乗って聞こえてくる頃。夕陽の光の中、二人は熊手と竹箒を手に、浦の松の木蔭を掃き清めるのだった。

3 ワキは、前シテ・ツレと言葉を交わします。

この松こそ、摂州住吉浦の松と同根という、『古今集』の仮名序にも紹介された名木“相生松”であった。松の由緒を尋ねる友成。しかし老人は、自分は住吉の者なので、当地の住人である姥に聞いてくれと言う。「非情草木の松ですら、遠く離れてなお根を同じくするという。どれほど離れていようとも、夫婦の心は通じているのですよ…」。
松の故実を教える二人。緑を湛える松の葉とは、豊かに栄える“言の葉”。この松こそ、文学の繁栄の象徴なのだ——。夫婦は松を言祝ぎ、治まる御代を讃えるのだった。

4 前シテは、松の徳を讃えます(〔クセ〕)。

——移ろいゆく四季の中にあって、千年の緑を湛える松。そんな色褪せることなき松の葉こそ、わが国に栄える和歌の“言の葉”。風の音や虫の声、この世に存在する森羅万象の全ては、万物に籠もる心のあらわれ。それこそが、和歌の心に他ならないのだ。中にも天下に名高い松の木、それは遠く中国においても賞翫を得たほどの、諸木の第一。散ることなく色を増すこの松の緑こそ、末永く続く世の証なのだ…。

5 前シテ・ツレは、自らの正体を明かして姿を消します。(中入)

聖代にふさわしい、松の徳。感服した友成に対し、二人は告げる。「実は我々こそ、この相生松の精。治まる御代に引かれ、非情草木のこの身ながら、こうして夫婦の姿で現れたのです。後ほど住吉の地で、お待ちしていますよ…」。
夕暮れの空の下。二人はそう明かすと、浦の海士小舟に乗り込む。そして——、折からの追い風を背に受けつつ、舟は、夕陽に輝く海のかなたへ消えてゆくのだった。

6 アイが登場し、物語りをします。

夫婦を見送った友成。彼はこの浦の男(アイ)を呼び出し、相生松の由来を尋ねる。一部始終を聞いた友成は、先刻の老人夫婦が神木の精であったことを確信するのだった。
そのとき、にわかに追い風が吹きはじめ、出帆には絶好の条件となった。浦人に促されるまま、船に乗り込んだ友成一行。船は、住吉浦を目指して漕ぎ出してゆく。

7 ワキたちが待っていると後シテが出現し、颯爽と舞を舞います(〔神舞〕)。

時刻は宵。昇りゆく月の光に照らされつつ、船は波路を進む。
やがて住吉の地に到った友成たち。そのとき一行の眼前に、和歌の守護神・住吉明神(後シテ)が姿を現した。「神代の昔より常盤の緑を湛える、住吉の姫松。この松の葉こそ、わが神徳の姿なのだ。さあ、夜神楽を奏し、神の舞い姿を見せようではないか…」 明神は、神威を顕わし示しつつ、颯爽と舞を舞いはじめる。

8 後シテは、治まる御代を祝福します。(終)

清らかな月光のもと、住吉の浜辺に示現した明神の姿。神の舞う舞楽、それは魔を払って福を招き、人々を慈しんで長寿をもたらす、恵みの舞の数々であった。
治まる御代、栄えゆく世の中。そんな人の世を祝福しつつ、住吉明神はめでたく舞い納めるのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年08月11日)

舞台写真

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