銕仙会

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曲目解説

龍田たつた
冬枯れの物淋しい季節。しかし神前の紅葉は一本だけ美しく照り映えていた。竜田姫の織りなす、紅葉の錦の舞の袖。

 

典拠 「竜田川もみじ乱れて流るめり 渡らば錦(にしき)中や絶えなん」(『古今集』)
「竜田川もみじを閉づる薄氷 渡らばそれも中や絶えなん」(藤原家隆の歌)
作者 金春禅竹か
場所 大和国 竜田川・竜田神社
季節 冬 霜降月(旧暦11月)
分類 四番目物(略脇能) 夜神楽物

 

登場人物
前シテ 竜田社の巫女 面:増女など 唐織着流女出立(一般的な女性の扮装)
後シテ 竜田姫の神 面:増女など 天女出立(天女・女神の扮装)など
ワキ 旅の僧 大口僧出立(品格のある僧侶の扮装)
ワキツレ 旅僧(二、三人) 大口僧出立
間狂言 里の男 長裃出立(一般的な庶民の扮装)

概要

旅の僧(ワキ・ワキツレ)が竜田川にさしかかると、一人の女性(シテ)が現れ、古歌を引いて僧たちに川を渡るなと言う。彼女は僧たちを竜田明神に案内し、冬になっても鮮やかに紅葉している神木の紅葉などを見せていたが、実は自分は神が仮に姿を現したものであると言い、社殿の内に消える。夜、竜田明神(後シテ)が本体を表し、神楽を舞い、祝福する。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場し、自己紹介をします。

日本中の霊場を旅してまわる、僧の一行(ワキ・ワキツレ)があった。奈良の社寺に残らず詣でた彼らは、竜田川にさしかかる。
紅葉の名所として有名な竜田川。しかし錦秋の季節はとうに過ぎた、冬のある日のこと。

2 シテが登場し、ワキと対話をします。

彼らが川を渡ろうとすると、一人の女性(シテ)が現れ、竜田川の紅葉の錦を乱しては、紅葉の神である竜田姫の神慮に背くと、古歌を引いて僧たちを諫める。もう紅葉の季節も過ぎ、薄氷の張る頃にもなったのにと訝る彼らに、さらに「竜田川紅葉を閉づる薄氷 渡らばそれも中や絶えなん」という歌を引いて僧たちをいさめるのであった。

3 シテはワキを竜田明神へと案内します。

女は竜田明神に仕える巫女と名乗り、僧たちを社へ案内する。
冬も深まり、木々も冬枯れの淋しい様子。その中に一本、真っ赤に紅葉した木があった。明神のご神木であるこの木が、今なお鮮やかに紅葉しているのは、有り難いことである。

4 シテは自分の正体を明かし、作り物(つくりもの)の中に中入(なかいり)します。

女は、僧たちを連れて境内を案内していたが、突然、「実は私こそ竜田姫の仮の姿なのだ」と言うと、全身が光り輝きだしたかと見えて、神殿に入って行ってしまった。

5 間狂言がワキに物語りをし、退場します。

そこへ、この土地の男(間狂言)が現れ、僧に尋ねられるままに男は明神の謂われを語る。先刻の女が神の化身だと確信した僧たちは、更なる奇跡を見ようと、今夜はここに留まる。

6 ワキが待っていると後シテが作り物の中から出現します。

僧たちが神前で夜通し祈りを捧げていると、突如神殿が震動し、鼓の音が鳴り響く中、神(後シテ)は姿を現した。僧たちの仏法の徳に引かれてきたのであった。
神の光によって、あたりは昼間のように明るかった。

7 シテは神の威光と紅葉の美しさを讃え、〔クセ〕を舞います。

――そもそもこの神は、国生みの昔の、天逆矛の神である。神の末である日本国に留まり、今なお霊験あらたかなことは、紅葉の錦に明らかである。 山風・川波静かな秋、竜田川に浮かぶ紅葉の美しさ。昔の歌人たちもこれを愛で、今なお神の光に照り映えている…。

8 シテは〔神楽〕を舞い、やがて神は昇天して、この能が終わります。

時刻は移る。鼓の音鳴り響き、月も霜も白く輝く頃、神は幣を手にし、神楽を舞い始める。
風に散る紅葉、翻る衣。神は国の安寧を祝福すると、そのまま昇天していったのだった…。

みどころ

本作では、竜田明神は天逆矛(あまのさかほこ)を守護する神とされています。
天逆矛は、イザナギ・イザナミの国生み神話に登場する宝物で、二神は天浮橋に立ち、まだ液体状であった地上界にこの矛をさし下ろしてかきまぜ、最初の島「オノコロ島」を作ったとされています。能の成立した中世には、この矛は伊勢内宮正殿の心柱と一体視されて国家鎮護の象徴となったり、また密教の法具である独鈷(とっこ)とも結びつくなど、神秘的なアイテムとして認識されていたようです。そうして、その矛を守る神として描かれたのが、本作のシテ・竜田明神でありました。
天逆矛を扱った能には本作のほか〈逆矛〉があり、本作は〈逆矛〉の影響を受けて成立したとする説もあります。

 

本作では、紅葉(もみじ)が一曲を貫くイメージとして使われています。紅葉の葉が天逆矛の刃先の象徴となっていることもその一因ですが、『古今集』以来、竜田山の紅葉が和歌によく詠まれていたことが、その理由として大きいでしょう。古都・奈良をはさんで東側に位置する佐保山の佐保姫が春の神とされるのと対称的に、西側に位置する竜田山の竜田姫は秋の神とされ、竜田山といえば秋の紅葉が連想されました。本作は和歌の世界を核として構成されており、特に〔クセ〕では紅葉づくしの美しい文章が連ねられています。
しかし本作は、錦秋の季節ではなく、あえて紅葉の散ってしまった冬枯れの季節を舞台としています。竜田川の水面を流れる紅葉の錦ではなく、むしろ薄氷にとじられた紅葉の視覚的なイメージを打ち出し、また、一本だけ神前に照り映える紅葉の神秘性を表現することで、紅葉真っ盛りの季節とはまたひと味違った、美しい世界観を提示しています。

 

シテが〔神楽〕を舞う能としては、本作のほか〈三輪〉〈巻絹〉などが有名です。なかでも本作は、神が巫女に憑依するのではなく、神自身の本体をあらわして神楽を舞う点で、特に崇高な〔神楽〕となっています。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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